わずかな眩暈
「ヒメノいるか〜?」
明神は仕事中。
ガクとツキタケは夜の散歩中。
アズミはおネムで暇になってしまったエージが姫乃の部屋に頭を突っ込んだのが夜の10時過ぎで。
「あ、ドアから入ってっていつも言ってるのに〜!!」
丁度風呂上りの姫乃がそこにいた。
髪が邪魔にならない様に結い上げ、パジャマのズボンに上はタンクトップ。
バスタオルを引きずって「暑い暑い」と言っている。
「…オマエ、なんつーか乙女の恥じらいとかねーのかよ。」
一瞬、普段は全く見えない首筋とか、肩のラインが「色っぽい」と感じてしまった己を悔いる。
アレはヒメノだぞ。
「予告なく入ってきといて良く言うよ!」
ぶう、と口を尖らせると机に置かれた冷たい水に手を伸ばす。
それを一口飲んで、ふはー、とため息。
…ため息つきてぇのはこっちだっての。
一応、まだガキとはいえ自分だって男で。
死んで成長が止まったとはいえ年だってそんなに変わらない。
澪の様に食い入る様に見たいと思うボディラインでもないのに目のやり場に何故か困る。
普段なら別に気にもせずいられるのに目線の置き場に悩むのは。
相手がヒメノだから?
この結論が出ると急に腹が立ってくる。
「…やっぱオマエ、ペッタンコだな。」
「なっ!!」
姫乃はコップをタン!と机に置くとエージに食いかかる。
「そんな事言いに来たの!?マセガキ!エロガキ!澪さんに言いつけちゃうからね!」
「ガキはお互いさまだろ〜。そんなカッコで部屋ウロウロしやがって。」
「いいじゃん。今私とエージ君しかいないし!寒くなったら上着ますよ〜だ。」
べえ、と舌を出す姫乃。
「ああそうかい!ヒメノのバーカ、バーカ、バーカ!!」
「バカって言った方がバカなんだよ!!」
「バカって言った方がバカって言った方がバカなんだ!」
「何よー!…っは、ぷしゅ!!」
体が少し冷えてきて、くしゃみを一つ。
エージが冷たい視線を送る。
「…だから、言わんこっちゃねぇ。風邪ひくぞ。」
「…うるさいなあ。」
そこへ、コンコン、と部屋をノックする音。
「ひめのんただいま〜。開けていいかあ?」
明神の声。
姫乃は慌ててパジャマの上着を引っ掴む。
「お、おかえり!!ちょっと待って。どうかしたの?」
「今日十味のじーさんが差し入れっつってシュークリームくれたから、いかがですか?」
「わあ!食べる食べる!!」
いそいそとボタンを留めると結い上げていた髪をほどく。
首を二、三回振って広がった髪を撫でて整える。
オレには見られても平気で、明神には見られると恥ずかしい訳か。
解かっていた事だけれど。
自分だけの特権と喜ぶべきか。
それとも嘆くべきか。
前者はポジティブシンキング過ぎる。
こっちを選べる奴がいれば唯のアホだろうとエージは思う。
姫乃はドアを開けお疲れ様、と笑顔で明神を招き入れる。
明神はそれを見るとほっとした顔をして、お土産の入った紙の箱を誇らしげに渡す。
ぐらりと、わずかな眩暈。
本当に、この気持ちは何て言ったらいいのかわからない。
今日は二度も、姫乃を綺麗だと思ってしまった。
病気だ…。
だから、アレはヒメノだぞ。
「じゃあオレ寝るぞ〜。」
二人に背中を向けると壁へと向かう。
「ああ!結局何しに来たの!」
「…暇だったから、からかいに。」
「っバカー!!」
顔を赤くして怒る姫乃。
うん。
ガキだガキ。
オレもだけど。
下の階へもどるとアズミが壁に半分食い込んで眠っている。
「ああ、ほら。壁抜けの途中で寝るなっての!」
アズミを壁から引っ張り出すとちゃんと床に寝かせてやる。
そのアズミの隣にごろんと寝転がると目に焼きついてしまった姫乃の顔を忘れようとギュウとできるだけ固く目を閉じた。
あとがき
エジ姫第二段です。
幸せな話もかいてあげたいと思いながらも、やはり明神が…。
意識するかしないかぎりぎりのラインが自分の中でのエジ姫のツボな様です。
2007.01.21