SIDE

まいったなあ…。

姫乃は心底、そう思った。

学校帰りに明神と駅で待ち合わせをして待っていると声をかけられた。知らない男の人に。

その男が着ていた制服は何度か見たことあるから、きっとこの近くの学生なんだろうけどこれがまたしつこい。

「待ち合わせで人を待ってるんで。」

と、何回言ったかわからないけれど、押しに弱いのが何となくわかってしまったのかなかなか退いてくれない。

「そう言ってもう20分もたってるし、いいんじゃねえの?」

「良くないです!」

確かに遅れて来る明神に腹もたつけれど、昨日は仕事で遅くなっていたのを知っているから無理は言えない。

この約束だって、安くなっていたお米を買いたいから荷物持ちで来て欲しいと自分から頼んだものである。

これでは怒るに怒れない。

助けを…と思っても人通りの多い駅の中。多すぎて逆に目立たない。

大声を出すのもためらわれるし、明神がその内来る、という甘えもある。

まず最初に声をかけられた時、道を聞かれたと勘違いして話をしてしまったのが間違いだった。

しまったなあ。

さすがにうんざりしてきて時計をちらりと見る。

「もう、いいじゃん。行こう。」

「え?」

ぐいっと、手を引っ張られる。

「うわ?ちょ、ちょっと!」

これにはさすがに驚いた。まさかこんな強行手段に出られるとは夢にも思わない。

「は、離し…。」

「あの…。どちら様で?」

聞きなれた声が背後からかかる。

気が付くと、背後に明神が立っていた。

「明神さん!!」

「あ?なんだよおっさん。」

「えーっと、もしかして、その…ひめのんの彼氏、とかそんな訳ないよね?」

「…そんな風に見えるかな!?」

せっかく来てくれた!と喜んでいたのに一体何に気を使っているのか。

一秒でも早くつかまれている手を離して欲しいのに。

明神の方はというと、ほっとため息をついて額の汗を拭っている。

「あーびっくりした!心臓止まるかと思ったよ〜。」

はっはっは、と笑っている。

「笑ってる場合!?」

怒る姫乃をその学生がぐいっと引っ張る。

姫乃はつんのめってその学生の方へと引き寄せられる。

「何だっつってるだろ?オッサン。邪魔すんなよ。」

明神は、まじまじとその自分より年下の青年を見る。

「ああ、駄目だよ。女の子にそんな乱暴しちゃあ。」

へろへろとした物腰には緊張感、といったものが全くない。

「だからアンタなにもんなんだよ。彼氏?」

「「かっ…。」」

その言葉に激しく動揺する明神、そして姫乃。

「そそ、そんな関係じゃないもん!」

「そう!違う!って、ひめのんきっぱり否定すんのー!!?」

「ええ!!?だだだって、そんな。」

「だから、オレを無視して話を進めんな!!」

だあ!と切れる青年。

「じゃあ…保護者、です。」

しおしおと答える明神。背中が丸まっているのが情けない。

「あ、そう。じゃあおニイさん、ちょっと妹さん借りるから。」

保護者、という事で納得した青年はとりあえず明神を無視して姫乃を連れて行こうとする。

「ああ、駄目だよ。」

明神が手を伸ばし、姫乃の腕を掴んでいる青年の手をもぎ取る。

「っな!!」

指に力は込めていた。

いつ近づいてきたのか、いつ手を取られたのかもわからない内に捕まえていた少女の手が男の手に渡り、自分の手は空を掴んでいる。

そして己の手首を掴んでいる手は振り解こうとしても全く離れない。

かといって、強い力で握り締められている、という圧迫感もない。

あっけにとられて声も出ない青年の手をぽい、と離すと明神は姫乃の背後に周り両肩にポンと手を置くと話だした。

「この子はねえ。オレに残されたたった一人の肉親なのよ。両親は事故で他界?で、小さい頃からオレが面倒見て育てたそれはそれは可愛い、目に入れても痛くない、そんな子なんだよ。だからね。」

何を言ってるんだか、と姫乃は頭の中で突っ込みをいれるけれど、この場を収集させるつもりらしいので黙っている。

「この子の事を溺愛しちゃっててそりゃあもう大変なシスコンっぷりで近所にも有名でねえ…。もしこの子に何かあったらオレ知らないよ?彼氏なんか出来ようもんならきっと毎日毎日家の前を張って嫌がらせをしちゃうねえ。もし、この子があんなことやこんなことされちゃったなんて話聞いたらありとあらゆる手段を使ってそいつを社会から抹殺するよ?」

ああ、と明神が言葉を付け足す。

「目の前でナンパなんかされようもんなら、遠慮なく邪魔しちゃうなあ。」

背中ごしに、姫乃は明神の気配がいつもと違うと感じた。

何より目の前の青年の表情がどんどん青くなっていく。

…一体どんな顔してこの話してるんだろ…。

「ちなみに、オレよりタチの悪りィ猟奇的なアニキがまだ上にいる。アイツに目ぇ付けられたらもう後はないぞー。」

「さ、さっきたった一人の肉親って言ったじゃねーか!!」

「ん?そうか?オレそんな事言ったっけ、まあいいだろ。重要なのはそこじゃねえ。」

「適当だなオイ!!」

「まあそんな訳だ。じゃあな。」

今度は明神が姫乃の手を取って歩きだす。

唖然とする青年。

かといって、喧嘩をふっかけるのは不利な気がする。

認めたくはないけれど、馬鹿な話をしながらも自分に向けられていた敵意は今まで感じた事がない程大きかった。

「んだよ!気持ちワリイ白髪!」

背中ごしに言葉だけ投げつけて逆方向に歩き出す。

「…あんたっ!!」

「わっわっ!ひめのんストップ!」

最期の言葉に反応したのは言われた明神本人ではなく姫乃。

つっかかろうと振り向いた姫乃の口を両手で押さえ、そのまま体ごとぐるん、と逆方向を向かせる。

姫乃はその手を振り解いて抗議する。

「何で止めるの!?明神さん腹立たない?」

怒りのあまり涙目になっている姫乃をどうどうとなだめる明神。

「あれは勝てないってわかっての遠吠えだって。気にする事ないよ。オレは慣れてるし。」

「だって…。」

「揉め事は起こさないにこした事はないだろ?」

その言葉に、ぐっと言葉をのむ姫乃。

そうだった。たとえここで言い争いをしたとして、どんな形であれ最期は明神にも迷惑がかかる。

殴り合いにでもなったりしたら…。

「ごめんなさい。」

素直に頭を下げる姫乃。

「や、こっちも待たせちゃったし。ごめん。」

お互いにぺこぺこと頭を下げる。

「でも明神さんって本当は強いのに、喧嘩とかしないんだね。」

やっと当初の目的「激安のお米」を求めて歩き出すと、姫乃が言った。

「まあねえ…。オレも若い頃はあんなんだったのかも知れないけどね。」

わっはっは、と笑う明神。ちょっと昔思い出したよ〜、何て言いながら。

「陰魄相手に毎日格闘してるから、一般人が刃物持ってようが銃持ってようが怖いと思わないし。だから自然と喧嘩する必要もなくなるって訳だ。」

「…ふーん。」

「だから、手が届かない所にひめのんがいる事が、一番怖いかな〜。」

「え?」

ぽつりと呟いた一言に驚いて姫乃は明神を見たけれど、その表情が真剣で言葉が止まる。

…笑ってるかと思ったのに。

「ずっと側にいてくれりゃ、絶対に守るのに。」

そう言って少し苦しそうに優しく微笑む。

とっても恥ずかしいけれど、それ以上に申し訳ない気持ちになった。

あんなにふにゃふにゃして、余裕の顔をしていたけど、こんなにも心配してくれていたんだ、と。




スーパーに着くと買い物を済ませ、日が暮れる前に、と急いで家路についた。

「今度何かあったら、すぐ人を呼ぶんだよ。オレがいない間だけは自分で何とかして、後はオレが何とかすっから。」

お米を片手に明神が言う。

「はい。」

…二人で並んで道を行く。

明神は常に道路側を歩き、後ろから人が近づくと姫乃がその相手とすれ違う事がない様にさりげなく立ち位置を変えている。

姫乃はその事に今日始めて気付いた。

ゆらゆらと夕日が沈んでいく。

明神を少し後ろから追いかけ、改めて明神の背中や手の大きさなんかに見とれながら。

「ありがとう、明神さん。」

姫乃は感謝と、尊敬と、憧れをせいいっぱい込めてお礼を言った。


あとがき
有難う御座います企画第一弾です。
色々悩んで書いてみた結果、意外と大人な明神が出来上がりました…。どうでしょうか?
昔やんちゃしてた分、今は逆に大人しいのかな、と思ったので。本当に強くなった人って逆に喧嘩しないと聞きますし!
威嚇までで(笑)

リク下さったナナエさんへ。ありがとうございましたあああ!!
2006.11.10

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