リアル鬼ごっこ

電話の音が鳴ってそれに出たのが昼を少し過ぎた一時半の事だった。

「はい、うたかた荘」

寝起きの目を擦りながら受話器を握る。

電話が鳴るのは珍しい事で、大体十味のじーさんか姫乃の学校の友達、若しくは案内屋連中の誰かだったりするのだが、今日電話をかけて来た相手は暫く黙っていた。

「?もしもーし。こちらうたかた荘」

消去法で考えると姫乃の友達である可能性は限りなくゼロになる。

姫乃はまだ学校で、友達であるならその子も学校だ。

十味のじーさんならわざわざ電話しないで直接来る事が殆どだ。

昼間なら尚更だ。

残る可能性は、案内屋の誰かかそれ以外の何か。

耳を澄ませて電話の音を聞いた。

ややあって、ぜいぜいと苦しそうな呼吸が聞こえてくる。

そして。

『や……冬悟、クン、かな?』

声はプラチナのものだった。

「どうした?何かあったのか?」

『悪い事は言わない。今から……そうだな、うたかた荘を直ぐに、出た方が……いい』

「あ?おいプラチナ、何があった。オマエ今どこだ」

『逃げろ。出来るだけ早く。じゃあ……伝えたからね。一応……義理は果たしたから……』

「ちょ、オイ!何があった、オイ!」

プツリと、通話は途切れた。

受話器を置き、オレは寝起きだった思考を叩き起こして考えを廻らせた。

電話の感じからしてプラチナの身に何かが起こったのは確かだろう。

姫乃ではなくオレに逃げろと言ってきた事を考えると、相手は「案内屋」を狙っている。

もし姫乃に危害を及ぼす相手ならオレに逃げろではなく「姫乃を逃がせ」と言ってくるだろう。

そしてそいつは、プラチナ程の人物を圧倒出来る相手で、ここに居ればやってくるという事。

オレはフンと言って頬を叩く。

自分に自信がある訳じゃないが、プラチナをやった相手の顔を見ずに逃げるというのはオレの流儀に欠ける。

相手がたとえ化け物だったとしても……一発くらいはブン殴って敵を取ってやらないと。

そうこうする内、また電話が鳴った。

コール一回でオレは出る。

「はい、うたかた荘」

『冬悟か?』

聞こえた声は、湟神澪。

「湟神。どうした?さっきプラチナから電話があったんだが……何かあったのか?」

『白金から……わかった。私が電話をしたのも、その件についてだ』

「プラチナは無事なのか?」

『まあ、生きている。アイツもタフだからな。それより、今直ぐに話がしたい。うたかた荘を出ろ。そうだな……三十分後に咲良山の高台に廃ビルがあったろ。そこで待ち合わせだ』

「わかった。……ひめのんがまだ学校にいる。そっちは大丈夫なのか?」

『むしろ知らせるな』

「了解」

電話を切ると、オレは手早く顔を洗ってコートを掴んで肩にかけた。

予想は大体当たりという事だろうか。

姫乃には、知らせなければ害は無い相手らしい。

なら、とっとと始末して今日の晩飯に間に合えばそれでいい。

「よし、行って来ます!」

体中に血を廻らせて……大声で吠える。

さあ、やるぞ。

相手はプラチナをのした相手だ、油断は出来ない。

そんでも、オレはちょっとだけ笑った。

血が騒ぐ、とはこういう事だった。








まだ三十分経っていないが、廃ビルには既に湟神が待っていた。

「よ」

「来たか」

湟神はいつもの戦闘服に帽子をかぶり、鞄を肩に提げていた。

「時間より早ええな。んで、今回の相手は?」

「それより先に、ちょっとこれを見てくれ」

湟神は鞄を肩から降ろし、一冊の本をオレに投げてよこした。

それを受け取り、ちらりと見る。

その瞬間、オレの全身に戦慄が奔った。

「お……おまえ、これは……」

一瞬にして口が渇いた。

背中に冷や汗をかき、思考がぐしゃぐしゃになる。

その混乱する思考の中で、プラチナとの会話が蘇る。

今すぐうたかた荘を出た方がいい。

義理は果たした。

成る程オマエ、オレに逃げろってそういう事だったんだな。

ちくしょう。

何でもっと……詳しく言ってくんなかったんだ……!!!

「冬悟。そういう事だ」

湟神澪が、すらりと刀を抜いた。







事の始まりはひめのんのこの一言だった。

「明神さんの部屋ってちょっと物がごちゃごちゃしてるよね。片付け手伝うから、一度綺麗にしよ!」

オレの反対をよそに、この大発掘大会が行われるのは日曜日と決められた。

オレは、ひめのんに見られるとマズイ物をどこかに避難させるべく……プラチナのマンションを訪ねた。

「そんな訳で、これを預かってくれ」

「えー、いいけど……☆」

小さめのダンボール箱一つ。

その中には、その……わかりやすく言えば、エロ本だとかそう言った不純かつ生活必需品が入っている。

「ちょっと見ていい?」

部屋にオレをあげ、コーヒーを出しつつプラチナは結構乗り気だった。

「まあ……いいけど笑うなよ?」

言う前からプラチナは箱を開け、中から雑誌を何冊か取り出している。

「わー、冬悟クンの趣味知っちゃった〜。……ああ……」

「何だその哀れみのこもった目は!言いたい事はわかるけど、仕っ方ねえだろ!!」

「だねえ、本人襲っちゃ犯罪者になっちゃうもんね〜。女子高生大全集」

「タイトル読み上げるな!!」

「あ、この子姫乃ちゃんにちょっと似てる〜」

「……オマエもそう思う?」

「うんうん。口の感じとか目の感じとか……。あ、この子結構可愛い〜」

「オマエはそういうの好きな。オレはこの子」

「あっはっは☆わかるう。冬悟クンの趣味わかりやすいなァ」

……等、男同士の話題で盛り上がる事数十分。

何かちょっと腹割って話をして打ち解けた高校男子みたいなほっこりした空気になりながら、手を振って別れたのが二日前だ。

その雑誌が、今、オレの手から零れ落ちた。

湟神が床を蹴ってオレに接近する。

我に返って目前に迫る白刃をかわすと、手から離れた雑誌が真っ二つになった。

あああああああああ!!!

「お……い。今のかわしてないとざっくりいってるぞ!!」

「もちろん、そのつもりだが……」

湟神が刀を握り直す。

いやいや待て待て。

「ちょ、し、仕方ないだろー!!!!」

「問答無用ー!!!」

刀を振り上げる湟神から、オレは尻まくって逃げた。

こんな事で殺されてたまるか……!!!

プラチナ、オマエわざとはっきり言わなかっただろ……!!!

心の中で叫びながら、廃ビルの屋上から飛び降りる。

当然、湟神もそれについてくる。

着地後、走り出そうとすると、突然目の前に水の薄い壁が出来上がり、それにぶつかった。

「な……にィ!?」

「オマエの逃げ足の速さはわかってるよ、冬悟。だから先に……」

すぐさま剄を腕にため、壁に打ち付ける。

バシャ、と音を立てて水の結界に穴があき、そこへ飛び込むと……

「が、ぐ!?」

もう一つの結界に激突した。

「結界を張っておいたよ。三重に」

笑みを浮かべた湟神が、ひたひたと、ゆっくりと近づいてくる。

この壁を崩している内に、湟神とオレとの距離は半分になる。

そして最後の壁を消す頃には、湟神の刃はオレに到達するだろう。

オレは逃げる事を諦めた。

「せ……せめて。この事はひめのんには内密に、頼む……!」

白旗を振って、最後の慈悲を求める。

ここでボコボコにされて、かつひめのんに全てばらされた日には目も当てられない。

鬼の湟神にも、人の心が残っている事を切に願う。

「姫乃に、こんな事を伝えれる訳あるか……!!汚らわしい!!」

カッと怒鳴る湟神。

あ、そっちね。

オレはホッとする反面、怒りながらもエロ本の存在に動揺と赤面を隠せない湟神を内心お子様め、と毒づいた。

「仰る通りです。ホント、申し訳ない」

うやうやしく頭を下げ、こちらが悪いです、という事を全面に伝える。

「……まあ、わかればいいんだが。オマエも姫乃を大事にしているのはわかる事だし……」

かかった。

ここは下出に出てでも、殴られる数を減らしたいトコだ。

「深く反省します。今後、こういった事は無い様……」

「だからな、冬悟。とりあえず目を抜かせてもらう」

そう言う湟神の右手は「ちょき」になっている。

「おおおお!?……落ち着け湟神ー!!」

「うるさい!!姫乃をいやらしい目で見やがって!!」

「ひめのん助けてー!!!」

「逃げるなコラ!!」

逃げる、追われる、追いつかれる、捕まる、その手を振り解く、走る、足がもつれる、転ぶ。

転がったオレの襟首を掴んで引っ張り、持ち上げる湟神。

飛んで来る「グー」。

あ、チョキじゃなくて良かった。









白金の家に澪がやって来たのはとんだサプライズだった。

部屋の片付けもそこそこに部屋へあげ、大慌てでコーヒーとクッキーの缶を開ける。

その澪の目に、一冊の雑誌が目にとまり……これは何だと喧嘩・と言うより大騒ぎになった。

どことなく姫乃に雰囲気の似た女の子があれやこれやな本を手に、澪は白金を一通り殴るとお前はこういった子が好きなのかとポロリと吐いた。

慌てた白金はそれが明神の物である事を暴露し、更に自分のはこっちだと違う雑誌を差し出した。

巨乳大百科。

血飛沫が白金の部屋に舞い飛んだ。


あとがき
下ネタですみません。
澪さんを出すと、明神と白金は毎回酷い目に合う流れになってしまう様です。
バレンタインネタが間に合わず、ああ仕方ないねと書いたのがコレですが……えらい差です。
2008.02.15

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