SOUP

午前2時。

しんと静まり返ったうたかた荘の中、姫乃だけが台所で動き回っていた。

出来るだけ物音を消して、誰も起こさない様気を使いながら料理をしている。

包丁を振るいながら鍋を覗き込み、冷蔵庫の中身を確認する。

いつもならとっくに眠っている時間なので眠たくて仕方がないけれど、やる気は漲っている。

「あ、イタ。」

寝ぼけ眼で野菜を切っていると、一緒に指を切ってしまい慌てて絆創膏を探す。

「えーっと、どこだっけ、救急箱救急箱…。」

棚をがさがさと探していると、突然直ぐ側の壁からエージが顔を出した。

「何してんだ?」

「うわ!!」

驚いてひっくり返る姫乃。

「アいったー!!急に壁から出てこないでよ!」

「大声出すなよ。アズミが起きちまうだろ?」

その言葉にむう、と口を噤む。

起き上がって大げさにパンパン、とお尻をはたくと声のトーンを落として話しだす。

「びっくりしたでしょ。脅かさないでよ〜。」

「そりゃこっちの台詞だ。夜中に何やってんだよヒメノ。って、オイ血ィ出てるぞ!」

「あ、忘れてた。あいたたた。」

左手の中指から流れた血がさっきはたいたパジャマにもついている。

「ああ〜しまった。仕事増えちゃった。あ、違う違う。先に絆創膏探してたんだっけ…。」

「何でこんな時間に料理なんかしてんだよ。オマエ夜弱いだろ?…あ、鍋噴いてる。」

「え!?あわわわわ!!!」

あっちへバタバタこっちへバタバタ。

取り合えず鍋の火を弱めて絆創膏を探し出して指に貼ると、残りの野菜を切り終えて鍋に入れる。

「ふう。」

「…手伝ってやれたらいいんだけどな。」

一息ついて椅子に座る姫乃。

エージも向かいの椅子に座る。

「気にしなくっていいよ。それより起こしちゃってゴメンね。」

んー、と伸びをしながら姫乃が言う。

「最近寒くなってきたでしょ?明神さんお仕事帰りに暖かいものがあったらいいかなって。」

「明日学校は。」

「創立記念日で休みなんだな♪」

嬉しそうにニコニコする姫乃とため息をつくエージ。

わざとらしく首を振りながら姫乃を茶化す。

「甲斐甲斐しい事で。」

「だ、だからそういうのんじゃないってば!」

顔を真っ赤にして怒る姫乃。

こうやってからかうのが楽しみの一つになりつつあるエージ。

「ほー。そりゃご苦労様。」

「もう!!…本当に、エージ君私に付き合って起きてなくていいよ?眠くない?」

「そうだよな〜。オレが起きてりゃ二人きりになれないもんな〜。」

「だから!そうじゃないって!」

姫乃が本当にエージを心配している事は、エージ本人もよくわかっている。

姫乃とはそういう人間だから。…でも口が止まらなかった。

少し、悪かったかな、と思う。

「…オレ、ユーレイだからそんな寝なくても平気だしよ。ヒメノ寝たら?明神帰って来たら鍋のもん食う様に言っといてやるから。」

「…エージ君てさ。」

「な、なんだよ。」

「意地悪なふりして、優しいよね。」

「っな!!ばっバッカじゃねーの!バッカじゃねーの!」

「ほらほら、大声出さないの。アズミちゃんが起きちゃうよ〜。」

さっきの仕返しだ、とばかりににやりと笑いながら姫乃が言う。

「…ちぇ。」

そう言って、どかっと椅子に座り直す。

ちらりと姫乃を見ると、にこにこしながら窓の外をじっと眺めている。

もう一度。

エージは盛大にため息をついた。





「さっびー!さっびー!!もうちょい厚着していきゃ良かった。」

駆け足で夜道を走る明神。

仕事は無事終わって戻ってくると、うたかた荘の手前でピタリと足を止める。

「あれ、何で電気ついてんだ?」

タダイマ〜、と小さく呟いて玄関をあける。

靴を脱いで、明かりのともっている方へと足を進めると姫乃が机に突っ伏して眠っていた。

隣にはエージ。

「おう、おかえり。」

「え、何これどうしたんだ?」

「あ、あの鍋ん中。ヒメノが何か作ってたから食えってさ。」

「え?そんでこれ、ひめのんは?」

「ちょっと前まで起きてたけど、限界みたいで寝ちまった。風邪ひくぞっても起きねーし。」

「ああ…。」

正直、嬉しかった。

「え、でも明日学校は!?」

「休みだってよ。何だオレ伝言板かよ。」

「ふーん…。」

言うと、エージの頭をぽんぽん、と叩く。

「ありがとな。ひめのんの為にお前起きてたんだろ?」

そう言うと、ふん!と鼻をならすエージ。

「べっつに!ガタガタ五月蝿かったから目が覚めただけだし。…まあ明神の為ではねーな。」

「かっわいくねーの。」

次の瞬間エージのとび蹴りが明神の腰に炸裂した。

「いってー!!お前仕事帰りのオレに何てひでェ事を…。」

「大声出すと起きちまうぞ。とっととヒメノ運べ。」

「…へいへい。」

何かエージ機嫌悪くねーか…?

そう考えながらも姫乃を抱きかかえ、階段を上る。

パジャマの腰の辺りに血糊が着いていてギョッとしたけれど、左手の指に巻かれている絆創膏を見て納得する。

ドアを開けて部屋に入り、布団を敷いて寝かせると、怪我をしている左手にそっと片手を乗せる。

「…他人に使うのはやった事ねえけど、原理は一緒なら何とかなるかな。」

水の力を使って傷口に剄を送り込む。

暫くして、指に貼られた絆創膏を剥してみると、殆ど傷口は塞がって、うっすらと白い線が残っているのみとなっていた。

「よし。」

改めて、正座をして眠っている姫乃と対峙する。

「えーっと、ひめのん。飯ありがとう、今から食うし。」

姫乃は規則正しく呼吸をしている。

良く眠っているようだ。

「あー、後。あんま無理すんなよ。女の子なんだから、傷跡とか残ったら良くないだろ?」

聞こえていない事はわかっているけれど、今言いたい事と、今じゃないと言えない事があった。

「えー、後。……やっぱなんでもない。オヤスミ。」

…相手寝てても言えないでやんの。

自分の臆病っぷりに憂鬱になりつつも階段を下りて台所へ向かう。

「…おう、まだ起きてたのか。」

台所ではまだエージが椅子に座ったままでいた。

鍋に火をかけ、向かいの、さっきまで姫乃が座っていた椅子に座る明神。

「飯の間付き合えよ。」

「…何で。」

「孤食は体に良くねえってひめのんが言ってた。」

「…子供かオマエは。」

そう言うと、かっかっか、と笑う明神。

鍋の中身を皿に移すといい匂い。

「ひめのんは、いい子だなあ。」

暖めた野菜たっぷりの肉団子入りスープを食べながら独り言の様に明神が言う。

「…とっとと告白すりゃいいのに。」

ぶっ!

「き、汚ったねー!!吹くなよ!!」

「お、お前が変な事言うからだろぉ!?」

「別に変じゃねーだろ。…きっとヒメノも喜ぶぞ。」

「は!?だから…。何かお前さあ、エージ。」

「…なんだよ。」

「シスコンの弟みたいだな。」

今度はわき腹に、エージのとび蹴りが突き刺さった。

そのまま壁に消えるエージ。

「…照れちゃってまあ。」

わき腹をさすりながら立ち上がる。

残ったスープをめんどくさいので鍋ごと抱え、オタマですくってズルズル食べる。

(ヒメノも喜ぶぞ。)

急にエージの言葉が浮かんで、もう一度吹きそうになる。

「だからそんなんじゃあない…こともないけど、まだ、ない。」

ぼそぼそと呟いてスープの残りを一気に飲み干す。

腹が満たされると急に眠くなる。

ふあ、とあくびを一つすると、管理人室に向かう。

途中、二階へと繋がる階段の下で立ち止まる明神。

「…おやすみ、ひめのん。」

自分で言っておいて何だか恥ずかしくなると、急いで管理人室に入るとドアを閉めた。


あとがき
企画第三弾です。
明→←姫←エジみたいな感じになりましたがどうでしょうか…。
四巻でガクを治してた(?)し、他人にも使えるんですよね、水の力。
こちらは綾瀬さんへ。
2006.11.14

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