背中合わせ

深夜、姫乃が部屋で勉強をしていると階下ので玄関を開ける音がした。

「あ、明神さんお仕事終わったんだ。」

時計をちらりと見るともう一時半。

「今日は遅くなったんだな・・・。」

明神が十味に呼ばれて案内屋の仕事に出てからもう七時間は経っている。
これが案内屋としての明神の行き方とわかってはいても、心配なものは心配になる。

かといって、明神は姫乃に心配をかけるのをとても嫌がる。
それもわかっているので、心配をしながら心配をしていないフリをする事もあるのだが、それはとても疲れる事だった。

「でも、私が心配そうな顔したら凄く済まなさそうな顔するからな〜・・・。」

今も本当は直ぐにでも明神の無事を確認したい。

怪我はしてないか?大変な事はあったか?疲れてないか?

あんまり心配しすぎると怪我をした事なんかを隠す様になってくる。それも嫌だった。

だんだんいらいらしてくる。

「うー。」

足をタンタンと動かす。
本当は集中できなくて、勉強すると言って遅くまで起きていただけで勉強なんかできてはいない。

「やっぱり気になる!」

我慢できなくなって、椅子から降りると部屋の扉を開ける。

階段を降りる途中で明神への言い訳を考える。

「たまたま、喉が渇いて・・・。トイレに行きたくなって・・・。勉強の息抜きに・・あ、勉強してて歯磨き忘れてた!これにしよう。」

ぶつぶつとつぶやいて取りあえずまだ起きている言い訳を決めると、意を決してリビングの扉を開けた。

「・・・あれ」

部屋の電気はつけっぱなし。
明神の姿を目で探すとソファーの下でうずくまる様にして倒れている。
治療の途中だったのか、上半身には何も着ず、中途半端に黄布が巻かれている。

その黄布の隙間から、肌色からどす黒く変色した肌が見えた。

「やだ・・・。明神さん!?」

駆け寄って良くみると、どこかに酷く打ちつけたのかあちこちにそんな痣がついている。
出血はしてはいないものの、その色がひどく痛々しい。

「うわ・・・。痛そう。」

顔を覗きこむと顔色はそんなに悪くはない。呼吸もちゃんとしている。

ほっとするものの、時々痣が痛むのか眉をしかめるのを見て姫乃も一緒に眉をひそめた。

「あんまり、無茶しないでね・・。」

そう言うともう一度明神の傷を見る。

横を向いて丸まっている明神の背中には一番大きな痣があった。

姫乃はそっとそれに触れてみる。

治れー、治れー、と心の中で念じてみる。
でもこんな事では治らないとわかってはいるので、何だか悲しくなってため息をつく。

「私に何かできたらいいのに・・・。」

もう一度ため息をつくと、横になっている明神と背中合わせになる様にねっころがる。
ピタリと背中を合わせ、一緒のポーズで丸まってみる。

「・・・あったかい。」

明神の大きな背中ごしに体温が伝わってくる。

体温だけじゃなくて、このまま明神の傷も自分に移動してきたらいいのに。
せめて明神の痛みくらい何とかしてあげたい。
こんなに誰かの為に必死で戦っているんだから、自分にくらいもっと弱さを見せてくれてもいい。

私はあなたの為に何かしたいんです。

姫乃はそのままうとうととして、眠ってしまった。







何か、違和感を感じて姫乃は目を覚ました。

「あれ、昨日の夜は部屋にいて・・・。明神さんが帰ってきて。あ!!」

記憶はやっと繋がったが、今の状況は良く把握できない。
なんだか身動きがとりにくい。それにこの風景は・・・玄関前の廊下?

ばっと自分の体を見ると、明神が両腕でしっかりと体をロックしている。

「ええ!?ちょっと、明神さん!?」

ぐー。とだけ答えると、明神は姫乃を腕に抱えたままずるずると玄関の廊下を這いずって移動していく。

これか!これが明神さんにいつも起こってる現象なんだ!

転がったり壁を蹴ったりして器用に床をスライド移動する。このままでは明神共々玄関までたどり着いてしまう。
大体この状態をエージやガクに見られてしまったら何を言われるかわからない。

「明神さん!おきて!ねえ!」

「・・・すー・・・。」

「明神さんってば!」

「くー・・・。」

完全に眠っていて起きる気配がない。
腕から逃れようと無理やり両手で肩をつっぱると、逃すまいとさらに力を込めて抱きしめてくる。

「ちょっと・・・。」

そして二人はついに玄関を突破し、門先までごろりと出てしまった。

そして姫乃がうたかた荘の入り口を見ると・・・。

ガクが巨大なハンマーを持って立っていた。

「ガ、ガクリン違うの!明神さん寝ぼけてて・・・。」

「貴様ー!!俺のフィアンセに何をするー!!!」

朝っぱらから飛び交う怒号。

明神を蹴り上げて姫乃から引き剥がすとそのまま怒涛のハンマーラッシュが始まる。

いきなり蹴り起こされて寝ぼけていた明神も我に返って応戦する。

「死ね!お前なんかとっとと死ね!!」

「朝からなんだってんだガク!てめーこそとっとと成仏しやがれ!!」

「あああもう二人ともやめてってば!」

姫乃は昨日の夜のことをやめておけば良かったと悔やみながら、それでもあの背中の温かさを思い出していた。


あとがき
お題四つ目です。
背中の大きな男性っていいですよね。ちょっと筋肉質で。
このお題は一目見たときからこうしよう!って浮かんでいました。
シリアスだったり、後半はネタだったり・・・。
2006.10.01

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