風見時計の綾瀬 爻様からの頂き小説です!!

いまは、まだ


「初詣、行こう!」
冬悟くーん、と扉越しに聞こえる姫乃の声に顔をしかめて、ごそごそとまた布団にもぐりこんだ。
返事をしなければそのうちあきらめてくれるだろうと思ったのだが、今日の姫乃は意外としぶとい。
ねぇ冬悟くん、起きてるでしょ?もう、元旦ぐらいきてくれてもいいじゃない。
愚痴に変わり始めた姫乃に、元旦だからもっと寝ていたいんだと言い返したくなったが、ここで下手に会話を始めるとあっちの思うままになりそうな気がしてやめた。我慢比べだ。一切答えてやるもんかと頭まですっぽり布団で覆いこむ。それから2、3分。いい加減焦れてきたところでやっと下に降りていく足音が聞こえた。
やっと行ったか。それにしてもあいつ今日はかなり粘ったなと大きく息を吐き出した。さてもう一眠りしよう、そう安心したのも束の間。
ドドドドド、と階段が抜けそうな勢いで駆け上がってきた人物が一人。
嫌な確信が全身を支配し、それと同時に扉が遠慮なくバーンと開いた。
「とーごくーん、朝ですよー」
五月蝿いほどの大声とともに掛け布団の上にのしかかる。
「お、重い!!どけよオッサン!つーかなんでお前が起こしにきてんだよ!!」
「もう、冬悟くんは新年からつれないな〜。せっかく父ちゃんが来てくれたのに冷たいんだから」
「どーでもいいし!!つかどけ!俺を殺す気かぁ!!!」
「やだ。起きてくれるまでどかない」
「わぁった。起きる、起きるからどけ!!」
なんとかかんとか布団から這い出して人心地がつく。冗談じゃなく息が詰まった。新年早々、三途の川を見るなんて縁起悪いのにもいいところだ。
「さーて、冬悟も起きたし、行くかぁ!」
「どこにだよ」
「どこってお前、新年に行こうって言ったら初詣に決まってんだろ」
「…姫乃に頼まれたのか?」
「当ったりー!!」
みんなで初詣行きたいんだけど冬悟くんどうしても起きてくれないの、どうしよう明神さん、とか可愛い女の子に言われちゃったら父ちゃん頑張るしかないだろ!と続けた明神を見て、姫乃のほうが自分よりも一枚上手だったと思い知らされた冬悟だった。







歩いて5分とかからない、近所の小さな神社に向かう。
いつもは閑散としている境内も、今日ばかりは人であふれている。
人並みはあっちへこっちへと不規則に動き、はぐれないでいるだけでもなかなか大変だ。
人ごみをかきわけ、わずかばかりのお賽銭を入れてかしわ手を打つと、やっぱり正月気分になる。
3マ人揃って初詣を終え、ひときわ強く吹き始めた北風に冷え切った両手をポケットにつっこんだ。隣を見ると、姫乃も寒そうに首を縮こませ、巻いているフラーを口元まで上げている。1人元気なオッサンは、ブラブラを周りを散策し始め、何を見つけたのかこちらを手招きで呼んでいる。あのオッサン、子供みてぇ。
「なんだよ」
「おー2人とも来たか。あれやろうぜあれ!」
指差すほうを見ると、『おみくじ』の4文字。
「あ、いいですね!やります!!」
「やだ」
「おー、姫乃ちゃん乗り気じゃん。おっし行こう!!」
「…俺の意見無視かよ」
「多数決。2対1で父ちゃん達の勝ち。てことで行くぞー!」
半ば無理やり連れてこられたそこは、ひときわ人ごみがすごい。新年早々、運試しとばかりに代わる代わる、くじを引いていく。
明神、姫乃、冬悟もそれぞれ違う列の最後尾に並んだ。
どの列も大差ない混み具合だったため、引いた順番はほとんど同じ。
結果。
冬悟、大吉。
明神、末吉。
「う゛わぁー、父ちゃん今年こそは大吉とれると思ったのに…」
「いちいちおみくじごときでうっせーな。いい年した大人が泣くな、うざったい」
「ちぇっ、1人だけいいのとりやがって、父ちゃんの今年の運きっと冬悟くんに吸い取られたんだー…」
「つーか俺、こーゆーのは結構運いいし。んで、お前はどうだったんだよ」
「そうだ、姫乃ちゃんは?」
「あ、あの…えーと…」
気乗りしない様子で差し出されたその紙を見て固まった男2人。
大凶。
「す…っげぇ、はじめて見た」
「ちょっと冬悟くん、人事だと思って無責任なこと言わないでよね」
「いやでもなぁ。大凶ってホントにあったんだなぁ」
身も蓋もない冬悟の言葉に、むぅと姫乃が頬を膨らませる。
「ま、まぁ。でも姫乃ちゃん、物事は前向きに考えるもんだよ。良かった良かった」
「?何で?」
「大凶ってことは一番悪い結果ってことだからさ、これから上がるしかないでしょ?今年はどんどん運河向いてくるぞー」
冬悟なんかこれから落ちてくだけだしな。そこはさすがに一段声を低めて言ってたけど、しっかり聞こえてるっつーの。
そだね、明神さんありがとう、そう言って笑った姫乃にじゃぁ木に結びにいこうか、と明神が返しているのも聞こえた。
「あれ、オッサンどこ行くのさ」
「いやー、だってさ、くやしいの父ちゃん。末吉とかすごいビミョーじゃん、ねぇ?見てろよ冬悟、絶対大吉とってきてやる」
ガキか、あほ。言うだけ言ってあっという間に人の中に消えていった明神に、冬悟の言葉が聞こえたかどうかは怪しいところだ。







当たり前といえば当たり前だが、結ぶ枝を探そうにも、どこもかしこもおみくじだらけで一苦労だ。ようやく見つけたそこは、少し高めの位置にあった。なんとか冬悟は結べたが、姫乃は微妙に届かず四苦八苦している。頭のてっぺんのぴょこんとはねたくせっ毛がゆらゆらと何度も揺れた後、とうとう冬悟は、ちょっと待ってろ、そう言ってその枝を引き寄せた。
「あれ?桶川さん?」
どこか聞き覚えのある声を聞いたのはそのときだ。
おみくじを結び終わった姫乃がくるりと振り向いた。
「あ、相川くん。初詣?」
「まぁねー。こっちは野郎ばっかだけど。おっどろいたなー、噂ってホントだったんだ」
ちくしょう、と思わず毒づいた。こんなとこで学校のやつに会うなんて予想外だ。しかも姫乃と一緒の時に。
「う、噂って…」
「桶川さんがつき合ってるって噂」
「ち、違うよ!別に冬悟くんとはそういうわけじゃなくて…」
「初詣まで一緒に来てるのに?」
「そ、それは」
「っまぁー安心して。ちゃんと新学期になったら桶川さんのこと好きなやつらに根回ししとくから。噂は本当だったから、手ぇ出したりしたら殺されるぞー、て。んじゃ、おっ邪魔しましたぁ」
あいつ、今度あったらぶっ殺してやる。
とんでもない勘違いの末に展開された耳をふさぎたくなるような会話に頭が痛くなりながらそう誓う冬悟。
隣の姫乃といえば、これ以上ないくらい真っ赤になってうつむいている。
「…えっと…ごめん、冬悟くん」
「…」
全くだ、と言いたいところだ。とりあえず、黙ってることにしたら、姫乃がぱっと顔を上げた。
「だ、だから、謝るから、喧嘩しようなんて思わないでね!」
「…は?」
「今度会ったらぶっ殺してやろうとか、思ってたでしょ?」
「…何で」
分かった?とまで続ける前に、姫乃はむぅと頬を膨らませてこちらを見る。さっきまでとはえらい違いだ。
「分かるに決まってるじゃない、今にも噛み付きそうな目で見てるんだもん」
「…あのなぁ、」
どうしてこうも自分の周りにはおかしな人間しかいないのだろうか。
「そんなことに気ぃつかってる暇あったらもうちっとマシな説明しろよ」
「だから…ごめんなさい」
しゅん、と頭をさげ、でも、とまたすぐに真っ直ぐ目を上げる。忙しいやつだ。
「けんか、しないでね」
「…」
「明神さんに言うよ?」
「…」
「いいの?」
「…あいつホントに言いふらすぞ」
「そ、それは別にいいの!」
言ってから、「あ」と姫乃が口を押さえた。そのまま、ちらりとこちらを見上げる顔は、明らかに『失言だった』と語っている。
「え、と…」
「明神来た」
「え?」
あそこ、と指差してやると、明神さーん、と手を大きくふって姫乃がかけて行った。
オッサンのしょげた顔、それから姫乃が一生懸命慰めているのを見ると、どうやら今度は凶を引いてきたらしい。
「オッサン、薮蛇じゃん」
「あぁぁー。冬悟くんってどうしてそうぐさっとくることを平気でいうかなぁ…父ちゃん泣いちゃう」
そうして姫乃に、よしよしと慰められている様は、なんとも滑稽だ。
ケラケラと笑いながら、さっきの姫乃の言葉は、今はまだ、深く考えないほうがいいと思った。

いまは、まだ。

それが『いつかは』の裏返しだと、まだ冬悟は知らない。



パラレル万歳です〜!お正月にフリーとなっていたので「下さい!!」と訴えた所、快諾して頂きました!へへへ…。
オッサン大好き!クラスメイトな冬姫がたまりません〜。ありがとうございました!!

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