WIDE SHOW

何も無い休日。

昼食を食べ終え、明神と姫乃の二人はソファーに座り、並んでテレビを見ていた。

けれど、別に真剣に見ている訳ではなくて、何となくついていたのでそのままにしているというのが正しい。

お昼のトーク番組を眺めて、クイズのコーナーやトークに頷いたり笑ったりしている。

そのうち、昼のトーク番組が終わって、メロドラマが始まった。

二人はありえない展開にポカンと開いた口が塞がらない。

「何でここでそんな事言うんだろうね…。」

「オレならこうはしないなあ。さっきのアイツ。あっちに言うね、オレなら。」

すると数分後、微妙なラブシーンが始まってしまった。

『…。』

わざとらしくチャンネルを変えることも席を外す事も何かを意識している様で、二人とも動くに動けない。

つつつ、と姫乃が目線を画面から外したので、それに合わせて明神も下を向く。

テレビから流れる音と、俯く二人。

拷問の様な数分間が過ぎた。

エンディングの曲が流れる頃には、すっかり精神を疲弊させた二人がぎこちない空気の中に残された。

「えーっと、ちょっとお菓子取って来るね。」

立ち上がる姫乃。

「ああ、ハイ。」

まったりとした午後を過ごそうと思っていたのに、思わぬ伏兵に襲われた。

乾いた喉を潤す為、水分を求めて明神も立ち上がる。

部屋を移動すると、お菓子を置いた棚に手とつま先を伸ばす姫乃が居た。

プルプル震える姫乃の頭の上から手を回し、菓子袋をつまんでやると、姫乃が「あ」と言って笑った。

取り上げた菓子袋を姫乃に手渡し、明神は二人分の飲み物を用意する。

ソファーに戻ると、昼のワイドショーが始まっていた。

コップに注がれた冷たいお茶の半分を一気に飲み、用意され、きちんと皿に盛られた煎餅に手を伸ばす。

ボリボリと煎餅を噛み砕く音と、テレビから流れるコメンテーターの声だけがリビングに響いた。

殺人事件や事故のニュースで姫乃は眉をひそめる。

明神は場所が近いと手帳にその住所を書き出した。

「何してるの?」

「ん?一応、後で見回り行っとこうかな、と。」

不幸な事故や事件に巻き込まれた死者は、成仏出来ていない可能性がある。

せめて、正しい場所へと送ってやりたいと明神は思った。

「まあでも、現場付近に怪しい男がいるって通報される事も良くあるけどね。」

アッハッハと笑う明神に、笑い事じゃないだろうと姫乃は無言で突っ込んだ。

『では、次のコーナーです。』

ニュースが終わり、次に始まる視聴者参加型コーナーが始まった。

重い気持ちが少しほっとする。

『今日の相談者は、24歳の女性の方です。今電話で繋がっています。もしもし…。』

明神は手帳をしまい、もう一度煎餅に手を伸ばす。

つられて、姫乃も煎餅を一枚。

また、ボリボリと気持ち良い音がリビングに響く。

『…それで、その彼氏が問題なんだ。』

『はい…。結婚前提に付き合ってる彼なんですけど…最近、毎日毎日、深夜出歩いて、帰ってくるのは朝方なんです。』

「…。」

「…。」

ボリボリと、煎餅を噛み砕く音が響く。

『彼氏には何してるかきいたの?』

『何してるのかわからないんです。聞いても曖昧に答えられて…もしかしたら他の女性と会ってるかも知れないと思ったんですけど。それに帰って来たら昼間まで、酷い時は夕方までだらだら寝っぱなしで。』

『仕事は?』

『してないです。結婚するなら働いてって言うんですけど、色々言って誤魔化されてしまって。』

「…。」

「…。」

ボリボリと、煎餅を噛み砕く音が響く。

『それで、本当に結婚する気はあるの?その彼氏には。』

『結婚したら働くっからって言うんですけど…どうなるか解らなくて。』

『そうかあ〜。』

長い長い沈黙が二人を襲った。

そして何とも気まずい空気に包まれた。

二人が同時に煎餅に手を伸ばした時、それが最後の一枚である事に気が付いた。

二人が同時に手を引っ込め、更に気まずい空気が流れる。

テレビの中で、相談相手の女性は彼がいかに自堕落で怠け者であるかを語った。

一緒に住んでいるけれど洗濯物は溜め込むし、同じ服ばかり着ているし、ふらふら出て行っては遊んで帰ってくるしと。

ついでにイビキは五月蝿いし、洗い物はしないし好き嫌いが激しいし…と。

…喉まで出ている言葉がある。

けれど、それを口にするのはちょっと頂けない。

言うなれば、「空気を読んでいない」発言になってしまう。

ここで何か気の利いた話題をふる事が出来ればいいのだけれど、静まり返ったこのリビングには一枚の煎餅と飲みかけのお茶しかなく、話題作りのネタとしては役不足だった。

耐え切れずに、ぼそりと明神が言った。

「…オレ、夜出るの遊びに、じゃないし、ひめのんが出したもんは全部食うよ…。」

その言葉に、ハッと明神の方を向く姫乃。

どこかどんよりとした空気が漂う明神に、慌ててフォローを入れようとする。

「えっと…お皿の洗い物もしてくれるよね!」

その姫乃の切り返しに、やっぱり似てると思ってたんだと少しショックを受ける明神。

『それで、貴女はどうしたいの?やっぱりその人が好き?』

『………はい。出来れば結婚もしたいと思うんですが…。』

「…あの、明神さんの方が、いい男だよ。」

「当たり前です。ってかひめのん似てると思っただろ。」

じとりと睨むと、ブルブル首を振る姫乃。

「や、ちょ、そんな事ないよ!」

「嘘吐け!」

「みょ、明神さんだって、ちょっと似てるな〜って思ったんでしょ?」

「…オレ一応働いてるもん。」

「うん。そうだね。偉いよ。」

「…オレ、洗い物もするし、洗濯物も…貯めるけど洗ってくれたらちゃんと畳むし。」

「うん。助かってる。」

「甲斐性は無いけど、これでも色々頑張ってるし。」

「こないだアイス買ってくれた!あ、このお煎餅も取ってくれたし!」

言ってる内に、段々寂しい気持ちになってきた。

明神は最後の一枚になった煎餅を手に取り、それを姫乃に手渡した。

「ありがとう!!」

今はこの姫乃のまぶしい笑顔すら空しい。

頑張って、アイス、煎餅。

「えと…オレちょっと寝て…じゃなくて。調べ物してくる…。」

「あ、うん!行ってらっしゃい!」

ゆらゆらと明神は管理人室へと戻る。

姫乃はテレビの電源を消した。

二人は別々の場所で同じ事を考える。

お菓子を取りに行った時に。

飲み物を取りに行った時に。

あのテレビをもっと早く消せば良かった。

『はあー。』

長いため息。

ソファに座り、足を抱える姫乃。

「文句言ったって好きなんじゃない……きっと、あの彼氏も案内屋さんなんだよ。結婚しちゃえばいいよ…。」

桶川姫乃16歳の本音が漏れた。

畳んだ布団の上に胡坐をかく明神。

「甲斐性って何だ……明日から、日雇いのバイトでもすっかな…。」

明神冬悟24歳の本音が漏れた。

まったりとした何もない筈の休日は、一台のテレビによって打ち砕かれた。


あとがき
テレビに翻弄される24歳と16歳です。
そろそろカッコいい明神さんを…かきたいです。
2007.05.28

Back