すきまを埋める
「お邪魔します。」
そう言って、姫乃は明神が眠る布団の隣に潜り込んだ。
いつもはそこら中を転がって行ったり来たりと移動する明神だけれど、時々、グルリと丸まってピクリとも動かず眠る時がある。
その事を姫乃は知っていた。
それも時間が経てばまた移動を始めてしまうので、一緒に横になれるのはごく僅かな時間だけ。
たまたま、今日はその時間と自分がこうしたいと思う時間がかち合った。
背中合わせで丸まって、目を閉じる。
じわりじわりと伝わる体温が暖かい。
一人用の布団に、一見細身だけれど意外と分厚い明神と、小さいとは言え高校生の姫乃が二人で入っているのだから窮屈は窮屈なのだけれど、今はこの位が丁度いいと感じる。
明神も、眠ってはいるけれど誰かが近くにいる、という事は何となくわかっているのか、いつもは五月蝿いイビキも控えめになっている。
姫乃は、明神はどこか自分と似ていると感じる時がある。
普段は楽しくて、幸せで、満たされて、にこにこ笑っているのにどこか寂しくて。
それは自分が辿ってきた道を振り返るとある、ぽっかりと空いた暗い穴。
ずっと前の事だし、道の先は見えているのに、気が付くとその暗い穴を覗き込んでいる幼い自分がそこに居る。
慌ててそこから逃げ出して、元来た道の先へ先へと走って、ああ怖かった、恐ろしかったと胸を撫で下ろして安心するけれど、その深い暗い塊はいつもいつも自分の背後にピタリと張り付いている気がする。
走っても走っても、その気配はずっと自分の側にある。
振り返ってはいけない。
前だけ向いていればいいのに、それでも振り返らずにはいられないのは、多分、幼い自分がその暗い場所にまだ囚われていて、今の自分に助けて助けてと言い続けているから。
姫乃は息を吐いた。
手足を体に寄せ、縮こまる。
しっかりと目を閉じて、背後にある暖かさだけを感じ取る。
大丈夫だからね、私もあなたも、今は一人じゃないからね。
ずっと探していたこの場所。
やっと見つけた自分の欠けてしまったすきまを埋める事が出来る人。
まるでこの窮屈な布団みたいだ。
明神が居ないと広いのだけれど、背中が寒い。
二人でやっと、暖かい。
「もう少し、じっとしててね。ここに居てね。」
眠る明神の耳元にそっと囁くと、姫乃はもう一度瞳を閉じた。
きっと、この暗い淵に立っている二人が手を取って、本当に前へ進む事が出来るのはもう少し先。
けれど、一緒にさえいれば、いつか必ず前へ進む事が出来る二人。
あとがき
明姫が好きなのは、歳の差体格差は勿論なのですが、こういう部分なのかな〜と思う今日この頃です。
2007.04.04