寒いから、手を繋ごう。

冬のうたかた荘はガランと寒い。

どんな表現だと思うかも知れないが、何となくそんな感じだ。

特に共同リビング。

ガランと寒い。

イメージの表現だが、オレ的にはなかなかピッタリな表現だ……と思うのだが。

板張りの床に、薄いカーテン。

まま広いスペースに置いてあるのは古いソファーと植木鉢。

絨毯でもひきゃ見た目変わるかも知れんなと思ったが、それはもうちょっと生活にゆとりが出来てからの話だろう。

出来れば、それがホットカーペットだったりしたら最高なんだけどな。

今のところは管理人室に持ち込んだ、古いこたつで我慢する。

まあでもこのこたつ……オレにとってはラッキーな、意外な効果があった。

こたつという物体は、人を誘い込む性質があるらしい。

管理人室にこたつをセッティングしてからというもの、二階の三号室に住む姫乃さんが、毎日の様にオレの部屋に(管理人室だけどな)オレの部屋に、そう、オレの部屋に遊びに来る様になった。

時にお菓子を持って。

時に宿題を抱えて。

理由は何でもいい。

何をしてくれても構わない。

オレの部屋を訪ねてくれて、こたつに入って一緒の時間を過ごす。

コレが今のオレにとって、最高な時間の過ごし方だった。

何せ、色々と作戦を考えてお誘いしなくても、相手の方からこちらに来てくれるのだ。

こんないい事づくめな事はない。

そして今日も、ひめのんは順調にこたつの住人となるのだった。






コリコリと動かしていた手を止め、ひめのんははあ、とため息をついた。

オレは、興味なさそうなフリをしながらみかんを頬張っていたのだけれど、グイと伸びをするひめのんがこれから休憩であると判断し、立ち上がる。

「あ、ごめんね」

「いいから。おみかんどーぞ。宿題終った?」

「まだ。後もう少しなんだけど……疲れちゃった。一個貰うね」

「どうぞどうぞ」

ひめのんがみかんに手を伸ばすのを確認しながらオレはヤカンに水を入れ、お湯を沸かしながらココアの缶を棚から取り出した。

今まで、ココアなんて自分の部屋に置いた事なんてなかったけれど、ひめのんがオレの部屋に通う様にやって来てくれるので、お出しする飲み物に困らない為に用意した物だ。

コーヒーはあるけど砂糖は無い、だとひめのんは甘味を求めて部屋へ戻ってしまう。

出来れば長い時間居て欲しいし……。

そんなこんなで、自分じゃ使わないココアや砂糖、ガムシロップなんかがオレの部屋に増えていく。

みかんを一つ食べ終わったひめのんは、体は暖かいけど手が冷えたらしい。

スリスリと手をすり合わせている。

こたつの中は暖かいけれど、上はしっかり着ておかないと寒いもんは寒いらしい(オレは別。寒さにゃ強いと思ってる)。

はあと手に息を吹きかけている。

肩を竦め、身を縮めて小さな顔を半分隠す様にするこの仕草がオレは何となく好きだ。

オレみたいなゴツイ奴がやっても何の可愛気もないけど、ひめのんみたいな可愛いコがやれば何だか小動物じみた愛らしさがある。

シュンシュンと音をたててお湯が沸き、ココアを作るとひめのんに手渡した。

「ほい」

「ん、ありがと」

ずずっと啜れば体の内側から温まる。

ちらりとひめのんの方を見れば「早く飲みたいけれど熱くて一気に飲めないんです」という様子でちびりちびりと飲んでいた。

時々、あちっとか言いながら眉をしかめる。

不憫な舌だ。

視線を感じたのかオレの方を見上げると「明神さんは熱くないの?」と聞いてきた。

「熱いよ」

「じゃあ何でそんなずるずる飲めるの?」

「……平気だから」

そうとしか言えないのでそう言うと、つまんなさそうにふーんと目線をココアに戻す。

この、飲みたいのに飲めないもどかしさでちょっと口を尖らす仕草も、オレは何となく好きだった。

冷えた指を温める様に、熱いカップをしっかりと握るひめのん。

よし、かわいそうにと手を伸ばしてふと、以前「明神さんはいつも突然だ」と言われた事を思い出した。

「……ひめのん、手、冷たいか?」

「ん?うん。直ぐ冷えちゃって、困るよね」

「そっか。ええと、ちなみに……オレの手は暖かいです」

「え?」

「いつも暖かいです」

「う、うん……?」

「カップじゃなくて、オレの手握らない?というか、オレに握られませんか?」

「へ……」

ひめのんが唖然とした顔でオレを見る。

アレ、突然だって言われたから、今回はちゃんと前置きしたのに。

何だその顔。

鳩が豆鉄砲食らったみたいなきょとんとした顔。

「……明神さんって……ホント、いつも突然だよね!」

「何でええェェ!!今オレ前フリしただろ!?」

「その前フリが突然なんじゃない!」

じゃあどーしろと。

せっかくの作戦も台無しで、オレは一人不貞腐れる。

ああ、そうさ。

オレは馬鹿ですよ。

目の前に、ひめのんの手が差し出された。

一つ、二つ。

「はい。じゃあお願いします」

「あ、え?……ハイ」

差し出されたひめのんの冷たい手を、オレは握った。

ひめのんはずっと俯いている。

「あったかい?」

「う、うん」

「今後ともご贔屓に」

「……夏になったらわかんないよ」

「まあそう言わず」

オレは冬が大好きだ。

色んな特典がついてくる。

夏は夏で、何かあるだろうからそれを探すとして。

今はとりあえず、この寒さにあやかろうと思う。


あとがき
何となくですが、明神は寒さに強いというイメージがあります。
あのパーカーで廊下をごろごろ転がっている事を考えたら、一月とか二月とか風邪ひくぞ!と思うんですね。
でも風邪ひかなさそうだ……。

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