St.Balentaine's Day

2月14日。

ヒメノ達が暮らす村でもバレンタインの風習があります。

女の子が好きな男の子や、お世話になった人にお菓子を渡すのです。

ハロウインのお返しも含めて、この日村中の女の子は家でお菓子を作り、お昼から夕方にかけて家々を回ります。

ヒメノも今日は台所で沢山のお菓子を作っていました。

クッキー、シフォンケーキ、マドレーヌ。

その中でも、一番大事な人に渡すのがチョコレート。

全てのお菓子を作り上げたその後に、ヒメノは掌位の大きさのチョコレートケーキを作りました。

「完成…!!」

イチゴとチョコレートが乗ったそのケーキを満足そうに眺めます。

そのケーキは、村から深い森を隔ててある大きなお屋敷に住んでいるトーゴに渡そうと考えています。

大事に大事に、そのケーキを箱に詰めます。

出来上がったケーキとお菓子を大きなバスケットに入れ、ヒメノは家を出ました。

村にはヒメノと同じ様に大きなバスケットを抱えた女の子が家々を巡り、お菓子を配り歩いています。

それを見て、ヒメノは少し心配になりました。

それは何故かと言うと、もしかしたら誰か他の女の子がトーゴに「チョコレート」を渡していたら…と思ったからです。

ヒメノは立ち止まると自分の頬をつねります。

「コラ。今から大事な人達にお菓子を渡しに行くのに、こんな顔してちゃ駄目でしょ?」

そう自分に言い聞かせ、一件目の家へと向かいます。

扉をノックすると、顔を出したおじさんにクッキーを手渡します。

以前ハロウインの時、一番最初にお菓子をくれたおじさんです。

「ヒメノ、ありがとう。今年も美味しいクッキーを頂くよ。」

「私こそ、いつもありがとう!」

言葉を交わし、会釈をすると次の家へ。

隣のガクの家です。

「ガクさん、いつもありがとう。これどうぞ。」

手渡したのはマフィンとクッキーの詰め合わせ。

「ありがとうヒメノ。今年も沢山だね。」

「ツキタケ君と食べてね。」

走り去るヒメノの背中をガクが見送ります。

貰ったお菓子はチョコレートではありませんでした。

それが何を意味するのか、ガクには良く解っています。

「アニキ。」

弟のツキタケが心配そうに声をかけます。

「ヒメノは、最近得に良く笑う様になったな。」

「…うん。」

「凄く幸せそうだ。だから、オレも幸せだよ。」

「うん。」

ガクはそう言うと、家の中に戻ります。

ツキタケの頭を撫でるガクの顔は、本当に幸せそうでツキタケもとても幸せな気持ちになりました。





走るヒメノの目の前に、突然人が飛び出してヒメノはぶつかるのを必死で避けました。

「わっ!」

目の前に飛び出して来たのは村一番の悪ガキ、エージです。

「あー!ヒメノ。あぶねえなあ。」

「それはこっちの台詞!…もう。」

ヒメノはそう言いながら、エージにもお菓子を手渡します。

「…りがと。」

それを照れくさそうにエージが受け取りました。

「今日はアズミちゃんは?」

エージにはアズミというまだ小さな妹がいます。

「アイツ今日は自分もお菓子作るんだって張り切って…台所が戦場だよ。ぐちゃぐちゃ。だから逃げてきた。」

「そっかあ…。」

小さなアズミが小さな体で一生懸命お菓子を作ろうとする姿をヒメノは想像しました。

そしてアズミはきっと、エージの為に頑張っているんだという事も直ぐに想像できました。

「じゃあ、これアズミちゃんの分。エージ君渡してあげて。」

ヒメノはアズミの分のお菓子も用意していました。

アズミもお菓子が大好きだからです。

「わかった。サンキュ。」

手を大きく振ってエージと分かれます。

それからヒメノは村中を回りました。

大きなバスケットがだんだん軽くなっていきます。

最後に、ケーキが入った箱だけが残りました。

バスケットの中をそっと覗き見ると、ヒメノは微笑み森へと入りました。

昔は細く険しかったこの道も、村の皆の協力で行き来し易い様に広くなっています。

トーゴが村に来易く、そして村の皆がトーゴの元へ行き易くする為です。

トーゴのお屋敷に着く前に、何人かの女の子とすれ違い、ヒメノはその度にドキドキしていました。

雪が積もる道を、少し早足で進みます。

扉の前に辿り着くとスカートにかかった雪を払い、身なりを整え軽くノックをしました。

少し間があって、大きな扉がゆっくりと開きました。

その開いた隙間から、トーゴが顔を出しました。

「ヒメノも来たんだ。何だか今日は来客が多いな。」

その言葉を聞いて、ヒメノは目をパチパチさせます。

「トーゴさん、今日が何の日か知らないの?」

「…?二月十四日。何かあったっけ?」

「ええー…!!!」

ヒメノは驚きを隠せません。

そしてとても困りました。

何故なら、このバレンタインの「好きな人にチョコレートを渡す」という事は相手もその事知っていなければ成立しないからです。

「村の子が次々とやってきて、オレにお菓子をくれたんだ。何かのお祭りって皆言ってたけど…。」

それはそうです。

チョコレートをあげたらその人の事が好き、という事をチョコレートをあげながら説明できるのなら、このイベントの存在がいらなくなります。

ヒメノは混乱する頭を落ち着ける為に何度か大きく深呼吸をしました。

「今日は、女の子が男の子に、お菓子をあげるお祭りなの。」

「ああ、それで。」

言いながら、トーゴは扉を大きく開けてヒメノを招き入れます。

ヒメノは大事な事を言うタイミングを逃してしまいました。

トーゴはヒメノの為に暖かい紅茶を用意しました。

ヒメノはトーゴの為に作ったとっておきのケーキを差し出します。

それをトーゴは二つに切って、自分の分とヒメノの分に分けます。

半円になったケーキを、ヒメノは複雑な思いで眺めます。

「…どうかした?」

その様子を見て、トーゴが心配そうに声をかけます。

「何でもないよ!食べようか。」

トーゴが美味しそうにケーキを頬張ります。

このケーキが美味しい事はヒメノは良く良く知っています。

何日も前から試作を沢山作って準備した本当に本当の「とっておき」だからです。

トーゴは何度も何度も「美味しい」と言いました。

伝えたい事を伝える事はできませんでしたが、ヒメノは何だかとても満たされた気持ちになります。

「トーゴさんは、甘い物好きなの?」

「特別好きでもないけど、このケーキは美味いよ。どうして?」

「初めて会った時、沢山お菓子をくれたでしょう?お家にあんな沢山お菓子を置いてるなんて。」

そう言われて、トーゴはハロウインの日の出来事を思い出しました。

魔女の格好をした女の子が家に現れた時は本当にびっくりしたのです。

「ああ。あのお菓子は…。」

トーゴは席を立つと隣の部屋へ行き、一つの箱を手にして戻ってきました。

その箱の中には沢山のお菓子。

「毎月、叔父が送ってくるんだ。」

「叔父さんが?」

トーゴはヒメノの目をじっと見つめます。

少しの間、二人は黙ったままでした。

そして、トーゴが口を開きます。

昔、両親がこの屋敷と莫大な遺産を残して他界した事。

白いトーゴの髪を縁起が悪いと気味悪がって、親戚の誰もトーゴを引き取らなかった事。

母方の叔父が時々思い出したかの様にお菓子を送ってくる事。

…きっと、幼い子供を広い屋敷一人にさせた事は良心が痛むのだろう、けれど何年も会っていない、声も知らない顔も見ていない子供が今何が好きで、どんな風に育ったのか解らない、知る事も恐ろしいのでとりあえずお菓子を送り続けているんだろうとトーゴは続けました。

暫く黙って聞いていたヒメノですが、言い切って一息ついたトーゴを見ると、こう言いました。

「ねえ、その叔父様にお手紙書いてみようか。」

今まで、ヒメノは沢山トーゴを驚かせてきました。

その中でも、この言葉は二番目にトーゴを驚かせた言葉です。(一番は初めて出会った時にヒメノがトーゴの白い髪を綺麗だと言った事です。)

「そんな事できない。第一きっと返事なんて返ってこないし、読んでくれるかどうかもわからない。」

「もしかしたら読んでくれるかも知れないよ?本当はトーゴさんがどんな人か、知りたがってるかもしれないよ。だって、それでもずっとお菓子を送り続けてくれた叔父様なんでしょう?」

トーゴは黙ってしまいます。

ヒメノと出会い、他人と触れ合う幸を感じる事が出来るようになったトーゴですが、やはりまだ他人を信頼しきるのは恐ろしいのです。

それでもヒメノは言いました。

「返事がなかったらその時はその時。でもこのまま何もしなかったら、叔父様が優しい人かどうかもわからないでしょう?」

トーゴは便箋とペンを用意します。

けれどペンを握ったまま、何を書いていいかわからず止まってしまいます。

「私も叔父様に手紙を書くわ。一緒に送って?」

ヒメノは便箋とペンを手にすると、直ぐに文字を書き出しました。

「親愛なる、叔父様へ

始めまして、私はヒメノといいます。叔父様の甥の、トーゴさんの友達です

いつも、トーゴさんに送って下さったお菓子を頂いています

叔父様が選ばれたお菓子はとても美味しくて、私や、私の住む村の子供達は皆喜んでいます

そうそう、トーゴさんは今私の村の人達ととても仲がいいのですよ?

トーゴさんが住むお屋敷も皆が行き来しやすい様に道が大きくなっています

村の皆で道を切り開いたんです

花の苗も沢山植えました。きっと春になれば村と屋敷を繋ぐ道は綺麗な花で一杯になります

叔父様も是非一度いらして下さい

きっとびっくりされますから

もし、トーゴさんの髪の色が不吉だと思っていらっしゃるのなら、私と私の住む村の全部でそれが間違いだって事を証明して差し上げます

一生かけてもかまいません

では、失礼致します

今年はとても沢山雪が降りました

叔父様の住んでいらっしゃる所はどうですか?寒くはありませんか?

どうかお体に気をつけて。春を楽しみにしています

ヒメノ」

一気に書き上げるとそれを畳んでトーゴに手渡します。

トーゴもそれに続き、手紙を書き出しました。

「親愛なる叔父さんへ

初めて叔父さんに手紙を書きます

正直、何を書いていいのか解りません。だって顔も知らない、どんな方かわからないのですから

でも今日、貴方がどんな方なのか知りたいと、初めて思いました

だから、僕がどんな人間か先に知って欲しいと思います

僕は24歳になりました

覚えていらっしゃいますか?

叔父さんは毎年僕にお菓子を送ってくれますね。今そのお菓子は近くの村の子供達が喜んで食べています

大事な友人も、このお菓子がきっかけで出来たのですよ?

ありがとうございます

僕は大きくなりました

友達が出来ました

今、とても幸せです

村の人達は最初僕の髪を見て、親戚の誰もが思った様に気味が悪いと言いました

けれど、今は誰もそんな事言いません

僕は今とても幸せです

とても怖い事だけれど、僕は貴方がどんな思いで毎年お菓子を送って下さるのか知りたいです

もし、叔父様がこの手紙を気味悪く思わずにいて下されば、次にお菓子を送って下さる時、一緒にお手紙を頂けませんか?

あまり期待はしません

けれどお待ちしています

どうぞお体に気をつけて

トーゴ」

書き終えると、トーゴは深く深くため息をつきました。

「もし、返事が返ってこなかったら。」

トーゴは震えます。

拒否される事はとても辛い事です。

「その時は、私が精一杯慰めるわ。辛い事全部忘れる位。でももし返事が帰って来たら、目一杯お祝いしてあげる。」

ヒメノはトーゴを優しく抱きしめます。





それから暫く話をして、ヒメノは村へと帰ります。

トーゴは村の入り口までヒメノを送りました。

ランプの炎が夜道を照らします。

結局、この一日ヒメノはこの日だから言える事を言う事ができませんでした。

また来年。

いいえ、トーゴがバレンタインを知るまではヒメノにもバレンタインは訪れません。

「トーゴさん。」

「何?」

「私はトーゴさんが…とっても、大事ですよ。」

「オレも、ヒメノが大事だよ。」

手を振って、二人は別れました。

屋敷までの帰り道、トーゴは雪道を走りました。

走って走って、屋敷に辿り着くと着ていたコートを脱いで放ると自分が書いた手紙をもう一度開きます。

そして、「友達が出来ました」という文の下に、短い一文を書き足しました。

「好きな人も出来ました。」

二月十四日が終わります。

お互いに気が付いてはいませんが、今日は二人にとって本当に特別な日になりました。


あとがき

パロ作品でバレンタイン、という事で書かせて頂きましたー!
もうオリジナル要素が強すぎて、原型をとどめていません(汗)こんな感じですが、受け取って頂けたらば幸いですもちろん返却可…!!
こちらはリク下さったルイさんへ!ありがとうございました!!

Back