最高のライバル

大人しくしとけよ。

あんだけ先生に絞られて干物みたいになってた姫乃が、私の忠告を無視してもう一週間学校に来ていない。

二日目に心配になって、恐る恐るうたかた荘を訪ねたら、玄関が無くなっていて中はもぬけの殻だった。

おじいさんが一人ソファーに座っていて、正直幽霊かと思ってびっくりしたけど違った。

そのおじいさんが言うには、どうも旅行に出たみたいだなって、壁には子供が描いた落書きが。

サングラスの男、明神さんと姫乃は直ぐにわかったけど、周りに描かれている人たちには全く覚えがなかった。

ああ、この人達が、本当はこのうたかた荘に居るんだ。

見えないけど居るんだ。

私はその時実感した。

幽霊は存在する。

「姫乃、どこ行ったの?帰ってくるの?」

全身に戦慄が走った。

声が震えた。

今、私の友人は確実に私の手の届かない場所に居る。

関わる事すら許されない場所に居る。

巻き込まれたのか、自分から飛び込んだのか、どっちにしても何かとんでもない事になっている。

そう、思ったんだ。

そしたら、おじいさんが笑った。

まあ、そのうちひょっこり帰ってくるだろうから、あんまり心配しないでのんびり待ってたらいい。

信じてやればいい。

って。

悪いけど、信じられなかった。

「私、姫乃に何かあったら、絶対に許せない。」

力いっぱい拳を握って、壁に描かれた明神さんを睨む。

姫乃は、普通の女の子だ。

それを。

「大丈夫じゃよ。」

おじいさんは私の肩をポンポンと叩くと、私を落ち着かせる様に話してくれた。

明神さんが、いかに責任感を持ってあの仕事をしているかという事を。

もう悔しくて心配で何も出来ない事がたまらなくって、涙が出た。

信じるしかないなら信じるから、姫乃を返して。

「また学校、一緒に行けるよねぇ?」

壁に描かれた姫乃の頬に、ペタリと手を触れてみた。

その答えは、もうちょっと先にならないと聞く事は出来なかった。





姫乃から電話があったのはそれから三日後。

私は、嬉しさと悔しさで電話先でも泣いた。

早く帰って来い馬鹿たれ。

あんた何やってんの。

学校、授業どうすんの?

姫乃は答えた。

もうちょっとかかるの。

でも直ぐ帰るからね。

お母さんも一緒に。

帰ったら全部話すから、心配しないで待ってて。

一番に、エッちゃんのトコ行くから。

馬鹿たれ。

馬鹿たれ。

声が震えてんだろが。

受話器の向こうで、姫乃が大きく息を吸った。

そして吐いた。

『大丈夫!ノート後で見せてね。えーっと、お弁当、何でも好きなおかずあげるから。』

もう姫乃は普段通りの姫乃に戻っていた。

何だ。

どうしてそんなに落ち着いてられるの?

「姫乃。馬鹿。そんくらいしたげるから、早く帰ってこい。」

『姫乃。』

声がした。

受話器の向こう側、姫乃を呼ぶ声。

そっか…あんたが居るからか!

背中がざわざわした。

聞き覚えのある声に、私は怒鳴る。

「コラァ!明神!!姫乃に何かあったら、許さないから!許さないからな!」

暫く間があった。

私は、ちょっと待った。

電話越しの、気配が変わる。

『大丈夫。』

低い、男の声だ。

直ぐわかった明神だ。

「…大丈夫って。本当に?」

『ああ。守るよ。ちゃんと返す。』

落ち着いた声。

怒鳴りつけた私をなだめるでも無い、優しく接するでも無い、淡々とした、何ていうか、覚悟の声だ。

ああ、何処行くんだあんたら。

喉が絞められたみたいに声が出なくて、私は立ち尽くしていた。

それを察したのか、今度はもう少し軟らかい、アイツの声がした。

『だから、そんなに怒らないで待っててくんないかな。お?あ、やべ、十円もうね…。』

プツリと電話が切れた。

…なんだ最後のは。

コラ、明神。

「あの、間抜け…!!!」

小銭位持ち歩けよ!って言いたいけど、最悪小銭すら持っていない可能性もある。

私は何か…気が抜けた。

受話器を握ったまま、暫く呆けていた。

「…ばっかじゃない?」

本当に、何しに行ったんだか。

ああ、多分本当に明日にでも、何でも無かったみたいに帰って来そうだ。

ムカつくけれど、もう信じるしかないならいいや、って気になってきた。

ベッドにごろんと横になったら、直ぐに眠気に襲われた。

当たり前だ。

数日あんまり眠れてない。

大きな欠伸をして、少しだけ身動ぎすると、直ぐに私は眠りに落ちた。





姫乃が帰って来たのはそれから更に数日後。

学校帰りに、どこかボロッちくなった格好で姫乃は現れた。

約束通り、一番に来たよってもう、馬鹿かあんたは。

鞄を思わず取り落として私は走った。

安心して安心して、腹が立って抱き合って、涙が出て頭こすり付けて、頭突きして痛くて、手握って笑ってまた泣いた。

「な?ちゃんと帰っただろ?」

側で笑う明神…さんに、私はとりあえずガンとばす。

「何言ってんですか。連絡取れないなんて事、これから無い様にするって言ったクセに。」

「いやまあそれはそれでこれはこれで。」

べえ、と舌を出したら姫乃が違う違うと慌ててフォローに入る。

「今回は、むしろ私が原因なの。」

「へ?」

それから聞かされた話は、もう壮大過ぎて何が何だか、幽霊が居るって事よりも信じられない事だった…。

「何か…難しい事はわかんないけど、姫乃はこれからも狙われる事があるかも知れないって事?」

「うん。…でも、大丈夫。」

そう言って姫乃は明神さんを振り返る。

明神さんは、にっこり笑って頷いた。

「…悔しいな。」

素直に、私は言った。

「私は、何も出来ないや。」

「そんな事。」

「…オレ的には、そんな事ねえけど。」

何だ、慰めか。

姫乃を取り合うライバルとしては、もう完膚無きまで私は負けている。

私じゃ、姫乃を守ってやれないんだもん。

守る人と、守られる人。

一緒にいるのは当たり前、何かあったら必ず側に居なければならない。

そうしなければならない。

運命みたいな繋がりだ。

「ひめのん、オレの前じゃ泣かねぇもんな。」

ぽつりと、奴は呟いた。






「女友達って、すげえよな。」

「そうかな。」

「エッちゃんを見ろ。オレに対する時、厳しいの何のって。」

「エッちゃんは、私にも厳しいよ?」

「ひめのんって、友情と愛情どっち取るタイプ?」

「そういう野暮な質問は無しです。」

「へいへい。」

「明神さん。」

「へい。」

「好きですよ?」

「…へい。」





私達は姫乃を中心にくるくると回っている月みたいなもんだとしよう。

地球に対して月は一つじゃないといけないなんて、決まってはいないと思いたい。

奴が地球を守る武器の様な月なら、私は盾の様な月であればいいんだ。

どうしてそんなに姫乃にこだわるのかと言うなら、友達と恋人というスタンスの違いはあっても「一番の人」なのだからだろう。

この最高のライバルと手を結ぶには、もうちょっと大人になる必要がありそうだ。

…多分、お互いに。


あとがき
エッちゃんVS明神和解(?)編。
エッちゃんは姫乃の日常のシンボルであればいいと思います(思いますばっかりだ)
姫乃を待つエッちゃんは、あったら凄く心配するだろうなという勝手な妄想です。これどうだと思われたらすみません…。
お題としては、姫乃とエッちゃんが良いライバル的な話でもいいかな〜と思ったんですが、やっぱりこっちでした。
2007.09.23

Back