[強くなれた日]


***


今でもよく覚えている

それは良く晴れた日で

雲一つ無い空に夕焼けがとても綺麗だった

悲しい程に。



***



「…え?」

雨宮ちゃんの笑顔が曇る。

「私、聞いてないよ…」



下校時間
グラウンドで誰かが鬼ごっこをして遊ぶ声が聞こえる。

今、教室には僕と雨宮ちゃんの二人きりだった。



「急に決まったことだから、まだ先生以外のだれにも言ってないんだよ。」

「そんな…」


お父さんの仕事の関係で
急に僕は引っ越す事になった


この町を出るのは
今日の夜。


言おうか言わないか
ものすごく悩んだけれど…



「雨宮ちゃんにはいつも助けられてばかりで…いつもちゃんとお礼も言えなくて」


だから 最後に


「今日はちゃんとお礼を言ってからお別れしようと思ったんだ。」


昨日、引っ越しの事を聞かされてから
何度も何度も練習した。

いつもみたいにモジモジしないように
まっすぐ目を見て話せるように

伝えたい言葉を

一言も漏らさないように。


さあ…勇気を出して…!!



「今まで本当にありがとう!僕、あま…」


「まだ今日はいっしょにいられるんだよね?」

「あ…う、うん」

言葉を遮られて 一瞬戸惑う。


「じゃあ、いっしょに帰ろう!…本当はダメだけど、よりみちもしよう!公園でお話したいな。」

「い、いいよ!も…もちろん!」


勢いをつけて話し切って
そして振り返らずに走って帰る。

そのつもりだったけれど…
まさか、一緒に帰れるなんて

思ってもいなかったからビックリした。

そして とても嬉しかった。


「じゃあイジメっ子のヨシナに見つかる前にいきましょ、朝河君。」


今日で見納めとなる教室の窓
空はまだ早い夕方


少しづつ赤みを帯び始めた西日に
雨宮ちゃんの背負った赤いランドセルが
綺麗に映えていた。


女の子とこんなにいっぱい話したのは
今日が初めてだ
しかも好きな女の子と。


でも、今日が 最後


雨宮ちゃんはいつもどおりの可愛い笑顔で。

今までの思い出や、これから行く新しい町がどんな物か想像を巡らせて言葉を交わした

しばらく通学路を進み
誰も見ていない事を確認してから脇道にそれる
公園はすぐそこにあった。

普通の公園と少し違い
子供用の遊具は無く
どちらかといえば庭園に近い。

だから、僕たちの他に子供はいなかった。

草木に囲まれた青いベンチに
ランドセルを下ろして並んで座る


まるで[デート]みたいだ…


そう思うと、ドキドキして

そしてよりいっそう悲しかった。


[ダメだダメだ…!今日は絶対泣かないって決めたんだ…!!]

ぎゅ…っと目を瞑ってこらえる。



「?朝河君、大丈夫??」

「う、うん。」

「それからね…」




日が暮れるまで話した。



雨宮ちゃんの後ろに見える空が真っ赤になり
辺りも暗くなってきた。


できる限り彼女と長く話していられるように
僕はソレを気にしないようにしていたが…


「…もう、時間だね。」


と、雨宮ちゃんはうつむいて言った。


来た道を戻って公園を出る


「せっかくだし、お家までいっしょに行くよ」

「え?いいよ、雨宮ちゃんの家はここから逆だよ…?」

「いいの。だってもう明日の朝には朝河君は…」


居ないんでしょ?
もう、会えないんでしょ?

そんな言葉を、彼女は飲み込んでいた。

もっと話したかった

もっと一緒に居たかった

もっと 伝えたい事があった


でも


「…雨宮ちゃん!きっとまた会えるよ!お父さん転勤多いから…どうせまた戻って来るよ。」

「…でも…」


頑張るんだ 僕。


「ホラ!雨宮ちゃんも笑ってよ。さみしくなっちゃうからさ。」

「朝河君…」


本当は泣きたかった。
一生懸命涙をこらえても
少し滲んでくる

辺りが薄暗いのが救いだった。


「うん…きっとまた会えるよね。」


ふふふ…と、彼女は笑った


「私の負けだね!朝河君は泣かなかったのに…う…うう…ヒック…」

「雨宮ちゃん…」



泣かないで。
本当は僕だって泣きたいんだ

さみしいって思ってくれるのは嬉しいけれど
君が悲しむのは見たくないんだよ…



「握手、してくれる?」


涙と言葉を飲み込んでただ黙っているだけの僕に
彼女は小さな手を差し伸べた。

「うん。」


きゅ…っと両手で握り返す。

僕の手も小さいけれど 雨宮ちゃんの手はもっと小さくて
少しだけ冷たかった。



「…約束するよ。僕、強くなって戻って来る。特にアイツ!ヨシナに負けないくらいに強くなるよ。」


不意に出た言葉だったけど
不思議と本当にそうなるような気が一瞬だけした。


「うん…うん…待ってるね。手紙とかもちょうだいね…?」

「うん。新しい学校に慣れたら送るね。」



パッっと街灯が点いた


「うわ…もう暗いよ。僕は一人で大丈夫だけど、雨宮ちゃんは大丈夫?」


僕が家まで送ろうかと提案したけれど
首を横に振られた。

「私の家は近いから…大丈夫。じゃあ、ここでお別れだね。」

雨宮ちゃんが涙を拭って僕を見つめた。


「うん。でもサヨナラは言わないよ!…約束だから。」


きっと 戻って来る
また会える

その時は強くなっていよう
絶対に。


「じゃあ…またね!朝河君。」

「またね…雨宮ちゃん。」


くるりと踵を返して
彼女は夕闇に紛れて行った。



僕も 家を目指す。

目が熱くなってきた


暗いなぁ…さみしいな


気づいたら全力で走り出していた。






「あら、お帰り。遅かったわね?学校、大丈夫だった?」

玄関をくぐると母親が荷物をまとめていた


「…お母さん、僕すごいんだ!今日は…今日は…」


泣かなかったんだよ

好きな子に ちゃんとお別れを言えたんだよ


そう言いたかったのに…


今の今まで我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出した。


「うわあああああああああ…ん!!」


「あらあら。本当に飛龍は泣き虫ねぇ。男の子はもっと強くならなきゃダメよ?」

お母さんは優しく僕の頭を撫でてくれた。



あのね、実は今日少しだけ強くなったんだよ…?

もっと強くなるって 決めたんだよ?


僕の喉から出てくるのは嗚咽ばかりで

結局言えなかったけれど





僕だけが知っている


はじめて 強くなれた日。


サイレンナイトの如月さんから頂いた小説です!
リクエスト募集されていた時図々しくも子供時代のヒリューと桜子さんをお願いししたところ、ちょっと切なくて可愛い小説を書いて下さいました^^
小学五年生時代のあの三人のやり取りがもっと見たいです。
夜桜にするか悩んだのですが…お願いして書いて貰うのならばこちらだろうと!!
わがまま聞いて下さってありがとうございました!! 幸せです^^

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