しあわせ

「う……?」

明神が自分のいびきで目を覚ますと、部屋は真っ暗だった。

「……ん、だっけ。オレ、たしか」

暗い部屋をきょろきょろと見回すと、今日はちゃんと布団の中に納まっている。

おお、やるじゃねーかと呟きなら視線を動かしても時計は見当たらず、今現在何時か見等がつかない。

窓から月は見えなかった。

少しづつ目が慣れてきて、かつ頭がすっきりしてくると胴の辺りがやけにポカポカしていて、その辺りを探ってみると、自分の手にヒトの頭が触れた。

そのまま髪、頬に触れる。

長い髪も柔らかい頬も、触り心地は手にしっかりと記憶されているものだった。

「ああ、そっか」

ここ数時間の記憶が明神の脳裏に蘇る。

それから、へにゃっと顔を緩ませた。

別に忘れた訳ではなくて、ただ寝ぼけていただけ。

それから、普段目が覚めたら大抵一人で廊下に転がっているからこんな反応が鈍かったんだと明神は自分に言い訳する。

ピンク色のパジャマを着た姫乃が、寝相の悪い明神のストッパーになってくれたらしい。

両手は万歳で寝ていたが、胸から下は布団に収納されていた。

「オレ先に寝ちまったのか……怒られるなァ、きっと」

明神にしがみついて眠る姫乃に「怒られるな」と言いながらも、明神は顔をほころばせた。

『はい終わりって感じで、さっさと寝ちゃうんだもん』

いつか聞いた文句と拗ねた顔を思い出しながら、闇に慣れてきた目で姫乃の顔を眺める。

「ごめんなー。今日も寝ちまったー」

肌は自分の髪の様に白いけれど、ほっぺただけうっすらと赤い。

ぼんやりと眺めて、幸せの余韻に浸る事数分。

明神は「ひ……ひ……」と反り返ると、大きなくしゃみをした。

そしてその口を慌てて抑えた。

姫乃が目を覚ましてしまったかと恐る恐る観察すると、少しだ眉をしかめただけだで起きた気配はなく、明神はホッとした。

ほっとしながら、明神はある事に気が付いた。

「あ、ずりィ!」

自分はまだ何も着ていないというのに、姫乃はしっかりと脱いだ(脱がした)パジャマを着込んでいる。

先に寝てしまった事は棚にあげ、明神はぶーと口を尖らせると「うりゃ」と言いながら姫乃のパジャマに手を伸ばす。

伸ばして、また違う事に気付いて手を止めた。

触れた首筋が冷たい。

「……あ、しまった」

今までずっと、布団の中に納まっていたのに、明神が起きて姫乃の顔を見る為布団をめくった為冷えてしまったらしい。

明神は、両手にはあ、と息を吹きかけると勢い良く擦り合わせた。

摩擦で暖かくなった両手を姫乃の頬に、それから首筋にあてがう。

じわじわと自分の手から、熱が抜けていく。

そして抜けた熱が姫乃に移り、少しづつ暖かくなっていく。

明神は少し微笑んだ。

ただ一緒にいる事が幸せだった。

けれど、与えられ、与える事が出来る事はもっと幸せだった。

大層な事じゃなくても、ほんのちょっとの事だけでも幸せだった。

手から熱が冷めると、もう一度両手を擦り合わせ、同じ様に姫乃を温める。

首筋が温まるのを確認すると、一度しかめた姫乃の眉とへの字になった口が、また柔らかくなった。

明神は一仕事終えた様な達成感を一人噛み締める。

「こっち、おいで」

眠る姫乃の手を引いて、当初寝ていた時の様に自分の体にしがみ付かせる。

布団は頭まで被り、隙間があかない様ぴったりと蓋をした。

覆いかぶさる様に抱きついて、ため息混じりに。

「ああ、しあわせ」

誰にも届かない独り言を呟くと、明神は満足そうに目を閉じた。


あとがき
何でもない事で一人幸せになる明神さんの話…でした。
2008.02.04

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