ごっこ。

土曜日の昼過ぎ。

静かなうたかた荘で、姫乃が一人で洗濯物を畳んでいた。

母親の雪乃は買い物。

エージは公園で、アズミはお昼寝中。

ツキタケ、ガクは散歩へ出かけ、パラノイドサーカスのメンバーもそれぞれ出かた為いつもは騒々しいうたかた荘が久々に静まり返っている。

今日は良く晴れたので、学校から帰って溜まっていた洗濯物を一気に洗ってしまった。

気持ちが清々しい。

洗濯物の大半が明神の物で、普段から溜め込まずに出してくれていたらこんな事にはならないんですよと言うけれど、夜遅くに仕事から帰って、怪我の治療なり食事なり疲れから来る眠気に負けたなり、様々な理由から管理人室にほったらかしにされていくシャツやトレーナー、靴下達。

「ゴメンひめのん。わかってんだけどなかなか気が回らなくて。」

済まなさそうに言う明神にあまり強くも言えない為、毎週週末になると大洗濯大会が催されていた。

大抵、明神が仕事でいない時を見計らって姫乃が管理人室にこっそりと入り込み、家捜しならぬ洗濯物探しをする。

今日は大漁。

習慣とは怖いもので、最近では少ないと物足りないと感じる様になってしまった。

「よし。これで終わり。」

自分の服と明神の服を全て畳み終え、一息。

正座して床に並ぶ洗濯物を満足そうに眺めた。

畳まれ隣に並ぶ姫乃と明神の洗濯物。

その大きさの違いに改めて驚く姫乃。

「…明神さん、やっぱり大きいよねえ。」

言って、畳んだばかりの白いパーカーを広げてみる。

自分のTシャツがとても小さく見えた。

「…。」

周りに誰もいない事を確認すると、姫乃は自分の上着を脱いで明神のパーカーに袖を通す。

「ふわ〜。」

着てみると思った以上に大きくて驚く姫乃。

首周りはダボダボ、袖も長くて手が隠れるので引っ張って手を袖から覗かせる。

丈も長くて太ももまですっぽりと隠れてしまう。

どんな風に見えるのか気になって洗面所まで走った。

「おお〜。凄い。ガボガボだあ!」

鏡に映る自分を見て、改めて明神との体格差を思い知る。

大きなパーカーを着ているというよりも着られているといった感じ。

余った袖を顔に押し付け、ふふ、と笑う。

このパーカーを着ていると、まるで明神に守られているみたいで安心する。

黒いコートに一緒に入った明神の誕生日を思い出すと顔がにやけた。

「ひめの、何してるの?」

「うおわっ!?」

声がした方を振り返ると、壁からアズミの顔がちょこんと覗いていた。

「あ、アズミちゃん。…えっとね!み、明神さんごっこ!」

思わず、思いつきで誤魔化す姫乃。

「案内屋ヒメノ!…かっこいい?なんちゃって。」

びしっとポーズを決めてアズミにアピール。

アズミはちょっと首をかしげた後。

「みょーじんはスカート穿かないよ?」

「…そうだねえ。じゃあ、ズボン穿いてみよっか!」

確か今日明神は仕事で遅くなると言っていた。

今の内なら、こっそりなら。

アズミと走って洗濯物の所へ行き、明神の分の洗濯物を抱えると管理人室へと向かう。

そのまま明神の洗濯物をタンスに直すと、一本のジーンズを引っ張り出す。

スカートを脱いで放り出し、ブカブカのジーンズに足を入れる。

ダボダボのウエストはベルトで締め上げ、余った裾は折り上げる。

ゴムを口にくわえると、髪を結い上げ高い位置でくくる。

初めは思いつきだけれど、だんだん気分が乗ってきた。

ここまでくるととことん真似してみたい。

「えっと、コートは着て行っちゃったよね。サングラスも…ないし。」

押入れを開け、最近は使う事のなくなった黄布を取り出し腕に巻く。

「これ、自分で巻くのって難しいんだねえ。」

ぎこちない手つきで黄布を巻く様子をアズミが見守る。

「よしっ!完成〜!!」

腰に手を当て、背筋をピンと伸ばす。

「案内屋、ひめの!!」

「ひめの!カッコいい!!」

アズミが手を叩いて喜ぶ。

何だか強くなった気がして、姫乃もえっへんと胸を張る。

…明神の服を着ただけだけれど。






その頃、うたかた荘に向かう一行があった。

「しかし久しぶりだな。アズミに会うのも。」

サラリと長い髪を揺らす澪。

手には大きな包みを抱えている。

「オレの誕生日の時以来だからな〜。アズミも喜ぶと思うよ。」

「姫乃チャンは元気なのかい☆もうすぐ17歳だっけ?」

言いながら明神の背中を叩くのはプラチナ。

「おう。今日の事はひめのんに言ってないからびっくりすると思うぜ。驚かそうと思ってさ。」

「何だ。せっかく美味い飯がまた食えると思ったのに。」

一行から少し後ろに離れて、火神楽。

「大丈夫だって。ひめのんなら何でもぱっと作ってくれるよ。雪乃さんもいるし…ってか飯食いに来たのかよ!!」

仕事で近くまで来ているからついでに寄る、と澪から連絡があったのが数日前。

姫乃がびっくりする顔が見たくて黙っていた。

今日も仕事と言って出てきたし、何か疑う様な素振りは見せなかった。

「趣味悪いな、冬悟。」

澪に言われて笑う明神。

「たまにはな。こういうサプライズだっていいだろ?」

うたかた荘の前まで行くと雪乃とばったり出会った。

雪乃は手にスーパーの袋を提げ、いつもの調子で「まあまあ」と言う。

それぞれ挨拶をしながらうたかた荘の玄関をくぐった。

「ただいまー。」

明神は姫乃が「わあ!」と驚く顔が見たかった。

階段を見上げ、姫乃が駆け下りて来るのを今か今かと待つ。

けれどその姫乃は玄関すぐの管理人室に居る。

「…えっ?」

想像していたより数時間早い明神の帰宅。

そして数人の足音と話し声。

姫乃は驚いて管理人室で固まった。

「ひめの〜ん!湟神達が来たぞー!!」

待ちきれずに階段下から二階へと声をかける。

けれど返事は無く、首をかしげる明神。

「なな、何ー!!??」

明神が帰って来た事も驚きだが、澪達が来たということも驚きだ。

…ちょっと違う意味で。

姫乃はオロオロと部屋を見回した。

隠れる様な場所はない。

「みょーじん!!!」

壁を抜けてアズミが部屋から出て行く。

「あっ、アズミちゃん…!!行かないでー!!」

「みょーじん、おかえり!」

明神の顔面にアズミがべちゃりと張り付く。

そして、くるりと辺りを見回すと、アズミは懐かしく大好きな顔を発見した。

「わあ!!みお!!」

「アズミー!!元気にしていたか!?」

「うん!」

澪がアズミを抱きしめ頬擦りし、それを羨ましそうにプラチナが眺める。

そのアズミをひょいと取り上げる明神。

「アズミ、姫乃知らないか?」

「ひめのはね、今案内屋さんだよ!」

『…は?』

アズミの言葉に、その場にいた全員が頭にクエスチョン・マークを飛ばす。

「…取り合えず、アズミがここから出てきたって事は、ひめのんは管理人室にいるのか…?」

明神がドアノブに手を伸ばし、開けようとするけれどドアが開かない。

「あれ?何かつっかえてんのか?」

中で姫乃はドアが開かない様に必死で押さえている。

スカートを穿き変える時間はなかった。

シャツは洗濯物と一緒に別の部屋。

「明神さん、今は駄目!開けちゃ駄目!」

「駄目って、ちょっとオレの部屋で何してんのひめのん。」

「へ、部屋のかたずけ…です。散らかしちゃって、今入らないで!」

「か、かたずけってオレの部屋ァ!?何で!」

「アレ、見られたら困る物でもあるのかい☆」

「ねぇけど!おいひめのん!?」

とっさの嘘も全くの逆効果。

明神が更に力を込めてドアを押す。

「うぐぐ…。」

全身をもたれかけさせ、それを阻止する姫乃。

「オイ。あんまり力入れると開けた時に姫乃が潰れるんじゃないのか?」

ドアを力づくで開けようとする明神を火神楽が止める。

「わかってるけど、何で突然篭城?」

一通りアズミと挨拶を済ませた澪が扉を前にしてフム、と口に手を当てる。

アズミは新しく貰ったキリンのぬいぐるみで遊び出した。

「白金、ちょっと開けて来い。お前なら霧になって中に入れるだろう。」

「…いいけど、報酬は?何か貰えるのかな澪チャ…。」

続けようとしたプラチナの顔面に容赦ない「グー」が叩き込まれる。

「仕方ないなあ☆」

プラチナの体がシュウシュウと音をたてて白い霧に包まれる。

「…相変わらずドメスティックな関係だなオイ。」

「もう見慣れた。後はアイツの頑張り次第だろ。」

澪から数歩遠ざかる明神と、ため息をつく火神楽。

部屋の中で、姫乃はドア越しの抵抗が無くなってほっと一息ついていた。

「い、今の内にせめてスカートだけでも…。」

着替えようとスカートを手にした時、ドアの隙間から白い靄の様なものが入ってきた。

「えっ!?」

その白い靄は一塊になると人の形を作り出す。

「やあ☆姫乃チャン久しぶり…って。あららあ。」

そのプラチナの形をした霧が、管理人室のドアを開けた。

「わー!!きゃー!!いやー!!」

思わず座り込んで頭を抱える姫乃。

「ひめのんっ!?」

明神が部屋に飛び込む。

その明神の目に飛び込んできたのは、何故か明神のパーカーとジーンズを着て、腕に黄布を巻いた姫乃。

「…ひめのん。何してんの…?」

そろそろと振り返った姫乃は涙目。

「………明神さん、ごっこ。」

パシンと手で口を押さえる明神。

可愛い。

笑うと怒るのはわかっているけれど顔が笑ってしまう。

ブカブカの自分のパーカーとズボンをはいた姫乃。

裾も袖も余ってダボダボ。

首周りも大きすぎてだらしなくずれている。

「だから、入らないでって言ったのにー!!しかも澪さん達が来るなんて聞いてないし!明神さんの馬鹿ー!!」

わあわあと叫び出す姫乃と慌ててなだめる明神。

その後ろで、澪が震えている。

「…し、写真!写真撮らせてくれ姫乃!」

「え!?ヤダ絶対駄目!!」

「冬悟!後で焼き増ししてやるから抑えろ!!」

「わかった!って、駄目だろオイィ!!」

チッ、と舌打ちを一つ。

「今わかったって言っただろう!この根性無しめ。白金、行け!!」

「ハイハイ☆」

逃げ回る姫乃を追いかける白金。

そして更にそれを追う明神と澪。

「やだやだお母さーん!!」

「姫乃チャン、ほらほら怖くないからジッとして。」

「テメエコラどこ触ってやがるプラチナァ!!」

「動くなブレル!!!」

ドタバタと走り回る四人。

「キリンさんと象さん、お友達になろうね!」

以前貰った象のぬいぐるみとキリンのぬいぐるみを並べてご満悦のアズミ。

「どうぞ、お茶です。お久しぶりですね。」

「ああ、済まない。頂く。」

騒がしい周りを全く無視してのんびりとくつろぐ火神楽と雪乃。

「ハイ、チーズ!」





数日後。

姫乃が機嫌を直してくれるまで、明神は多大な努力をした。

毎日毎晩謝ってプリン、チョコ、パフェ、最中を納めた。

その甲斐あって、姫乃はまたいつもの様に笑ってくれる様になった。

今日は仕事を早めに済ませ、うたかた荘へと向かう明神。

平日のまだ四時。

姫乃はまだ学校。

ひょいとポストを覗くと明神宛ての手紙が一つ。

それを手に取ると足早に管理人室へと向かう。

差出人は湟神澪。

口笛を吹きながら封筒を開け、中身を取り出す。

出てきたのは「あの時」の写真。

付け加えられたメモには「今度こっちの仕事を手伝え。報酬は前払いにしてやる。」

明神はその手紙と写真を机に置き、手を合わせると「いただきます」

ぺこりと頭をさげる。

そしてそれを誰にも見られない様に、鍵のついた引き出しの中へと閉まった。


あとがき
頂いたお題は
「明神の服を着た姫乃、を目撃しちゃった明神」 だったのですが、ギャラリーが増えてしまいました(汗)
沢山人を出すのは難しいと思いながらも、案内屋連合は書くのが楽しいんです…。
澪さんがやや壊れている感が(大汗)明神も変態臭く(滝汗)
こちらはリク下さった悠夜さんへ!ドタバタになりましたが気に入って頂けるでしょうか…。
ありがとうございました!!

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