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「あ!!!」

私がそれに気が付いたのは、お風呂から上がって体を拭き、服を着ようとしたその時だった。

二階の自分の部屋(家とも言う)から持って降りたはずのパジャマと下着がない。

忘れて来たのかどこかに置いて来たのか。

どちらにしろ今解かっているのは「全てが手遅れ」という事だった。

「ええっと、確か今日のパジャマを持って、下着は洗濯して畳んでおいたものから取って…。」

記憶を一から辿ってみる。

間違いなく私はパジャマと下着を手にした。

それを持って階段を下りた。

「…あ。」

思い出した。

今日洗濯物の中に明神さんのシャツが混ざっていたから、下に降りるついでに渡そうと思って…。





「入りますよ〜。」

「んあ、どうかした?ひめのん。」

ドアを開けると明神が敷きっぱなしの布団の上でゴロゴロしていた。

仕事が朝方までかかって疲れているのは姫乃も知っていたけれど、もうすっかり夜。

そろそろちゃんとしないと昼夜逆転してしまう。

「万年床にしてると、明神さんにもカビ生えちゃうよ!明日はちゃんとお布団干してね!」

そう言って姫乃は一旦手に持っていたパジャマ一式を足元に置くとだらしなく転がっている明神を急かして起こす。

「はいこれ。私の洗濯物に間違って混ざってたから。」

「あ、ないと思ってたんだよ。ひめのんが持ってたのか。」

まだ眠たいのか明神の目はやや虚ろだ。

「って言うか、今朝洗濯カゴの奥から発掘したの!何日前のか知らないけど溜め込んでもいいからちゃんと出して!一緒に洗っちゃうから。」

「は〜い。」

親に叱られて拗ねる子供みたいな口調で明神が答えた。

思わずため息をつく姫乃。

これじゃあどっちが年上かわからない。

「じゃあ、お風呂先入るからね。」

そして姫乃は立ち上がると何も持たずに部屋をでた…。






「管理人室だ…。」

しゃがみ込んで頭を抱える。

どうしよう、どうしよう。

パッと洗濯カゴを覗きこむけれど、一度カゴに入れてしまった服を着るのも気が引ける。

下着や靴下も一緒に入っているカゴだし、それを引っ張り出して…はどうも。

かと言って何も着ないでうたかた荘をウロウロなんて絶対に出来ないし。

大声で明神さんを呼んでパジャマを…駄目だパジャマの上に下着を乗せてる絶対に駄目!

何も言ってこないとこみると、きっとまだあのパジャマの存在に気が付いてない筈。

部屋を出る時に眠そうに欠伸をしていたからまた寝てしまったんだろうと思う。

…。

二階までの距離は、さほどない。

私はバスタオルをそんなに大っきくない胸の位置で(澪さんに比べたらね!)ギュッとまいて、廊下へと続くドアにぺたりと張り付く。

外の気配を確かめてみるけれど、話し声も足音もない。

行くなら、今しかない気がした。

ふー、と息を吐いて自分を落ち着かせる。

私は、音を立てない様にお風呂場のドアを少しづつ開ける。

隙間から頭だけを出して、左右を確認。

よし!

低い姿勢から(よーい、どん)の合図で私は飛び出した。





ハッと目を覚ますとまた布団の上。

目を擦って辺りを見回す。

そういえばさっきひめのんが居た様な…。

まだ眠い。

今日の仕事は朝方までかかったので体もだるい。

仕事…そういや今日十味のじーさんが報酬代わりっつって果物のカンズメをくれた気がする。

寝ぼけた頭で冷蔵庫に突っ込んで、そのままにしていた。

「…ひめのん、風呂だっけ?」

頭を掻いてもう一度欠伸をする。

やっと意識がはっきりしてきた。

そうだそうだ。

桃と蜜柑のカンズメ。

ひめのんに食わしてやろうと思って冷やしてた。

風呂上りになら丁度いいや。

オレはよろよろと立ち上がるとおぼつかない足取りでドアへ向かう。

小さなガラスの器があったはず。

アレに入れて準備しとこう。

洗い物してもらった御礼と、さっき寝ぼけてまともに話しができなかったお詫び。

鼻歌まじりにドアノブを握って、オレはピタリと立ち止まる。

…誰かが丁度風呂から出た気配がある。

うたかた荘で風呂に入るのは自分か姫乃だから、十中八九姫乃だろう。

トトト、と小さな足音が聞こえた。

急いでいるのか階段まで走って行くつもりらしい。

その小さな足音を聞いていると急に、こう、子供じみた悪戯心がムクムクと沸いて来て、俺はドアに耳をくっつけてタイミングを計る。

びっくりしたひめのんの顔を頭に思い浮かべて、オレは声を殺して笑った。

ひめのんが丁度管理人室の手前まで来た時、オレは勢い良くドアを開けた。





「わっ!!」

「きゃっ!?」

かっちりと、二人の視線がぶつかった。

そして三秒間の沈黙。

…。

…。

…。

「あお?えうあああ!?」

「やっ、わ!あ!」

お互いに意味不明の単語を発する。

そしてもう一度沈黙。

…。

筒状のバスタオルから、細い手足が生えている。

そして、そのバスタオルには姫乃の首がちょこんとのっかっている。

(あー、ひめのん細っせー。人にはちゃんと飯食え飯食え言うけどひめのんこそ食ってんのかよってか、色、白っ。ああでも腿の辺りとかしっかり女の子って感じだな、うん。体は一回り小さいけど幼児体型って訳でもないんだなあ。意外な発見。でも何でバスタオル?)

「い、いつまで見て…。」

遠い世界に旅立っていた明神がハッと我に返る。

一歩足を下げ、明神が管理人室に引っ込んだ。

パタン。

同時に扉が閉まる。

姫乃は足のつま先から少しづつ、体温が上がっていくのを感じる。

(み、見られた。見られた。見られた。)

別に裸を見られた訳ではないけれど。

いや、だけれどもよりにもよってこんな恥ずかしい格好を!!

わー!!!!!

姫乃は心の中で叫ぶと階段を一気に駆け上がる。

「あ、ヒメノ風呂長かったな…って!!」

エージが壁から顔を出し、驚きで目を丸くする。

「あ゛ー!!!!」

姫乃が叫び、エージも慌てて壁へ引っ込む。

「ひめのん!どうした!!」

叫び声を聞きつけてガクが壁から顔を出す。

「イヤアアアア!!!!」

「ええ!?」

慌てて、ガクも壁に戻る。

バン!!

転がる様に三号室に駆け込むと、取り合えず床に頭を擦り付けて叫び、その後ゴロゴロと床を転がる。

「ああああああ!!!!最低!!最低!!」

足をバタバタと動かし、情けなさと恥ずかしさから涙が出る。

「私の馬鹿!私の馬鹿!!」

わあわあ言っていると壁からニョコリとアズミが顔を出す。

「ヒメノ!どうしたの??」

「アズミちゃん〜!!!」

抱きしめようとしてもすり抜けてしまうけれど、姫乃はアズミに泣き付いた。

一方、部屋へ逃げ込んだ明神。

「な、な、何がどうしてあんな…。」

思わずまじまじと観察してしまった己が憎い。

「き、嫌われたらどうしよう…。って言うか、あんな格好で目の前出てきたら見ちまうだろうが!!どういう罠だよ!!」

ひいい、と呻きながら頭を抱え壁に背をもたれ掛けズルズルと座り込む。

そのままゴロリと転がると、視線の先に見慣れない物が映った。

…?

手を伸ばして引き寄せ、べろりと広げてみる。

広げて解かったそれはピンク色のパジャマと、白い女物の下着。

「うえああああああ!!!!!」

掴んでしまった。

思いっきり握った。

放り出したそれをもう一度畳む…事は出来ない。

視界に入れる事も出来ない。

けれどいつかはコレを姫乃が取りに来る訳で、その時散乱したこのパジャマと下着を見たら姫乃は何と思う事か。

いっそ開き直るか。

パンツ位何だ。

ちょっと白くて逆三角でレースとリボンが付いてる唯の布じゃないか。

…いけねぇ目に焼きついた離れねぇ。

姫乃のパジャマと下着に占拠されてしまったこの部屋は最早地雷が埋まった戦場に等しい。

身動きが取れない。

姫乃は姫乃で急いで代えの下着とパジャマを身に着けたものの管理人室に残した物を取りに行くのが恥ずかしい。

というか、エージやガクにも何と言ったらいいのか。

ガクはショックでぼんやりと空を見つめ、ツキタケがそれを不思議そうな目で見る。

エージは一人「ぺったんこ、ぺったんこ」と呪文の様に繰り返し己に言い聞かす。

二階と一階。

そして屋根の上と屋根裏で。

四人の住人が途方に暮れた。


あとがき
セクハラ的小説…(汗)
明神が変態に。エージもやや変態に(笑)
自分も良くやるので(やるなよ)うたかた荘はあの家丸々が家な感じがしますが実は部屋ごとが家…。
何か不思議な感じです。あのアパート丸々明神達の家みたいなイメージがあるので。
2007.01.26

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