ラリー

最近、うたかた荘が騒がしくなってからというもの、明神の気苦労は絶えなかった。

もちろん、沢山いい事もあっての気苦労だけれども、先立つものが追いつかない。

ご近所さんからはポルターガイストが起きるアパートと噂され、毎日どこかしらが壊れ、粉砕し、また己もその騒動の渦の中へと飛び込んでしまう。

この環境を変えたい(出て行けお前ら)とは思わないのだけれども、磨り減っていく財力と体力と精神力は明神の目の下の隈にしっかりと刻まれた。

「やあねえ〜オジサン臭い。苦労が顔に出てるわよ〜、ああはなりたくないわね。ねえ〜!キヨイ!」

キヨイに抱きついたままふわふわと浮かぶコクテンをもう少しで蹴り倒すところだった。

そんな明神を見かねて。

「明神さん、気分転換に買い物行きません?お散歩がてらに。」

姫乃が声をかけた。

そんなに見るものもなかったけれど、近所のスーパーや百貨店をぶらぶらうろうろ。

買い物するのはほとんど姫乃で、明神は気が付けば日用大工のコーナーを見ている自分に寂しくなった。

「オレ、何屋だっけ…。」

百貨店の屋上で一休み。

ベンチに座ると明神はそう呟いた。

となりで姫乃は苦笑い。

「でも、騒がしいけど楽しいよね。毎日。」

「…まあなあ。もうちょっと物が壊れたりするのが減ってくれたらなあ…。」

ぼやく明神を見て、姫乃は立ち上がる。

「飲み物買ってくるから少し待ってて。荷物だけ見張りお願いします!」

「うーす。」

パタパタと走る背中を目で追った。

黒い髪が揺れている。

今日は休日なのでこの屋上にも沢山の人がいた。

丁度アズミ位の子供が100円を入れると数分の間音楽を鳴らして動く乗り物に夢中になっている。

「お待たせ!」

はい、と手渡されたコーヒー。

疲れていると思い気を使ったのかいつものブラックではなくカフェオレ。

自分はココアを手にしている。

「熱いから、気をつけてね。」

「サンキュ。」

カシュ、と小さな音をたてて缶を開ける。

それを口に運ぶと甘い味が広がった。

「アズミ連れて来てやれば良かったな〜。」

走り回る数人の子供達を目で追いながら明神が言った。

「そうだねえ。まだここには一緒に来たことないし。きっと喜ぶね。」

無邪気に遊ぶ子供達を見ながらココアを一口飲むと、姫乃が何か思いついた様に明神の目を覗き込む。

「ね、明神さん。」

「何?」

「もし、私に子供が生まれたらさ。」

ぶっ!!

飲みかけのカフェオレを噴水の様に噴出す明神。

周りの視線が一気に集まり、慌てて姫乃がハンカチを取り出す。

「だ、大丈夫!?どうしたの急に!」

「どうしたもこうしたも…。あイテ、鼻に入った。」

ポタポタと垂れる雫を拭き、落ち着きを取り戻すと今度は心の準備を済ませて姫乃と対峙する明神。

「で?何だって?」

ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。

「うん。だから、もし私に子供が出来たらね。明神さんみたいな男の子がいいなって、思ったの。」

えへへ、と少し照れくさそうに言う姫乃。

ポーカーふぇいす…。

駄目でした。

「そ、それって。こう、何ていうか。」

いやいや!早合点してはいけない。

姫乃の事だから「明神みたいな子=明神の子」の図式が頭の中で成り立っているとは限らない。

確かに、今二人は世間で言う付き合っている関係にある。

けれど、相手は姫乃だ。

世間一般の常識は通用しない。

ここで墓穴を掘ると大そう居た堪れない空気が出来上がってしまう。

姫乃からサーブされた爆弾を、明神は軽いトスで返す事にした。

「そうかあ?…生意気で可愛くないガキだぞ。オレみたいって。」

どうだ。

見事なトスだろう。

「そうかなあ…。私は結構可愛いと思うんだけど。多分素直じゃないけどさ。明神さんに似てたら、きっと私にはなついてくれると思うんだ。」

アタック!!

顔面に爆弾がめり込んだ。

ぽろりと落ちたのを必死で拾ってレシーブで返す。

「そ、それは確かにそうだけど…。ほら、オレとは仲悪いと思うよ?ひめのんの取り合いになったりしてさ〜。」

少し、様子を見ながら強めのレシーブへ。

「あはは!ありそう!でも大丈夫だよ〜。私はお父さんのですって、言ってあげるから。」

アタック!!

鳩尾に爆弾がめり込んだ。

倒れそうになるのをふんばって我慢する。

…これは、爆弾ではない!

明神は確信した。

姫乃はちゃんとわかって言っている!

爆弾と思ったけど違った丸いボールを、明神は優しくトス。

「オレはひめのん似の女の子がいいな。きっと目に入れても痛くない位可愛い子だと思うし。多分デレデレになるなあ。」

「あ、じゃあきっと私が嫉妬しちゃう。」

姫乃がプウ、と頬を膨らませる。

可愛い。

気分がとても幸せなものになった。

明神は、そっと手を伸ばすと姫乃の手に乗せる。

軽く握ると姫乃が嬉しそうに笑った。

「あ…。ひめのん。じゃあ、こ、子作り、しますか?」

「え?…す、直ぐ?」

みるみる、姫乃の表情が驚きと羞恥で赤くなる。

しまった!!!早まった!!

明神の最後のアタックは、ネットに引っかかり己の足元にゴロリと転がった。

更に最悪な事に、爆弾ではないと思っていたボールは、やはり爆弾だったのだ。

自爆。

「や、やだ明神さんてば!もっと先の話!」

姫乃が顔を赤くして手をフルフルと振る。

「そ、そうだな。そりゃそうだよな〜。ひめのんまだ高校卒業してねーしな。」

そう言って、その台詞は「卒業したらね!」という裏返しにも取れると後で気付く明神。

「いやいや!!何ていうか…。スミマセン早とちり。」

ガクリと頭を垂れた。

惨敗。

会話が成立しているけれど、お互いの感覚と時間軸がズレている、という事はままある。

これはその中でもあまり宜しくないパターンだった。

気分転換に外に出たけれど、逆にぐったりとベンチにもたれる。

オレって…アホ。

泣きたい気分になってきた。

ゆっくりと日が傾きはじめている。

もうそろそろうたかた荘に戻らなくてはならない。

屋上から出て、エレベーターに乗り込む。

丁度誰も一緒に乗る人間がいなくてまた気まずい。

ため息ついて、頭をガシガシ掻いていると、姫乃がつつつ…と身を寄せてきた。

ピタリとくっつくと腕を絡ませる。

「え、と?姫乃さん?」

「…卒業したら、ね。」

一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

「あ。……はい。待ってます。」

最後の最後に、姫乃に救われた。

そんな気がした。

うたかた荘に戻ればまた大騒動。

ガクは今まで二人でどこへ行っていた!とハンマーを振り回し、そのハンマーがたまたまグレイに当たって別の喧嘩が始まり、それを見たゴウメイが勝手に参戦し、エージが飛び入り、明神が怒号と共に止めに入ったまま乱戦に巻き込まれ、コクテンとキヨイはそれを哀れな目で見つめ、アズミが踊り、ツキタケはもう慣れたと言わんばかりにのんびり雪乃と囲碁をする。

「…はは。いつも通りか。」

後数年後、ここはどうなっているだろう。

このまま何も変わらなかったらいい。

…もう少しだけ静かでもいいけれど。

そんな事を考えながら、姫乃は「卒業後」のうたかた荘に思いを馳せた。


あとがき
ちょっとドタバタです。
もう少し明神がへタレじゃなくてもいいのですが、癖で(え?)
2007.01.08

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