…酔ってる
全てのきっかけは明神がパン屋で買い物をした際について来たオマケのお菓子だった。
そう。今日はハロウィン。
オレンジ色の可愛らしい袋の中にはチョコレートが幾つか入っていた。
直ぐに、姫乃の顔が頭をよぎった。きっと喜ぶだろう。
姫乃の笑顔を想像しながらうたかた荘に向かう。何だか足取りが軽い。
「ただいまー!」
黒いコートを自室へ放り込むと、階段を上って姫乃の部屋に向かう。
ドアを何回かノックすると「はあい。」の返事の後にドアが開く。
「お帰りなさい。どうかした?」
「はい。」
「え?」
いきなりさっきのお菓子を手渡す。
姫乃がとっさに手を出して受け取り、まじまじと見つめる。
そして少しづつ、姫乃の顔に花が咲く。
「うわあ!可愛い。どうしたの?」
「今日ハロウィンだろ?パン屋で配ってた。」
これで買って来た、と言えば気の利く男みたいで良かったな、と後から思ったけれど、姫乃はそんな事関係なく喜んでいる様だ。
「ありがとう!」
立ったままじゃ何だし、と明神を部屋に招き入れる姫乃。
お茶を出して、早速頂いたチョコレートを頬張る。
「美味い?」
そう聞く明神に、首をブンブンと縦に振って応える姫乃。こういう仕草を見ると、まだ子供だな〜なんて思う。
…そこがいいんだけど。
チョコレートを二つ、三つ、学校の事なんかを話しながら食べ進める姫乃。
ふと、明神は姫乃の気配が少しづつ変っていく事に気付いた。
四個目のチョコレートを頬張った姫乃の頬は、明らかに赤みを帯びてきている。
そういえば、さっきから姫乃はなんだかよく笑う。
いや、普段からよく笑う子なんだけれど、何と言うかテンションが高い気がする。
「…ひめのん、ちょっとそのチョコ見せて。」
そう言って手を伸ばすとその手をぴしゃりと叩かれた。
「駄目。これ私のだもん。」
明らかに目が据わってきている。
…酔ってる。
明神は背中がスーっと寒くなるのを感じた。
予想では、先ほど渡したチョコレートにお酒が入っていたのだろう。
しかし、たった数個食べただけでこの効果は一体…。
たらたらと汗をかきながらどうしていいかわからず止まっている明神と、何がそんなに可笑しいのかくすくす笑い続ける姫乃。
異様な光景がアパートの一室で繰り広げられている。
「はあ〜。何かあったかい。心臓もドキドキするよ。どうしたんだろ…。」
座ったままぐらぐらと頭を揺らし、虚ろな目でちらりと明神を見る姫乃。
「こりは、恋ですかね?」
「い?」
「だって、明神さんと一緒にいてこんなにドキドキして頭グラグラして…。」
「いや、恋で頭はグラグラしないと思うよひめのん。」
顔を赤くしながら迫ってくる姫乃に大層動揺しながらも的確なつっこみを忘れない明神。
しかし悲しいかなその言葉はもう姫乃には届かない。
「…明神さん。」
ぐい、と顔を近づけられて、明神は動けなくなる。
前言撤回。子供みたい、どころではない。
酒が入っている訳ではないのに心臓の動悸がおかしい。
ハムスターがカラカラ走っている回し車の様に高速で脈打っている。
「ひ、ひめの…。」
自分の中で何かを覚悟した時、視界から姫乃が消えた。
ゴス。
音がして、姫乃の頭が明神のお腹辺りに突っ込んでいる。
えーっと…。
「…姫乃さん?」
「…。」
「姫乃さんっ!?」
「…アズミちゃん…。早く、かえらない…と…。」
…寝てる!!!
そのままもぞもぞと体勢を変えて、勝手に膝を枕にして眠り出す姫乃。
「…。」
姫乃が握っていたオレンジ色の包みを持ち上げて見ると、原材料:チョコレート、砂糖、ウィスキーとなっていた。
「…オマエのせいで…!!」
包みに当たっても仕方がない。
とにかくこの体勢を何とかしないとこちらの身がもたない。
というか、理性ももたない。
「ひめのん、おきて。」
ゆさゆさ、と肩をゆすってみるけれど、うっとおしそうに嫌がるばかりで起きそうにない。
「ひめのん!おきてって!!」
「…るさい。」
ごろりと体勢を変えて、ぽつりと呟く。
さすがに、カチンときた。
「…ひめのん、起きないとイタズラするぞ。」
「何してんだよ。」
心臓が、喉から飛び出した。
いつの間にかエージが背後に立っている。
「何してんだよじゃねーよ!!いつ、どこから現れやがったエージ!!!」
「起きないと、の辺りから。そこの壁抜けて。」
壁を指さしながら応えるエージ。
「おいおい、ヒメノに酒飲ませて何してんだよ。いい大人が。」
今度は心臓がキュウとしぼんだ。
「飲ませてねーよ。入ってたんだよ。勝手に!」
言ってチョコレートの包みを見せる。
ははあ、と笑うエージ。
「そりゃ大変だったな。そのまま寝かしときゃいいだろ?てかオマエもうこの部屋から出ろ。ヒメノに近づくな。」
「な、なんだよ人をバイキンみたいに…。」
「ガク呼ぶぞ。澪さんに言うぞ。」
エージが冷たい目をして言って来る。
普段、過保護だ過保護だと言うエージだが、こういう時はお前の方が過保護だろ、と言いたくなる。
何だか泣きたくなってきた。
姫乃の笑顔が見れると思っただけだった…ハズなのに。
「へいへい。わあったよ。」
とりあえず枕の代わりにタオルをひいて、風邪をひかないように毛布をかけてやる。
眠る姫乃の顔をチラリと見るとこっちの気も知らずに満面の笑顔で寝ている。
今頃お菓子の夢でも見ているのか。
「…オヤスミ。」
まあ、当初の目的は達成できたからいいかとも思う。
あんまり長い間寝顔を見ているとエージが後ろからバットで殴ってきたので(絶対コイツひめのんに気があるだろ。)急いで部屋を後にした。
あとがき
ハロウィン滑り込み小説です。
お題でやるのもどうかしら、と思いながらも思いついたのだから仕方がない!
姫乃酔っ払いネタは二つ目です。
2006.10.31