約束のかわりに

昔、ずっとずっと昔、10年程も昔。

「いつか君より強くなって、君を守ってみせる!」と言った事があった。

内気で弱気で後ろ向きな自分にしては精一杯の告白で、たまには男らしいところを見せたくて縮み上がる心臓が止まってしまわない様に必死で言ったのに、返って来た返事は言葉ではなく右のストレートだった。

全く予想しなかった(ある意味予想通りな)展開。

全く無防備だった顔面にめり込んだ拳。

鼻血を出してぶっ倒れたオレを彼女は呆れた顔で見下ろした。

それから10年。

一つ、学んだ事がある。

彼女に「約束」なんて不確かなモノは必要なくて、彼女の性格を考えると、もっとシンプルかつ解りやすい方がいいという事。






「澪チャン、一つ、オレと賭けをしないかい?」

指輪の嵌められた指をピっと立てて神吹白金は言った。

何だかんだと理由をつけて澪を呼び出し、奢るからと入ったレストラン。

注文した食事を待ちながら、澪は怪訝そうな顔で白金を見た。

「賭け?」

「そう。澪チャンが賭けに勝ったら、澪チャンの言う事何でも言う事聞いちゃうよ☆どう?」

「へえ。それでどんな賭けなんだ?」

また変な事を言い出したと、澪の口調はそっけない。

水の入ったグラスを片手に「春の新作デザート!」を眺めている。

そんな澪の様子を全く気にせず、白金は話を続けた。

「単純に。澪チャンとオレ、どっちが強いかってコト。」

「…へえ。」

澪の表情が変わった。

昔から、自分達の世界はとても狭かった。

「外」はどこか居辛く、「中」は修行だらけという毎日。

その中で、特に
湟神澪という人物は、勝ち負け、強弱にこだわっていた。

だから、こう言えば必ず乗ってくる。

安っぽいありふれた殺し文句なんかより、ずっと効果的かつ実用的。

「いいだろう。で、私が負けたら?」

澪の手にしたグラスの水面が揺れる。

今にも殴ってやると言わんばかりに殺気を漲らせる。

スッと、グラスを左手に持ち変える澪。

その澪に、白金はへラっと笑いかけた。

「オレが勝ったら、澪チャンはオレと付き合う。」

ミシッ。

周りの客と、接客中の店員が白金と澪が座っているテーブルを思わず見た。

澪の右拳が白金の顔面に叩き込まれた―様に見えたけれど、間一髪、白金はその拳と自分の顔の間に掌を滑り込ませている。

しかし勢いを殺しきれず、ガードした手ごと顔面にめり込んだ。

「…こう来る事は予想できたけど、パンチ力は想定外☆」

クワンと揺れる頭を振る。

手が痺れた。

澪は少し面白くなさそうな顔をして白金を見ている。

ストレートに殴れると思っていた。

結果的に殴れたけれど、防がれるとは思っていなかった。

「…これは、引き分けってところか?」

口を尖らせながら澪が言うと、白金が首を振る。

「いやあ、まだまだ。もう少し期間を取らないとね。」

「…私はそんなに暇じゃないぞ。」

店員が恐る恐る注文された食事を並べる。

その店員が白金に小さく「大丈夫ですか?」と声をかけた。

一生懸命澪を見ないようにしている様子に苦笑いしながら、白金は「問題ないよ」とやんわり言って下がらせた。

「…で、まあ、そうなんだけどね。暇じゃなくても時間はまだまだあるんだから。」

澪が黙って、下を向いた。

暫く間があり、ゆっくりと口を開く。

「時間なんて、いつなくなるかわかったもんじゃないだろう。私も、お前も。」

「そうだけど、そんな事言ってちゃ生きてけないよ。」

「…。」

澪は、何か言い返してやりたかったけれど何も言えなかった。

今現在、建設的ではない意見をしたのは澪で、それを否定したのが白金なのだから。

白金が運ばれた食事に手をつける。

口をモグモグさせながら、澪にも食べる様ジェスチャーで勧める。

それに従い、澪も箸に手を伸ばした。

「…美味いな。」

「でしょ☆結構お気に入りの店なんだ。だからあんまりこの店で暴れないで欲しいなあ。出入り禁止にされるとこれから困る。」

口をへの字に曲げて言う白金を見て澪が笑った。

「そうだな。じゃあ店の中では遠慮しよう。」






食事を済ませ、会計を終えると二人は外に出た。

出て行く背中を見送る店員が心底ホッとした顔をしていたのが笑える。

「さて、これからどうしようかな。澪チャンまだ時間ある?」

「次の仕事があるからまた移動だ。今日はここまでだな。」

「そっか〜。残念☆」

ふーとため息を吐きながら髪を掻き揚げる。

本当に、一つ一つの仕草がオーバーなヤツだと澪は思った。

昔、ずっとずっと昔、この白金という男は何を考えているのかさっぱり解らないヤツだった。

そして今、本人曰く「地の自分」をさらけ出した彼は、更に何を考えているのか解らないヤツになったと澪は思う。

それでも、少し解った事があるとすれば、白金は意外と腹黒く、意外と想像しているより色んな事を考えているという事だった。

「白金。」

「ん?」

呼ばれ、振り返った白金を真っ直ぐ見る澪。

「お前が言ってた賭けは、いつまで続けるつもりなんだ?」

「死ぬまでだよ。」

「じゃあ今私がお前を殺してしまおうか。」

「出来ないよ。オレ強いから。」

さらりと言った。

澪が目を閉じた。

「まるで、別人だな。私が昔見ていた男とは。」

「一緒だよ。オレからすれば、何も変わってない。ただ、どう在るかを変えただけ。」

白金が澪に一歩近づいた。

澪は白金を見上げる。

ああ、コイツ意外と背、高いんだ。

「…プラチナ。」

初めて、澪が白金をプラチナと呼んだ。

白金のサングラスに澪が映る。

澪はそのサングラスの中の瞳を覗き込む。

「…なんだい。」

グボッ!

わき腹に一発。

呼び方を変えられ、隙が出来ていた為に今度は防ぐ事もかわす事も出来なかった。

「…油断してると、危ないぞ。」

「み゛お゛ヂャン…結構、酷くない?それ?」

蹲り、腹を抱えて悶える白金を見下ろす澪は、してやったりと満足そうに微笑んだ。

「今日のところは私の勝ちだな。賭けに勝った訳だから、またここの食事でも奢ってもらうかな。」

白金は痛む腹をさすりながら起き上がる。

「そりゃ光栄だね。澪チャンから食事のお誘いなんて。」

今立ち上がらない訳にはいかない。

十年越しの、今ここが正念場なのだから。

「でも、次はオレが勝つよ。」

「出来るモンならな。」

「出来るよ〜。十年待ったんだからね。」

「そりゃご苦労様。じゃあな、白金。また今度。」

ヒラヒラと手を振って歩き出す澪。

食事を奢らせると言いながらもいつにするかなんて話しはしようとしない。

気が向けば、思い出したら、若しくは連絡があれば。

一つの形が無く、掬い上げても指の間から零れ落ちる水の様に流れて捕らえられない君。

「…だから、いいんだよね。」

澪の背中はどんどん遠くなる。

「また今度」

「今回は」

切りきらずなこの台詞に、白金は確かな何かを感じる。

「大丈夫。変わっていけるよ。君も、オレも。」

不確かなモノを嫌う君の為に、約束のかわりに賭けをしよう。

時間をかければ、確かに勝利出切るというビジョンが見えている賭けを。

完全に見えなくなった澪の背中を見送ると、白金は向きを変え、歩き出した。


あとがき
微妙に「
かなしい、それともさみしい?」の続きになっている様ななっていない様な。
並びは順番逆ですが…。オフィシャルでプラ→澪が判明する前から、何となくプラ澪も好きでした。
2007.04.26

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