ごっこ。背徳編〜地獄風味〜
「じゃあ明神さん、お留守番しててね。直ぐ戻るから。」
そう言って姫乃が玄関から出て行くのを、明神は半分夢の中で見送った。
静かな午後。
今日は澪が遊びに来るとかで、姫乃は駅まで迎えに行ったらしい。
雪乃は夕飯の買い物に、ガク、ツキタケは散歩、エージもどこかに出かけ、パラノイドサーカスの面子も出払っている。
こんなに落ち着いた何も無い午後は久しぶりで明神は惰眠を貪っていたのだけれど、流石に人が来るのに一人だけぐうぐう寝てる訳にもいかないだろうと起き上がる。
管理人室を片付けようかと思ったけれど、どこから手をつけていいのか考えあぐね、とりあえず何か腹に入れる為姫乃が用意してくれている食事を求めて部屋を移動する。
「ん?」
管理人室を出た明神は、リビングにどっさりと積まれた洗濯物に目を止めた。
取り込んだばかりなのか、ホカホカと暖かく明神は再び眠気に襲われる。
その眠気を振り払い、明神は洗濯物の山からタオルを一枚取り上げた。
「まあ、この位のサービスはしときましょう。」
呟いて、さっさと洗濯物をたたみ始める。
洗濯物が山になっていたのは、タオルケットや薄手の毛布等も洗われていたからだった。
大きな布を広げて折りたたむ。
姫乃がこれをたたむのは、手を目一杯伸ばしたり背伸びしたりと難儀するだろうな、何て考えたら気が付くと口元が笑っていた。
大きな洗濯物を先に片付け、残るは細々した洋服や下着達…となった時、明神の手が止まった。
そのままグルンと勢い良く首を180°回すと、勢いに負けて首がグキリと鳴った。
「ぐ…うお。」
自分の首を押さえて呻く明神。
良く考えていなかったのだが、この洗濯物達は明神の物も、姫乃達の物もごちゃ混ぜになっている。
その為、目の前にレースの付いた明らかに姫乃の物である下着が現れても不思議ではなかったのだがすっかり忘れていた。
「こ、これは流石に触ると怒られそうだな…。」
かと言って、「避けました」と言わんばかりに下着だけたたまず残っているのも何だか気持ちが悪いだろうと考え、明神は洗濯物をたたむ手を止めた。
「あー…しまったなあ…。」
せめて自分の物だけでもと思い、洗って貰ったジーパンに手を伸ばし引っ張ると、一緒に姫乃のスカートも付いてきた。
明神はその二枚を見比べ、サイズの違いに「ほー」と感心する様な声をあげた。
更に掘り出して並べた姫乃の制服のスカートとシャツは、自分の物と比べると大人と子ども程も差があった。
実際、年齢的にはその位差があるものだけれど、姫乃ももう16歳なのだから今から一気に体型が変わる事は無いだろうと思っている。
いきなり第二次性長期が来て、姫乃の身長がニョキニョキ伸びる可能性も無いとは言い切れないのだけれど。
明神は悪戯心で姫乃のシャツに袖を通してみる。
「うっげ!ちいせえ!入らねえよコレ…。」
片腕が入っても、もう片方の腕を入れる事が出来ない。
余り力を入れたらシャツはシャツではなくただの布切れになってしまいそうだった。
ギリギリまでひっぱったところで手を止め、恐る恐るそれを脱ぐ。
「オレがガキの頃着てた服より小さいんじゃねえの、これ?」
ブツブツ言いながら洗濯物を物色すると、姫乃が学校で着ている毛糸の上着が出てきた。
伸縮性があり、大きめなのでこれは着る事が出来たけれど、背中や肩の辺りがパツパツになってしまっている。
「…着れちまったけど、これ伸びたらひめのん怒るかな…。」
少し背中を丸めるだけで服がぎゅうと引っ張られる感じがする。
肩や腕が動かしにくくて仕方がなかった。
更に、ズボンの上からスカートをはいてみると、チャックを上まで上げる事が出来なかった。
「あー…本当にひめのんは同じ人間なのか?小人じゃねえの?」
立ち上がってひらひらするそのスカートを眺める明神。
ふと我に返る。
「…オレ、何かこれ、変態くさくねえか?」
一人立ち尽くしていると、ズボンをクイクイと誰かが引いた。
「みょーじん、何してるの?」
背後から声がして、振り返るとアズミが眠たそうに目を擦っていた。
さっきまでどこかで昼寝をしていたらしい。
「あー、なんつーか。ひめのん小さいなあ、と思って。」
「ふーん。アズミも着たいー!」
「おー、ならこっちのシャツ着てみるか?」
先ほど自分が全く入らなかったシャツに剄を通しアズミに着せてやる。
わかっていたけれどブカブカで、裾は引きずっているし、袖から手も出ない。
膝の上にアズミを乗せ、袖をくるくると巻き上げて小さな手を出してやると、アズミは大喜びで手を叩いた。
それから明神は絵本を読んでやり、ポカポカ日差しの暖かいリビングでアズミと二人で昼寝をした。
わき腹に強い衝撃を感じ、明神は飛び起きた。
「っな!んだ!?」
痛む腹を庇いながら、咄嗟に構え臨戦態勢を取ると、目の前に般若が居た。
否。
般若ではなく、般若の形相で明神を見下ろす澪が居た。
「こ、湟神?痛ッテーな、何すんだ来て早々!」
文句を言うと、次は顔をはったおされた。
「ブッ…!テメエ、何なんだよ!」
「何をしている、冬悟。」
澪の目が冷たい。
その澪の後ろで、姫乃が困った様な、呆れた様な、驚いた様な何とも言えない顔をしていた。
…あれ。
良くよく考えれば、あれから直ぐアズミに絵本を読む様ねだられた。
姫乃のシャツを脱がそうとすると、だぼだぼなのが気に入ったのか脱ぐのを嫌がり、そのままにしておいた。
ついでに何となく、そのまま自分もいたのだが。
「…あ〜そういう事〜。」
いきなり蹴り上げられた事も、今冷たい視線で見られている事も色んな事が理解できた。
つまり今、明神は私服の上から姫乃の制服の上着とスカートをはいている状態だった。
そして運が悪い事に、アズミは先に目が覚めたのか着ていたシャツをさっさと脱いでどこかへ遊びに行った模様。
明神は頭をフル回転させて言い訳を考えた。
「えっと…別にやましい気持ちとか、変態くさい趣味がある訳じゃなくってだな。ほら、こうなんていうか、ついつい?」
「そ、それで明神さん…私の制服着て、何してるの?」
姫乃が澪の背後からおずおずと聞く。
そういえば、前にもこんな事があったな、けどこんな空気じゃなかったよな、何て考えながら。
「………ひめのん、ごっこ?」
言った後直ぐ、明神は自分が迂闊な発言をした事を心底後悔した。
目の前で、鋭い白刃がきらめいた。
不幸中の幸いと言えば、姫乃が明神を変態扱いしなかった事だろう。
姫乃は伸びてしまったセーターと、はいたまま寝転がった為に皺になってしまったスカートについて怒ったけれど、それ以上変な目で見たりする事はなかった。
澪はチクチクと明神を苛め、ガクやエージにその話を言いふらし、一時うたかた荘は戦場となったのだが。
「…あーあ。ひめのんがオレの服着た時は皆可愛い可愛い言って和んだってのに。何でこう扱いが違うんだろうな…。」
明神が一人で愚痴を言っていると、隣にエージが座った。
「なあ明神。ガクがヒメノの制服着てたらどう思う?」
「…キモ。」
「オマエがな。」
間髪入れずそう言うと、エージは立ち上がりさっさといなくなる。
「…いい。もう、いい。」
管理人室の隅で、膝を抱えて丸くなる。
リビングでは澪を中心にワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。
今日は雪乃も姫乃もご馳走を作ると言っていた。
澪も、流石に雪乃には何も言わずに居てくれたけれど、あの場に行けば誰かが何かしらつついて来るのは目に見えていて、情けないを通り越して笑えてくる。
笑うと言っても勿論、自嘲なのだけれど。
管理人室のドアが、少しだけ開いた。
その隙間から顔を覗かせたのは姫乃。
「えっと…せっかくのご馳走だし、もう怒ってないから明神さんもおいでよ。お腹空いてるでしょ?」
地獄に何とやら。
ドアの隙間から香ってくるご馳走のいい匂いと姫乃の誘い。
明神にそれを断る事は逆立ちしても出来なかった。
数日後。
ポカポカ陽気の中、姫乃はセーターを二の腕の辺りまで折り上げパタパタと手で顔を扇いでいた。
それを見て友人が声をかける。
「姫乃、暑いならそれ脱いだら?って言うか、あんたこないだそれ持って帰って、洗って仕舞うって言ってなかったっけ?」
言われて姫乃は「あ…そうなんだけど…」と口ごもる。
姫乃がこんな風に言葉を濁す時は大抵、あの管理人がらみである事をこの友人は熟知している。
また面白い話が聞けそうだと友人が更に追求したところ、姫乃がいつもの様に顔を赤くし、やや俯きながら口を開いた。
「あの、このセーターね…。こないだ、み、明神さんが、着たんだ。」
「………なんで。」
「だから、その、私ももう少し着ていたいなって思ったの。」
「え、ちょっと待って姫乃。私の質問はスルー?」
「え!?あ、何でって?えっと、私の洗濯物見て、大きさの違いにびっくりしてちょっと着てみたくなったんだって。」
「…へぇ。」
「あ、でも私も同じ事しちゃったから、気持ちわかるなって。」
「…へぇ。」
「澪さんは凄く怒ってたけど、私はちょっと可愛いって思っちゃった。」
「…へぇ。」
「えっちゃん、さっきからへぇしか言ってないよ…。」
「姫乃。」
友人は姫乃の肩にぽんと手を置いた。
「私、あんたのその、貴方色に染まりますってトコ、好きよ。」
「?私もえっちゃん大好きだよ。」
「ありがと。あんたちゃんと幸せになるのよ?いい?」
「?うん。」
恋は盲目。
その言葉の意味を噛み締めるえっちゃんでした。
あとがき
明神が好きな方に土下座…。
久々の更新がこの様なアレですみません…。
姫乃版はこちら。
2007.04.21
やや修正と加筆しました。
2007.04.23