おまけ
その日牧場には、羊達の悲鳴が響き渡りました。
「きゃー!いやー!!助けてー!!」
人間と犬が羊を追い回し、羽交い絞めにすると手にしたバリカンを振りかざします。
今年生まれたばかりだった姫乃にも、その毛刈りの魔の手が伸びていました。
「エージ!何するの!わー怖いよー!!」
ジタバタと四肢を振り回して逃げようとするけれど、そこは小さな羊。
簡単に捉えられて押さえ込まれてしまいます。
「テメエ!姫乃に何しやがる!!」
冬悟がガウガウ言いながら人間に飛びつこうとしましたが、それはエージ以下五匹の犬で押さえ込みます。
「エージコラてめェ!姫乃どうする気だ!」
「どうもこうも、これが羊の仕事なんだから黙って見てろ。」
「しごと?」
エージは冬悟の長い鼻をペシリと押さえ、この牧場について語りだしました。
「いいか?この牧場の羊達は、そのフカフカの毛を人間にあげる代わりに守ってもらってんだ。人間は毛がねえだろ。だから羊の毛がいるんだよ。」
少し解釈は違いますが、大まかには正解です。
「だ、だからって、姫乃までこんな事しなくてもいいじゃねーか。」
話し合う二匹の後ろでは、バリバリ音を立てながら姫乃が毛を刈り取られていっています。
牧場中に響き渡る羊達の悲鳴、バリカンの雄たけび、そして普段は厳しくも優しい人間達の、ハンターの様な眼差し。
冬悟の目には、それは阿鼻叫喚の地獄絵図の様に写りました。
けれど、エージは誇り高く背筋をピンと伸ばします。
「ここに居て飯を食うなら働く!!それは犬も羊も同じ!!子羊だって関係無し!羊は飯食って毛をフカフカにして人間にあげる!犬はその羊が取られない様しっかり見張る!!わかったら仕事しろ!!」
「きゃー!!!!いやー!!!冬悟たすけてー!!」
たまらず、冬悟は動こうとしました…が。
「働かざるもの食うべからず、だ。毛刈りを邪魔するなら出てってもらうぞ。冬悟。」
エージは本当に、優秀な牧羊犬でした。
「……わかった。」
冬悟はガクリと首をうなだれ、両方の前足でしっかりと耳を塞ぎ、目を瞑り、事が終わるまで我慢する事に決めました。
数時間後。
すっかり毛を刈り取られた姫乃はあまりのショックにぼんやりとしていました。
冬悟がそっと近づいて側に座り、様子を伺います。
姫乃はどこか遠くを眺めたまま、ぽつりと呟きました。
「……酷い。寒いし、ひりひりするし、恥かしいし…。」
冬悟はかける言葉を見つけられず、小さなくしゃみをした姫乃に自分の小屋に敷いている毛布をかけてやりました。
「エージが、毛刈りをされるのは羊の仕事だって、言ってたよ…。ほら、皆おんなじだろ。な?」
何とか元気になってもらおうと、冬悟は頭をすり寄せたり顔を舐めてやったりしましたが、まだ姫乃はしょんぼりしています。
「すぐに元通りになるよ。」
「……もう、おヨメにいけない。」
姫乃はしくしく泣き出しました。
「じゃあ、オレがヨメに貰うから、な。泣くな?」
「…うん。わかった。」
「え?」
二匹は今日も、仲良しです。
あとがき
これでラストです。
ありがとうございましたー!
2007.09.25