注意

この話は明神が狼でひめのんが羊という超ありえないパラレルです。
パラレルに理解があり、何でも許せるぞという方のみご覧下さいませ。






WOLF and SHEEP

しろいおおかみはひつじとであう

あるところに、大きな牧場がありました。

そこには沢山の羊と、沢山の牧羊犬がのんびりと暮らしていました。

けれど、その羊達も、ただ平和に暮らしていた訳ではありません。

その牧場から少し離れた岩だらけの谷に、狼の群れが住んでいたからです。

羊を飼っている人間や牧羊犬達は、羊が狼に食べられてしまわない様に必死で守っていましたが、狼達も頭が良く、月に何頭か、酷い時は一週間に何頭も食べられてしまう事もありました。

高い柵で覆い、しっかりと見張っても、羊達が外に出て草を食べる時に狙われてしまうとなかなかどうしようもないのです。

狼達も、何も食べずに生きて行ける訳ではないので、これは生きる為の狩りでもあります。

自然の成り立ちの中で、生きる為の戦いが毎日起こっている、ただそれだけの事なのです。

羊達は外へ出る時にはいつも一塊になって、牧羊犬達に守られながら移動します。

犬達は羊達の事がとても大好きで、羊を守る仕事にも誇りを持っています。

いつ狼が襲ってきてもいいように、毎日目を光らせて見張ります。

牧羊犬達のお陰で、何頭もの羊が狼の餌になるところを助けられてきました。

羊達も、牧羊犬達が大好きでした。

けれどその羊達の中で、今年生まれたばかりの姫乃という子羊は、良く群れから離れて一人で冒険に出かけました。

好奇心が旺盛で、まだ見たことが無い森や、谷や、川や泉、動物達が気になって仕方が無いのです。

まだ狼を見たことが無いので、狼の恐ろしさも良く知りません。

姫乃はこっそりと群れを抜け、森の動物達と話をします。

そしてこっそりと戻るところをいつも牧羊犬のエージに見つかっては怒られていました。

「お前はまだ知らないだろうけど、外の世界は怖い事もあるんだ。絶対に一人で出歩くな!」

エージは口を酸っぱくして姫乃に言いましたが、姫乃はいつも「はあい」と答えて柵の外を眺めるのです。

そして柵の隙間から見える、広い草原や深い森、岩だらけの谷を大きな瞳でジッと見つめ、一体どんな所なんだろう、どんな動物達がいるんだろうとまだ見ぬ世界にドキドキと胸を高鳴らせるのでした。

そんな姫乃を心配して、姫乃がどこに行ってもわかる様に、人間は姫乃にコロコロと綺麗な音が鳴る小さな鈴を首にかけてやりました。

姫乃はその音が凄く好きで、跳ねる様に歩きました。

それからエージは目だけではなく、耳も澄ませて仕事をする様になりました。






姫乃が見つめる草原の先、森を抜けて泉を超え、ゴツゴツした坂道を登ったずっと先にある岩だらけの谷には、灰色狼達が群れで暮らしていました。

狼は体はしなやかで逞しく、大きな牙と爪を持っていて、性格は獰猛でとても頭が良い動物です。

狼達のリーダーは特に体が大きくて、賢い頭を持っていました。

配下の狼達もリーダーの狼を敬い、恐れ、尊敬しています。

その狼の群れの中に、とても足が速く、とても狩りの上手い一匹の狼がいました。

その狼は、冬悟という名前で他の狼達とは違って体中白い毛に覆われていました。

冬悟の様に、白い毛並みの狼は他に一匹もいません。

そのせいで、群れの中で冬悟は他の狼達に不遇の扱いを受けていました。

ある狼は、冬悟は羊と狼の間に生まれた子だと言って馬鹿にしたり、きっと白い羊の様に、爪も牙も柔らかいに違いないと鼻で笑う狼もいました。

冬悟はその度に喧嘩をするので、いつも怪我ばかりしていました。

自分の白い毛を嫌い、自分の姿が映る泉を嫌いました。

群れの中に居ながら他の狼達と関わる事も嫌い、群れの少し離れた所でいつも眠りました。

何度も群れを出てしまいたいと思いましたが、狼が一匹で生きていくのはとても難しい事でしたし、何より狼達の掟で群れを抜ける事は厳しく禁じられていました。

少し離れた草原や森、谷にも沢山狼の群れがあるからです。

時には群れ同士で縄張り争いをする事もあります。

牧場から一番近い場所に住むこの群れには、常に他の狼達から襲われる危険がありました。

裏切り者が出る事は、この群れにとって、とても大変な問題なのです。

なので冬悟は、この群れから出る事も、馴染む事もせずに暮らしていました。

そして、冬悟と姫乃が出会ったのは、牧場に近い森の中ででした。






狼達は、群れで狩りをするのが基本ですが、羊を狙う時の様な大きな狩り以外は一匹で狩りをする事もあります。

特に冬悟は、一匹での狩りを好みました。

大きな狩りをする時は、大物をしとめて自分の力を他の狼達に示す為に走りましたが、それ以外は殆ど他の狼とは関わりません。

そんな冬悟を、他の狼達もからかってやろうという時以外は特に関わろうとしませんでした。

冬悟はその日、森の中で兎を狙い、草むらを掻き分けて歩いていました。

数メートル先の藪の中に獲物を見つけ、冬悟は低く姿勢をとります。

そして、じりじりと間合いを近づけ飛び掛ろうとした時。

ガチン、と何かが冬悟の後ろ足を挟みました。

ギャン、と冬悟は大きな悲鳴をあげました。

慌てて足を見ると、人間が仕掛けた鉄の罠が、足にしっかりと食らいついています。

しまった、何て間抜けだと悔しがりながら、必死でその罠から足を抜こうとします。

けれど、牙や爪では歯が立たず、冬悟は捕まった足を食いちぎって逃げようかとも思いました。

他の狼に助けを求めるのは絶対に嫌だったし、このまま人間に見つかって、殺されるよりはマシだと考えたのです。

足に牙を立てた時、冬悟はけれど、群れに帰った時の事を想像しました。

今まで狩りが出来る、足が速いという事で何とか群れの中でやってきました。

どれだけ白い毛の事を馬鹿にされても、自分より獲物を獲れない狼達に「口だけの腰抜け」と言ってきました。

その自分が片足を失って、これから群れの中で生きていける訳がないと思うと、冬悟は目の前が真っ暗になる気がしました。

冬悟はその時、生きる事を諦めました。

このままじっと、人間が来るのを待とう、そして最期が来るのを待とうと思いました。

冬悟は丸くなってうずくまり、足の痛みに耐えながら眠ろうと思いました。

鼻先を前足に突っ込んで、目を閉じます。

次に目を開ける事があれば、それは最期の時だと思いました。

痛みの中眠っていた冬悟は、幼い頃の夢を見ていました。

冬悟は良く、母親に、どうして自分だけ白いのだろうかと何度も聞きました。

母親は困った様に笑って、それでも冬悟は狼だから、誰に何を言われても胸を張っていればいいのよと言いました。

母親は体が弱く、冬悟が幼い頃に命を落としてしまいました。

冬悟はその時から、一匹になったのです。

コロンコロンと不思議な音がして、冬悟は目を覚ましました。

少し乾いたその音は、とても近くで鳴っています。

人間が来たのかも知れないと、漠然とした死の恐怖に襲われながら、冬悟はうっすらと目を開けました。

すると、目の前に小さな羊が一頭、冬悟の顔を覗きこんでいました。

それは、草を食べに外に出た時こっそり群れから抜け出した姫乃でした。

「……ひ、ひつじ?」

冬悟は間抜けな声を出しました。

餌である羊がこんなに無防備に、顔の前に現れた事なんて一度だってありません。

姫乃は冬悟を覗きこみ、首を傾げました。

コロンと、首の鈴が鳴ります。

「あなた、狼?エージは狼は灰色だって言っていたけど、あなたは真っ白なんだね。」

冬悟はエージという牧羊犬の名前に聞き覚えがありました。

大規模な狩りをする時に、必ず邪魔をする牧羊犬です。

「真っ白で悪いかよ。オレは狼で、お前は羊だろ。食っちまうぞ、どっか行っちまえ。」

そう言って、冬悟はプイと顔を背け、また目を閉じました。

今の冬悟には、美味しそうな羊ももうどうだってよくなっていました。

けれど、姫乃は暫く冬悟の側から離れようとはしませんでした。

「……あのなあ、何でお前ここに居るんだ?ホント食っちまうぞ?」

「あなたはどうしてここに居るの?」

「ホラ、これ見ろ。罠にとっ捕まったんだよ。居たくてここにいるんじゃねーよ。動けねえんだ。」

冬悟は痛む足を持ち上げて姫乃に見せました。

冬悟の白い足に、鉄で出来た罠が食い込んで血が流れています。

姫乃はそれを見て、眉をしかめました。

「痛くない?」

「痛いに決まってんだろ。」

「取らないの?」

「取れねえの。」

「取ったら、あなたは私を食べるかな?」

冬悟は一瞬、答えに詰まりました。

目の前の羊は良く見れば見るほど本当に軟らかくて美味しそうです。

警戒心が薄いところを見ると、まだ生まれてそんなに経っていない子羊で、今なら肉も柔らいだろうし、最期の晩餐にするにはとても贅沢な御馳走です。

食べようと思えば、罠から逃げ出さなくても手は届きます。

今直ぐに、喉笛に食らいつけばいいのですが、あまりに普通に接する姫乃に冬悟は何かを狂わされていました。

こんな風に誰かと話すのが、本当に久しぶりだったのです。

姫乃はきょとんと冬悟を眺めています。

今自分がデス・ゾーンに居る事なんてこれっぽっちも気付いていない様です。

「……羊、この罠が無くっても、お前はオレに殺されるかもしれない位置にいるんだぞ?もうちょっと警戒した方が長生き出来るから、次に狼にあったらこんな風に近づくな。」

「じゃあ、やっぱりあなたは私を食べないんだ。」

姫乃が笑いました。

「やっぱり?」

「だってあなた、食っちまうぞって言いながら私を食べようとしないんだもん。こんなに近くにいるのにね。」

「あ?」

「あなた白いから、始め羊かなあって思ったの。近づいたら口が大きいし尻尾も長いからびっくりしたあ。」

何て呑気な羊なんだと冬悟は思いました。

「お、お前、ちょっと……何してんだ。」

「何って、痛そうだし、これ取ろうと思って。」

姫乃は罠に前足をかけます。

「やめろって。お前も挟まっちまうぞ。」

「心配してくれるんだ。」

「お前ホントっ、面倒臭せぇな!!」

姫乃は全身の力を込めて、冬悟の足を挟む鉄のトゲトゲを引っ張ります。

軟らかい足で、それは必死に。

はじめは呆然とそれを眺めていた冬悟も、どうにでもなれと一緒になって罠を掴みました。

「ぐ……うぬ。」

「んっ……!!」

罠が少し緩み、冬悟は勢い良く足を引き抜きました。

その瞬間二匹とも前足を離し、勢い良くごろんと転がります。

ガチンと音を立てて、罠が再び口を閉じました。

「うわったァ!!」

「わあ!」

冬悟は姫乃の首にかけられた鈴が、コロンと音を鳴らすのを聞きました。

「は、はああ、取れた、ね!」

「お、おう。まさか抜けるとは思わなかった……。」

「あはは!!やったー!!」

姫乃が冬悟の周りで跳ねて喜びました。

前足を高く上げた時、ハッと冬悟は姫乃の両前足を捕まえます。

「……お前、これ怪我してるじゃねーか。」

「怪我?」

姫乃が言われて自分の前足を見ると、薄い皮が破れて血が滲んでいます。

「あ。必死だったから気付かなかった。」

「お前、馬鹿じゃねーの!?」

慌てて冬悟は傷口を舐めてやり、はたと手を止めました。

あんまり美味しかったので、そのままバクリと食べてしまいそうになったからです。

流石に、命の恩人を食べてしまうのはしのびなく、何より姫乃が何もわからずただ笑っているのが冬悟を躊躇わせました。

「私は大丈夫だよ。あなたの怪我は?」

「お、おう。まあ何とか。直ぐ治るだろ。」

「そっか。良かったね。」

「お前こそ、早く怪我治せよ。」

「うん。」

姫乃は、エージから聞いていた狼がそんなに恐ろしくないんだという事にとても喜びました。

むしろ、心配までしてくれる優しい狼もいるんだと、エージに教えてあげたい気持ちで一杯です。

冬悟はこんなに誰かと会話をするのが久しぶりで、食欲よりも違う何かが満たされた気持ちになっていました。






羊の群れの近くまで、冬悟は姫乃を送りました。

姫乃は何度も冬悟に頭を下げて群れの中へ駆け込み、冬悟はそれを少し離れた所から見送りました。

沢山の羊の群れは、冬悟には美味しそうな餌の集まりにしか見えないのですが、その中であの鈴の音だけとても澄んだ音に聞こえるのです。

あの子は食べちゃ駄目だよと、言っている様に。

姫乃は群れに帰った後、エージにこっぴどく怒られました。

他の羊達からも、二度と一匹で出歩かない様にと念を押されましたが、姫乃は曖昧に答えるだけでした。

姫乃は今日出合った優しい狼の事も、誰にも言いませんでした。

冬悟も群れに戻った後、誰にも会わない様にこっそりと自分の巣穴に戻りました。

冬悟が怪我をしているのを目ざとく見つけ、からかってくる狼もいましたが、冬悟はそれを無視しました。

普段なら喧嘩をするところですが、冬悟は何も言わず、ただ睨みつけるだけでした。

どうしてかと言うと、二匹は怪我が治った頃に、また会う約束をしていたからです。

会う場所は、出会ったこの森で、合図は姫乃が鈴を三回鳴らし、冬悟が三回吠える事。

白い狼と幼い羊は、友達になろうと約束しました。

だからこの事は誰にも知られる訳にはいかないのです。

姫乃は怪我をした前足を、冬悟は後ろ足を夜毎見つめ、早く治りますようにと空に祈りました。


あとがき
何というか…本当に書いてしまいました。
日記に書いた内容とは違って某映画とは全く違う話になっています。
雰囲気のみお楽しみ頂ければ…。余談ですが、狼冬悟は冬悟に尻尾と耳つけて頂いて、羊ひめのんは何だかむくむくの可愛いコスプレみたいなのを想像して頂ければ(殴)
続きそうな気配がありますが、生暖かい目で見ていただければと思います。
2007.08.26

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