月に歌う

あの日から、ハセの腹に取り込まれてから数年間を暗闇と混沌の中で過ごした。

他の霊達と溶け合う中で、己の意識を保つ事のみに集中して時を待った。

勝算が無い訳じゃない。

冬悟がそのうち上手くやるだろう。

何の心配もあるはずが無い。

「よう。オレ今日からの新入り。足臭ぇけどちょっとの間、宜しくな。すぐ出て行くしよ。」

強がりくらい、言える余裕はあった。

全く心配が無い訳ではないけれど、不安ではなかった。

いつか差し込む光を待つ。

そして、その時が来た。

冬悟がハセに一撃を食らわせ、勇一郎の魂も外に押し出される。

ほらな。

オレの読みどおり。

冬悟。

まあすっかり大きくなったもんだ。

あれからどんくらい経ったんだろうな。

「ありがとう、師匠。」

「お前、素直になったなあ。」

ほらな、オレの見込み通り。

光に消えるハセ。

オレも、そろそろだ。

風に飲み込まれ、宙へ浮く。

見下ろすと、黒髪の少女が祈っているのが見えた。

雪乃の面影がある。

「―姫乃ちゃんかあ。大きくなったなあ。」

姫乃が、光を見上げる。

月の明かりに照らされて、その表情がはっきりと見えた。

「綺麗になって。お母さんそっくりだ。」

ひひ、と笑う。

冬悟も、すみに置けない。

長く長く、ため息をつくと月を見上げる。

美しい、生涯最後の月。

「いい人生だった。悔いなんかありゃしねえ。」

もちろん、いい事ばかりではなかった。

異能の力。

煩わしく思った事もある。

己の限界。

剄の総量が元々は少ない勇一郎は、今に至るまで苦労もした。

「そんでも、最後は笑ってやったぞ。」

今、引き取るつもりだった姫乃がここにいる。

自分がいなくなった後も、着々と事は進んでいる。

全て思い描いた通り。

後は冬悟が何とかするだろう。

なあに、オレの弟子だ、心配はいらない。

澪にフォローも頼んである。

歯車の役目は十二分に果たした。

「上々の人生だ。」

悪い事より、楽しかった事の方が多く感じられる。

「老兵は去るのみってか?まだ老いちゃいないが、潮時だ。」

それにしても気分がいい。

思わず、鼻歌を歌う勇一郎。

「なんだっけ、この曲。」

昔聞いた、ジャズの曲。

英語の歌詞がわからなくてでも何となくメロディだけは覚えている。

ちょっと切ないメロディ。

「FLY ME TO THE MOONってか。私を月に連れてって。」

昇るには、何ておあつらえ向きな満月。

キラキラと輝いて、まるで迎えに来たみたいだ。

先に逝った奴等に、いい土産話ができた。

いや、会った途端ガミガミ言われるかもしれない。

「へっへ。」

もう一度、弟子を見下ろす。

背中をしゃんとして、立っている。

最期の言葉なんていらない。

いつかこっちに来たら色々グチってやろう。

それまでは。

「精一杯生きろや。」

月の光に溶けていく勇一郎の魂。

目を閉じ、全ての感覚を流されるままに任せる。

最期の最期、その一瞬まで、不敵な笑顔はそのままに。


あとがき
みえるひとを読み直して、どうしても書いてみたくなったあのシーンです。
イメージ壊れたわ!という方がいたらすみませ…。
ちなみにFLY ME TO THE MOONはどっちかというと恋の歌ですね〜。
2006.12.24

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