視線の先
チカチカ光る画面をぼんやりと眺めながら思い出す。
並んだ机と椅子。
左隣に座っているのは雨宮桜子。
雨宮を挟む様に、夜科アゲハ。
あれは国語の授業中だったと思う。
映画に行こうと誘われて、割と張り切って出かけたのだが待ち合わせ場所に居た雨宮に「もう一人来るから」と言われた。
まさか、そりゃあないぜと心で言うけれど口には出せず、思った通りのこのこやって来やがったのは夜科アゲハ。
何でテメーがここに居るんだとお互い叫び、これで全員揃ったわと何事も無い様に言う雨宮を見て、オレ達は全てを悟らされる事になる。
デートの誘いと勘違いして浮かれていた為に何となく裏切られた感があったのだが、確かに「二人だけで」とはメールのどこにも書いていないので責め様も文句の言いようもない。
更に自分の甘さというより弱さを挙げると、呆然と立ちすくむオレ達を「さあ行こう」と嬉しそうに引っ張る雨宮を見て……単純に、まあいいかと思ってしまった。
勝手に勘違いして踊らされたのだ。
ここまで来たのならば、雨宮の気が済むまで自ら踊り狂ってやろうと思うのは、やはり甘さというより弱さだろう。
そんな事は関係ないかの様に雨宮はぐいぐい進み、オレ達は少しだけ気まずい視線を交わした後、雨宮の後を追いかけた。
ちらちらと合わさる視線は語る。
お前、デートと勘違いしたろ。
いや? オレは最初からわかってたぜ。
嘘吐きやがれ、鳩が豆鉄砲食らったみてーな面してたぞ。
そりゃお前の事だ、クソったれ。
ああ、そういや雨宮オマケが来るみてーな事言ってたもんな〜、誰かは知らなかったけど。
絶対言ってねーし、つか、お前がオマケだろが、ボケ。
うるせぇ、チビ。
うすらデカ。
「どうかした?」
『なんでもねぇ!!』
綺麗にハモった返事に、雨宮はふうん? と、曖昧な返事をした。
行こうと約束していたのは映画だった。
メールを貰って直ぐにコンビニに行き、最近流行りの映画を全部チェックし、女の子が好みそうな……ファンタジー的な映画から恋愛物まで全て前情報をチェックしていたのだが、雨宮が指定した映画はその全ての作業をぶち壊しにする物で、もしかしたらこれは試されているのだろうかという内容の物だった。
107分のSF超大作……らしいのだが、全てよくわらん猫語の字幕無し、吹き替え無しの異色映画。
当たり前だがオレ達以外の客はぱらぱらとしか見当たらず(むしろ、他に人が入っていた事に驚愕する)三人並んで座ったあの微妙な恥かしさは例えようが無い。
ちなみに席の並びは雨宮を挟んで右隣にオレ、左隣にアゲハ。
この並びは偶然ではなく必然だ。
雨宮の隣に座りたいけれど、野郎の隣に座りたくはないという心理がお互いに働いた結果だろう。
オレもアゲハも無言で、迅速に、微塵の迷いも無く席を選び、座った。
映画開始から五分。
オレは猛烈な睡魔と闘っていた。
話は見ていても解らないのでどうしようもないのだが、後で「あのシーン面白かったよね!」等と話を振られてしまった時困るのは嫌だったので相当頑張ったのだが……想像を絶する苦行を強いられた。
肘掛に左手を乗せると雨宮の手が触れそうになるので遠慮したのだが、当の雨宮は腹を抱えてケラケラ笑っているのであまり関係はなさそうだ。
雨宮が笑うシーンを必死で追いかけるのだが……どこが笑いどころなのかさっぱり解らん為、後で話を合わすもクソも無い気がしてくる。
猫のニャーニャー騒がしい泣き声と、良くわからん効果音(SFならでわの、ぴゅーんだとかどかーんだとか)と雨宮の笑い声が館内に響く中、オレはソファーからずるずるずり落ちそうになっていた。
「ふ、あっは! あはははは!!」
ドン、とひときわ大きな効果音の後、雨宮が大きな声で笑った。
ちら、と横を見ると、雨宮が目から涙を流さんばかりに笑っている。
全神経を映画に集中させているんだろう、すっかり童心に戻っている様だ。
サイレンの世界で出会った時とは別人の様だが……オレは知ってる顔だった。
何年経っても、それがたった半年の事でも忘れられない事はある。
雨宮の笑顔はその類の物だろう。
オレは眠気を忘れて雨宮を見た。
映画の画面がチカチカ光り、それが反射して雨宮もちかちか光っている。
もう少し良く見ようと少しだけ、雨宮に気付かれない様に身を乗り出した時……アゲハと目が合った。
目が合った瞬間、アゲハはオレを睨んだ。
オレはアゲハを睨み返した。
「あはははははははは!!! あっは、はっ、はあっ!!
おなか、くるし……ひぃ」
雨宮が笑いすぎて苦しそうに身を縮めた。
オレとアゲハの視線は、自然と雨宮の背中に移り……それから一体映画の中で何があったのだろうかと画面に移る。
すると、二匹の猫がグローブを嵌めて殴り合っていた。
何だ、良くわかんねぇな。
そう思いながら、何かを思い出しかけた。
並んだ机と椅子。
左隣に座っているのは雨宮桜子。
雨宮を挟む様に、夜科アゲハ。
あれは国語の授業中だったと思う。
先生に当てられた雨宮は、教科書を読んでいた。
高い細い声で、でもはっきりと何かの物語の一文を雨宮は読み、隣に座っているオレはそれを一言では言い辛い気持ちで聞いていた。
勉強も出来てクラスメイトにも人気があって……男子にも女子にも好かれ、いつも雨宮の周りには人が集まっていた。
クラスの憧れ、いわゆる高値の花。
引っ越して来たばかりでなかなか同級生に馴染めないオレに声をかけて、何かと面倒を見てくれた。
アゲハに苛められる度々止めに来てくれて、オレが転んだり何かしてしまった時、直ぐに助けに来てくれた。
泣いていたら「元気出して」と言い、失敗したら「頑張って」と言ってくれた。
あれが初恋かと言われたら、多分そうなんだろうと思う。
もっと切羽詰った物だった様な気もするが、とにかくオレは、その時雨宮の横顔を、周りの誰にも気付かれない様必死で覗き見ていた。
「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。
どうかからだ中に、つぼの中の塩をたくさんよくもみこんでください。」
言葉に詰まらずすらすら読めるのだから、きっと家で勉強してるんだろうなと思った。
はいそこまで、良く読めましたと先生が褒め、少し照れくさそうに雨宮が笑う。
照れ隠しする様に少し勢い良く椅子に雨宮が座り、その雨宮をずっと視線で追っていたオレは、雨宮の向こう側にいるアゲハと……目が合った。
アゲハはオレを睨んだ。
オレは……慌てて目を逸らした。
ちかちか光る画面を見ながら、オレはそんな昔の事を思い出した。
そしてやっと理解する。
あの時目が合った理由と睨まれた理由を。
オレはだらしなくソファーからズレている体を起こし、背筋を伸ばした。
訳はわからんが、とにかく残りあと数十分で終る筈の映画に集中する。
ここから先は、一歩でも遅れをとるつもりは無い。
睨まれたら睨み返す。
大体、アゲハと同じ物を見ているというのが非常に気に食わない。
訳がわからなくても、視線の先が同じものを見ていたい人は、オレの左隣の人だから。
あとがき
前々から書きたかったサイレンシリーズその2です。
アゲハは雨宮と言い合いながら、ヒリューは雨宮に支えられながらお互い悶々と好きだったんじゃないかな〜と思ったりするんです。
2008.06.04