抱擁
学校が終わると私は全速力でうたかた荘に帰る。
今日は友達の誘いも断って、買い物も後回し。
はっはっ、と息を切らして走る。
公園を突っ切って、ポールをぽん、と飛び越える。
急げ急げ。
あの人が待っている。
そして辿り着いたうたかた荘。
走って帰ってきた事がバレない様に大きく深呼吸。
息を整えて玄関をくぐる。
「ただいま〜。」
ちらりとソファーを見ると、ぐったりと寝そべったあの人。
床がギシギシいわない様に気をつけて、抜き足差し足。
髪を押さえながら、寝ているその人、明神さんの顔を覗き込む。
…寝てるのかな?
ちょんちょん、とほっぺたをつついてみる。
ん…
ごろりと、体の向きを変える。
…顔がこちらに見えない方向へ。
イタズラ心が、ふつふつと沸いてきた。
「明神さ〜ん、起きてる?」
ぐうう、と明神さんが応えた。
…何だか楽しくなってきた。
「な〜んだ。寝てるのか。あーあ、どうしよっかな〜。せっかく晩御飯のリクエスト聞こうと思ったのに…。」
「…オムライス」
ん?
「…なんだろう、空耳かな〜。」
「…オムライス、食いたい。」
そう言って、明神さんがバツの悪そうな顔をしながらこちらを向く。
やっぱり起きてた。
今日は私の勝ち。
むっくりと起き上がると寝癖の頭をポリポリと掻く。
私は、その髪に手を伸ばして整えてあげる。
大人しく頭を差し出してジッとしている明神さん。
白い髪が、光を受けてキラキラしている。
私はこのちょっと硬い髪が大好きだ。
目を閉じて、差し出した頭をそのまま私の肩にもたれさせてきたから、私はその頭を抱える様に抱きしめる。
今、何を考えてるの?
何か辛い事があった?
私には、言えない?
喉元まであふれてきた言葉を全部を無理矢理飲み込んで我慢する。
抱きしめる腕に力を込めて、気持ちだけを伝えてみる。
どうしたら、もっと素直に甘えてくれるのかなあ。
明神さんの頭がごそごそと動いたので、少し手を緩める。
苦しかったかな。
「ひめのん…柔らかい。」
「きゃああああ!!」
思わずドン!と突き飛ばすと直ぐ壁だったから頭から激突して…。
あああごめんなさい!!
「ごっごめんなさい!!急に変な事言うから…。」
「いやえっと、はい。こちらこそ…。」
頭をぐらんぐらんさせて笑う明神さん。
笑う。
そんな寂しそうな目をして。
笑顔が引きつってますよ。
全部お見通しだけれど、あなたが痩せ我慢するんなら、気付かないフリしててあげる。
…いつか、全部話してくれる日まで。
あとがき
軋むソファーに背をあずけての続編チックなものを、という事でしたので、今度は姫乃目線で何日か後の話、の様なものを書いてみました。
雰囲気は残したかったのですが、ちょっとゆるゆるした感じになりました(汗)
リク下さったアツユさんへ!
2006.11.15