説明できないけれど
「ふんがっ…!!」
「ぐ…ぎぎ…!!」
腕の筋肉がビシビシと音を立てる。
机を支える左手が痺れかけていた。
「負けんな明神ー!!」
「やっちゃえゴウメイー!!」
そう、今オレが何をしているかと言うと腕相撲だ。
始まりは何だったか。
ああ、そうだ。
ゴウメイの野郎がまた喧嘩をしようとか言い出してオレがそれを断った。
ここはうたかた荘。
これ以上家を壊されたらたまらないし、そろそろ馬鹿喧嘩も卒業しないといけない。
オレもいい年だし、入居者も増やしたいし、出費も抑えたいし、お母さんもうたかた荘に住むって事だし、オレはもっと大人にならないといけない。
頼りになる大人に、だ。
なのでゴウメイの「喧嘩しようぜ」を避け続けて来てはいたのだけれど。
「逃げんなよ〜。たまにはいいだろお?それとも負けるのが怖いのか?」
この台詞に大人気なく反応してしまった。
「負けるなんて思っちゃいねえし逃げてる訳でもねえよ!ここ壊されるのが嫌なんだよ!」
そう言ってさっさと部屋に戻ろうと思っていたのに!
「やっぱり逃げるんじゃない。ダッサー。大体前戦ったのだってゴウメイが初めっから本気出してたらアンタなんかグシャグシャポイなんだから。」
横やり入れてくるコクテン。
あのなあ…。
「勝負は勝負!オレの勝ち!」
「そーだそーだ!終わった勝負引っ張り出すなんてみっともねーぞ!」
エージが加担。
いや、こっちの味方なのはいいけど煽るなよ。
「だったら、コレで勝負しようぜえ。」
ドン、と肘を机に置くゴウメイ。
「あ?」
「ふむ。腕相撲ですか…。それならこのボロ家を壊さずに勝負が出来ますね。」
グレイ、ボロ家言うな。
「勝負するのか。そのまま死ね。」
ガク、お前が死ね。ってか成仏しろ。
「アニキ、どっち応援するんですか…。」
ツキタケ、頼む止めてくれ。
次々と増えるギャラリー。
こうなると、とっとと退散という訳にはなかなかいかない雰囲気になってくる。
「もう、何やってるの!?こんな夜中に〜。」
ひめのん!!
大きくなってきた話し声が気になったのか、一度眠ると言ってお母さんと二階へ上がっていたひめのんが降りてきてくれた。
この場をひめのんが上手く収めてくれたら大騒ぎにならずにすむ!
あの時のオレの目にはひめのんが荒廃した大地に降りたった天使の様に映った。
「騒いだら駄目でしょ?もう夜中なんだよ。近所迷惑になっちゃうよ。」
腰に手を当てて、眉をひそめる。
だけどそれを無視してエージが駆けつける。
「ヒメノヒメノ!お前も応援しろ!腕相撲だよ!明神とゴウメイの!!」
馬鹿エージ!!
「腕相撲?」
「そ。いっつもゴウメイとの勝負から逃げてばっかだから、仕方ないから別ルールを用意してあげたのよ。」
「言い出したのオレだろうが。」
何故か偉そうなコクテンと突っ込みを入れるゴウメイ。
その突っ込みを完全無視する辺り本当にこいつはスゲエ。
「姫乃も見て行きなさいよ。どうせ明神が負けるだろうから頭でも撫でて慰めてあげたら?」
「なっ、そんな勝手に明神さんが負けるなんて決めないでよ!」
コクテンの煽りに引っかかるひめのん。
…ちょっと、ひめのん。
君がそこでひっかかったらオレも引けなくなるんですけど…。
「負けます〜。考えてみなさいよ、あんな細い腕でゴリラに勝てる訳ないでしょ?」
「勝てます!前だって明神さんの圧・勝だったもんね!」
「ギリギリの勝負でした!ゴウメイが馬鹿じゃなかったら勝ってたもん!」
「オイ、馬鹿って何だよ。」
「貴方の事です。ゴウメイ。」
ゴウメイの呟きをグレイがくいっと眼鏡を押し上げながら答える。
ああ、何か同情する。
「じゃー見てなさいよ。絶対勝ちなさいよ!ゴウメイ!!」
「明神さん、負けないでね!私応援してるから!!」
どっと盛り上がる場。
ちょっと待ってくれ、オレは勝負とかそういうのはやらないでおこうと決めたんだ。
もっとクールな大人になってだな。
「明神さん、頑張って。ガッツ!」
振り返ると姫乃が真剣なまなざしでオレを見る。
ゴウメイと対峙し、机の前に座ったオレの肩に姫乃の手が置かれる。
オレ達を囲むギャラリー。
耳に届く姫乃の緊張した息遣い。
小さく、負けないもん、負けないもんと繰り返す言葉はオレを無敵の勇者に変える呪文の様だ。
…上手く、説明は出来ない。
馬鹿過ぎて説明しても解かっちゃもらえないと思うけれど。
男とは本当に愚かな生き物であって。
右腕を机の上に差し出すと、拳を強く握り、一度開いて指をほぐす。
こうやって惚れた女が後ろで拳を握って応援なんかしてくれたりすると。
左手で机の角を持つと、少し腰を浮かして体を固定する。
絶対に負けれねえと思ってしまうんだ。
がっしりと握られる拳と拳。
「今度は勝つぜぇ。」
「今度もオレの勝ちだ。」
「吠え面かくなよ!」
「そりゃこっちの台詞だ!」
レフェリーはグレイ。
握られた拳の上に片手を置く。
「レディー…。」
吸えるだけ、息を吸う。
「ゴー!!」
瞬間、息を止めると歯を食いしばり全身の力を腕に集中させる。
オレとゴウメイ、二人の右腕で一気にぶつかる重量とプレッシャー。
「ぬ…ぐぐ…。」
「ごおお、あ!」
腕力だけの勝負となると、思っていた通りこっちの方が分が悪い。
少しづつだけれど、オレの腕が震えながら押され始める。
「行けー!ゴウメイ!!」
「明神さん、踏ん張って!!」
姫乃の声がオレを後押しする。
負けられねえ!!
「ふんがっ…!!」
「ぐ…ぎぎ…!!」
腕の筋肉がビシビシと音を立てる。
机を支える左手が痺れかけていた。
「負けんな明神ー!!」
「やっちゃえゴウメイー!!」
ワイワイと騒ぐギャラリー。
「ぐ…ぎ。」
ビリビリと痺れ震えるる右腕。
ゴウメイのニヤケ顔。
歯ァ食いしばって踏ん張ってはいるけれど、更にオレの腕が机の面に近づいていく。
ああ、負けちまう。
カッコ悪ィ。
こんな勝負やっぱ受けるんじゃなかった。
「明神さん!!頑張って!!」
必死な姫乃の声。
ああ…やっぱ、負けられねえ、負けられねえ、負けられねえ!!
ってか、負けたくねえ!!
ホント、男って奴は馬鹿でガキで。
理解し難い生き物だとは思うけど。
かっこ悪い姿を好きな女に見られるのは、死んでも勘弁!
ザワリと音をたててオレの髪が白から黒へと変わる。
全身の剄を組んだ右腕へと集中させる。
その様子を見ると大きく口を開けて笑うゴウメイ。
「おお!やっと本気で来たかァ!!そう来なくっちゃなあ!!!」
ゴウメイの体から稲妻が走る。
魂殻変化。
そんなもんでビビるか!!
「だあああああ!!!」
「うぉらああああ!!!」
「み、明神さんー!!」
…周りの声援が悲鳴に変わったのを、その時のオレは気が付かなかった。
力と力がかち合って弾ける。
ドオン!
オレはゴウメイの腕を机に叩き付けた!
その反動で机が粉砕し、ついでに床も抜ける。
ゴウメイは転がってグレイを押しつぶして止まり、部屋にもうもうと埃が立ち込める。
ゆっくりと、オレは立ち上がる。
…勝った。
「勝ったぞ!!」
ぐっと拳を高く突上げ、オレは吠えた。
『勝ったじゃねーよ!!』
周りの突っ込みで我に返る、オレ。
「う、うおおおお!?何か部屋スゲェ酷ぇ事になってる!!ってかひめのん無事か!?」
きょろきょろと目線を動かすと足元で姫乃がむせ返っていた。
慌てて背中をさすってやる。
「だ、大丈夫か!?怪我ない?」
「び、びっくりした…。明神さん本気出し過ぎ!」
「ご、ごめん…。」
その時、キイイとドアが開いた。
「騒がしいわね、どうしたの?」
「お、お母さん!!!」
先に寝ていた筈の雪乃さんがこの騒ぎで起きてしまった様だ…。
ええと…。
クールな大人、頼りになる大人の計画なんですが…。
「あらあら、また派手に散らかしたのねえ。」
にこにこと微笑んでいるけれど。
何か、目が、笑っていらっしゃらない気がするのはオレだけですか…?
「ゴウちゃん何してるの?駄目でしょうそんな格好で転がっちゃ。」
ビクリと肩を震わすゴウメイ。
それを見ながらスタスタと部屋に入ってくるお母さん。
「あ、あの。お母さん…。」
あの、解かってもらえないとは思いますけれど。
ホント、男って馬鹿な生きもんなんです。
「全員正座。」
その瞬間、その場に居た全員がピシリと背筋を伸ばして正座をした。
ああ…この子にしてこの母あり。
ひめのんも子供みたいな顔をして頭を垂れている。
すんません。
まだまだオレも子供の様です…。
それから、雪乃さんのお許しが出るまで30分程全員正座でお叱りを受ける。
オレのせいでひめのんまで怒られる羽目になってしまったのは本当に悪かったなと思う。
次の日オレは朝早くから近所のホームセンターへ行くと、床に空いてしまった穴を塞ぐべく合板を買い求めた。
あとがき
七巻で明神とゴウメイが腕相撲をしているシーンがあったのでこんなのあるかなあと妄想しました。
負けず嫌いな明神。
2007.01.23