誕生日

「もしもし、ひめのん?」

『…びっくりしたあ。いきなりかけてくるんだもん。こっちからかけようと思ったのに。』

昼休み。

今オレは社会科準備室の中。

姫乃は多分、屋上か?

「寒くないか?今どこ?」

『屋上〜。でも大丈夫、マフラーつけてるから。』

やっぱり。

時々姫乃の声の向こう側に風の吹く音がノイズの様に混ざっている。

「風邪ひくなよ〜。他にいい場所なかったのか?校舎の中で。」

『ないよ〜。昼休みだもん。どこも人で一杯。逆に今は寒いから、屋上なんて人来ないし私としてはラッキーだけどね。』

だからそれで風邪ひいたらどうすんだ、と思うけど口にはしない。

オレの手にはまだ新しい携帯。

黒色のストラップには銀色の雪の結晶がぶら下っている。

これらの事は全て、数日前にさかのぼる。





数日前、1月15日。

この日は冬悟の誕生日で、うたかた荘では誕生日パーティーなるものがもようされた。

とは言っても、祝うのはいつもの二人、勇一郎と姫乃なのだけれど。

学校が終わると冬悟は姫乃の希望で姫乃を乗せていつもより少し遠いデパートまで自転車を走らせた。

デパートの地下一階で姫乃はカゴを掴むと、お財布を握り締めて夕方の人波の中へと飛び込む。

冬悟はそれを追いかける。

姫乃はまず野菜売り場へ向かい、あれやこれやと品定めしている。

価格を見ればいつものスーパーよりも何割かお高め。

「ひめのん、ご馳走作ってくれるのは嬉しいけど、無理すんなよ?」

尻込みする冬悟に姫乃は強気で返す。

「大丈夫!今日は勇一郎さんがスポンサーだから。」

言いながら歩き、ポタージュスープのカンズメ等をポイポイとカゴへ放り込む。

そのカゴを冬悟が持つのだが、今日の姫乃は容赦がない。

「これください。」

次の精肉コーナーで姫乃が指差すのは100グラム千円もする国産和牛。

それをぶつ切り二枚と薄切りを一枚。

高校生の買い物じゃあない。

荷物持ちで着いて来たけれど、いつもと違って心臓に悪い。

「…オッサン、ひめのんに幾ら渡したんだ?」

つぶやく冬悟をよそに、姫乃は笑顔でカゴにお肉を入れた。

パンパンに膨れたスーパーの袋を自転車のカゴに積み、うたかた荘へと帰りだす。

一体どんな料理が食べられるのか楽しみな反面、これ全部で一体幾らなんだと心配になる。

後ろで冬悟にしがみつく姫乃は上機嫌。

しきりに「凄いの作るね」と言っている。

次第に冬悟も「誕生日パーティ」というものを実感してきて、こそばゆい、くすぐったい様な気持ちになってきた。

「お肉、お肉♪誕生日だから〜♪」

「ステーキ、ステーキ、国産黒毛わぎゅー♪」

「「百グラム、1000円〜♪」」

二人で校歌を替え歌して唄ってみた。

同時に吹き出して自転車がグラグラと揺れる。

そんなまったりとした幸せもつかの間、うたかた荘に着くと冬悟は目を点にして、口をパカリと広げた。

いつもうたかた荘の看板がある場所に、「冬悟君誕生日おめでとう」という幕が張られている。

さっきまでのくすぐったい気持ちが全て吹き飛び、恥ずかしさと怒りで頭が一杯になった。

こんな事を仕出かすのは世界の中でもたった一人。

冬悟は乱暴に玄関の扉を開け中に入るとイソイソと部屋を飾りつける真っ最中の勇一郎を蹴りつけた。

天井にリボンを括り付けていた勇一郎は、蹴られてバランスを崩し床に転がる。

「この馬鹿親父…全部外せ。今直ぐ。」

拳を握って凄む冬悟。

「せっかく頑張って昨日の晩から準備したのに…。」

口を尖らせて拗ねる勇一郎。

拗ねてみせても可愛くない!!

「お前は幾つだ!!そんでオレを幾つだと思ってやがる!!」

とりあえず引っぺがして来たおもての幕を勇一郎に投げつける。

「あーあ、大きくなった息子は可愛くねえなあ。早く孫の顔が見たいわ。」

唐突な言葉に動揺する冬悟。

「なっ!」

「勇一郎さん、気が早いですよ〜。冬悟さん教員免許剥奪されちゃいますよ?」

意外とそれを軽く受け止めるのは姫乃。

今日のお釣りを勇一郎に手渡す。

「がっ!?」

「そうだよなあ。後二年の我慢かあ。オレも長生きしなきゃならねえなあ。」

「お願いしますよ〜。」

最近、何だか疎外感を感じる冬悟だった。

「お前ら、オレの知らない所で何話してるんだ?」





並べられた食事は姫乃がこのうたかた荘に来てから最も豪華なものになった。

ゴツリとしたステーキが目の前に置かれる。

姫乃が次々と運んでくる料理を冬悟はありがたく平らげた。

御飯が終わると勇一郎と姫乃からプレゼントを順番に渡される。

一体、いつ準備していたのか冬悟は全く気が付かなかった。

勇一郎からはネクタイ。

割といい柄で、意外だと驚いていたら姫乃と一緒に選んだ様で納得しつつもいつの間に二人で買い物に行ったのか気になる冬悟。

それに気が付いたのか勇一郎。

「何だよ〜、オレにまでヤキモチ妬く事ねーだろ?心狭いなあ。」

図星なので何も言い返せない。

無言で姫乃に渡された包みを開けた。

出てきたのは携帯電話の箱。

「え。これひめのん。」

こっちは寧ろ意外で驚く冬悟。

「冬悟さん便利だよって言ってもなかなか持ってくれないから、買っちゃいました。」

買っちゃいましたって…。

「コレ、高いだろ?ってか月々どうすんの?」

一体どういうつもりなのか解からず「ありがとう」より先に質問攻めになってしまう。

「これ、プリペイド式だから大丈夫!月々じゃないから。この中にすでに幾らかお金が入ってて、その分だけ使える様になってるの。まあお試しと思って使ってみてね。」

にっこり笑う姫乃に、眉を顰める冬悟。

箱を開けてみると銀色のボディ。

説明書とにらめっこしながら電源を入れる。

電話帳を押してみると「うたかた荘」と「桶川姫乃」だけすでに登録されていた。

誕生日パーティの最後に大きなケーキが出てくると、姫乃がそれにロウソクを24本立てて部屋の電気を消した。

「…オイオイ、マジでやんの?」

呟く冬悟を無視して始まるハッピーバースデイの合唱。

姫乃はとにかく勇一郎はがなっている様な唄い方で耳が痛い。

見るとケーキには大きなチョコが。

それには「冬悟君お誕生日おめでとう」と書かれている。

肩の力がガクリと抜けた。

歌が終わると何かを期待する様な目で冬悟を見る二人。

どうやら、「ふー」を待ってるらしいのだが冬悟は恥ずかしくてそのまま沈黙してしまう。

時間が経つにつれ、ロウソクがポタポタとケーキに落ちそれが気になるのか姫乃がしきりに「あ!あ!」と叫ぶ。

仕方なく、冬悟はロウソクの炎を吹き消した。

部屋が真っ暗になり、拍手と歓声があがる。

…来年もやんのか?コレ。

片付けを全て終え、風呂に入って布団の上に転がると、冬悟は携帯と説明書を取り出してあれやこれやといじってみる。

元々面倒臭いのが嫌いで機械にも疎い為持つ事をずっと嫌がっていたのだけれど、貰ってしまったからには使わない訳にはいかない。

それに、「こんなものも使えないのか」と思われるのも嫌だった。

何となく電話帳を開け、桶川姫乃の文字を見ているとコンコン、と誰かが部屋をノックした。

カチャリとドアノブを回して顔を覗かせたのは姫乃。

「こんばんわ、お邪魔しますよ。」

そう言ってパジャマ姿で冬悟の隣に座る姫乃。

冬悟も慌てて体を起こす。

「どうかした?」

「いえ、あのそれ、嫌だったかな〜、と思って。」

冬悟の携帯電話を指差す姫乃。

そういえば、まだありがとうをちゃんと言ってなかった気がする。

「や、そんな事ないよ。ありがとう。ただあんまり急っていうか、びっくりして。」

突然、姫乃が学校でする「サイン」で会話を始める。

このサインも初めは幾つかの単語だけで組み合わせていたけれど、複雑、多様化して今では手話のごとく会話ができる。

(このサイン、最近クラスの男子に何なんだって聞かれちゃって。)

それに冬悟もサインで返す。

(そうなんだ。それで携帯を?)

(その方がいいかなって。)

そこで姫乃はため息を一つ。

今までこのサインでのやりとりを誰かに何も言われなかった方が不思議なくらいだ。

教師と生徒。

しかも担任とあっては目立つことこの上ない。

付き合っている事をあんまりひた隠しにすると姫乃が辛い思いをするかと気も使うし、かと言って周りにバレる訳にもいかない。

なかなか微妙で難しいライン。

「頑張って操作覚えるよ。」

笑ってみせると姫乃がほっとした表情を見せる。

「良かった。メールならそんなにお金かからないし、長持ちすると思うよ。」

そう言う姫乃に何気なく。

「そうかあ。でもどうせなら声聞きてえなあ。」

本当に何気なく本音を言ってみた。

「じゃ、じゃあこっちからかけるから。うん。会話も受ける方ならお金かからないし。」

顔を真っ赤にして目を伏せる。

可愛いなあ。

このちょっとした一言一言で動揺したり、喜んだり、切なそうな顔をしたり。

色んな表情がどれもこれもいとおしいと思う。

頭を撫でると、決まってその頭をゴツンと胸の辺りにぶつけてくる。

照れ隠しなんだろうけど、顔を隠されると逆に見たくなる。

下から下から覗き込もうとすると嫌がってあちこち顔を逸らして逃げる。

逃げられると、追いかけたくなる。

顔を両手で掴み力づくで自分の方向へと向けると、頬っぺたが押されて変な顔になっている。

それも可愛くて肩を震わせて笑うと、今度は姫乃が怒り出す。

「もう!冬悟さん最低!!」

「違う違う!あんま可愛かったから。ついつい。」

「何で可愛くて笑うのー!!!」





それが数日前の出来事。

それから冬悟は昼休みはあまり人の来ない社会科準備室で御飯を食べる様にした。

首には新しいネクタイ。

姫乃お手製の弁当を開け、それを頬張っていると冬悟の携帯が鳴る。

姫乃からのメールで「今、電話しても大丈夫ですか?」

冬悟は直ぐに電話帳をあけ、桶川姫乃を選択すると傾いている方の受話器のマークを押した。

『…びっくりしたあ。いきなりかけてくるんだもん。こっちからかけようと思ったのに。』

「寒くないか?今どこ?」

『屋上〜。でも大丈夫、マフラーつけてるから。』

「風邪ひくなよ〜。他にいい場所なかったのか?校舎の中で。」

『ないよ〜。昼休みだもん。どこも人で一杯。逆に今は寒いから、屋上なんて人来ないし私としてはラッキーだけどね。』

「そうか。今からコッチ来るか?社会科準備室。ストーブついてんぞ。」

『えっ!そうなのずるいー!!冬悟さん一人で暖かいんだ。』

「教師の特権です。弁当食った?」

『うん。食べたよ。』

「じゃあ待ってる。」

『ねえ、あんまりそっちからかけたら直ぐ期限切れちゃうよ?』

こうして、遠くにいても連絡が取れるのが姫乃は嬉しい。

今までこっそり職員室に行ったり、どこにいるのか解からずに学校内を探し回る事もなくなった。

できれば、長くこのままでいたい。

でもそれは、冬悟も同じで。

「使ってみたら案外便利でさ…。コレ終わったら新しくちゃんと買おうと思って。何か調べたら同じ会社だと色々割引あるんだろ?電話番号指定とかで。」

『うん!調べたんだ!やったね。』

「何かさ、家族割りとかいいよな。…先に籍だけ入れちまうか?」

受話器の向こうで、姫乃が息を呑む音が聞こえた。

それから、はああ、とため息の様な声。

『ほ、本気で言ってる?』

箸を指でクルクルと回しながら答える冬悟。

「八割方。」

『…そっち、今から行きます。』

その時、姫乃の後ろで黒い影が動いた。

「桶川?」

声をかけられて、咄嗟に電話を切る姫乃。

振り返ると、見知った顔。

クラスメイトの、眞白エージ。

「えっと、眞白、君。」

いつからそこに居たのか、全く気が付かなかった。

「いつからいたの?」

「ずっと前からいたけど、お前来る前から。」

「そ。そうなんだ…。」

動揺する頭をクルクルと回転させる姫乃。

全ての話しを聞かれていたとしても、こちらの話ししか聞こえてないのだから、この相手とどういう関係なのかは断定できないだろうと自分を落ち着かせる。

「電話?彼氏?」

「え?」

「トウゴさんって言ってたろ。一人で立ったり座ったりして面白かったけど。」

姫乃を指差してけらけら笑う。

「別に…彼氏とかじゃないよ。それより酷いじゃない。隠れて見てるなんて。」

まだトウゴが冬悟と気付いていない様でほっとする姫乃。

「別に隠れてた訳じゃねえし。オレがここにいたらお前が入ってきて、勝手に話しだしただけだろ。」

「う…。」

初めて電話をした時は警戒して辺りを一度うかがった。

けれどまだ寒いし人気もなく、最近ではすっかり気が抜けていた。

とにかく、何か感づかれる前にここから出てしまいたい。

「私、もう行くからね!」

くるりとエージに背を向けると有無を言わさず階段を駆け下りる姫乃。

エージはその背中を何も言わず見送った。

「トウゴねえ。」

頭を掻いて記憶をめぐらす。

トウゴ、藤吾、籐護。

そんな名前のヤツ何組にいたっけ?

とうご。

ふと、エージは思い当たる「漢字」を思い出した。

冬に、悟。

教師の名前なんて苗字だけ呼ぶから普段は覚えない。

ただ、担任で、あの白い頭に「冬」の字なんてまんまじゃねーかと考えたのを思い出した。

明神 冬悟。

まさか。

そういえばクラスメイトがあの二人が怪しいと噂をしていたのを聞いた事がある。

「ふーん…。」

これを言いふらす…気はさらさらない。

他人の事に干渉しても別に面白くもないし、騒ぐのも好きではない。

「まあ、オレには関係ねーか。」

ただ。

あの長い黒髪がなびくのを見るのは嫌いではなかった。

あまり他人と関わらない自分に話しかける、あの声も嫌いではなかった。

ただ、それだけだった。


あとがき
9000ヒットのリクで、「高校教師
パラレルで、明神さんの誕生日祝いを明姫←エージな感じで」でした!
エージ、クラスメイトになりました〜。これを15日に上げたかったのですが間に合わず…!!遅れてしまったのならばそれを逆手にと数日後のお話になりました(汗)このような形でパラレルの続きを書く事となるとは思いませんでしたが、楽しかったです。
こちらはリク下さった悠夜
さんへ。ありがとうございました!!
2007.01.17

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