キウピッド

「おいヒメノ、さっき明神が呼んでたぞ。」

「え?ホントに?ありがとう!」

にっこり笑う顔が、どうにも好きだ。

別に、これが恋だとかなんだとかは置いておいて、ただいいな、と思う。

そう言っとく。

ガクみたいにスッ飛んだ考え方は出来ない。

好きなモンは好きだと割り切る事は出来ない。

だって死んじまってる。

身長も年齢も離れる一方、追いつくなんて絶対無理。

オレはうたかた荘で、最も現実主義者だ。

常識人だ。

…幽霊が非常識だという事は置いておく。

常識をわきまえたオレが、常識人らしく自分の何かが満たされる方法を考えたら、コレしか無いと思った。

「おいヒメノ、明神今日は帰り早くなるってよ。全く、いちいち人に伝言頼むなっての。」

「わ、そうなんだ。ありがとう!」

「ヒメノ、明神がさっき屋根上ってたぞ。二人きりになるチャンスじゃねーの?」

「もう!マセた事言わないの……屋根、に行ったの?」

笑ったり拗ねたり照れたり。

くるくる変わるヒメノの表情は本当に見ていて飽きない。

だからせめて、一番いい笑顔の元になるアイツの名前はせいぜい利用させて貰う事にしよう。

やってる事は、ヒメノの背中を後押しするって事になってる気もするけど、どうせ叶う事がねーんだから、オレとしてはあの笑顔が見れたらそれでいい。

妥協でも構わない。

そう思っておいた方が精神衛生上良いに決まってる。








「ねーねー、エージ君。この服と、こっちと、どっちがいいと思う?」

夕食後の開いた時間、暇つぶしにと部屋に訪れたエージに、姫乃はいきなり二枚の服を突きつけ、質問をした。

「な、何だよ。どっちって、別にどっちでもいいんじゃねーの?」

「どっちでもじゃなくて。どっちかにしないといけないから悩んでるんでしょ?」

「オレに聞くなよ。わかるわけねーじゃん女物の服なんて。」

エージはげんなりしながら床に座った。

面倒臭そうにしながらも、部屋から出て行く気な無いので座ってじとりと横目で姫乃が手にした服を見る。

片方はブルーのワンピース。

飾り気は少なく、シンプルなデザインで、麦わら帽子でもかぶれば良く似合いそうだった。

もう片方はフリルの付いた白いシャツに、ふわっとしたピンク色のスカート。

シンプルでやや大人っぽいデザインか、はたまた可愛らしいデザインか。

二枚を床に並べ、姫乃はううん、と腕を組んで唸る。

「何だよ。デート?」

「……買い物に行くだけ。」

「アホくせ。」

言うとエージは床にごろんと寝転がった。

「本人に聞いてみりゃいいだろ?」

「み、明神さんと、何て言ってないでしょ?」

「…オレ明神なんて一言も言ってねー。」

「うぐ…。」

姫乃は返答に詰まった。

こんな時に、上手い言い訳や嘘をパッと言う事が出来ないのが、姫乃のいいところでもあり、弱点でもある。

大抵は「いい所」という風に評価されるけれど、本人にとっては死活問題となる。

これまで散々エージにからかわれて来たけれど、ちゃんと言い返せた事はない。

よっこいせ、とエージが起き上がる。

あぐらを組んで姫乃と向き合うと、面倒臭そうな顔のまま勝手に恋愛相談を始める。

「まだ好きって言ってねーの?」

「す、好きとか、そんなんじゃないもん!」

「はいはい。」

「あ、大人を馬鹿にして!」

「ヒメノだってまだ子供だろ?」

「年上だもん。」

「ハイハイ。」

「ハイは一回!」

叫ぶ姫乃を無視して、エージは床に並べられた服を見比べる。

「適当に決めたら?明神が好きそーなやつで。」

「適当に決められないから聞いたんじゃん。」

プク、と頬を膨らませて姫乃が拗ねる。

「これ、オレが怒られるとこか?」

「いいから。どっちがいい?」

「……オレに聞いても仕方ねーだろ?ガツンと本人に言ってみろよ。」

いつもこうやって背中を押してやるたんびに何とも言えない複雑な気持ちになった。

せめて期待するのは、この後姫乃が「上手くいったよ!」と、笑いかけてくれる事だ。

この相談だって、二人だけの秘密の時間だとエージは思っている。

貴重な、二人きりの時間だ。

「言えたら、苦労しないし。」

「苦労しろ。」

「もう。それはそうだけど、置いといて、どっちが似合うかなって事が聞きたいの。エージ君の意見をお願いします。」

「だから、オレの好み言っても仕方ねーだろ?」

「いいの。誰かの意見が聞きたいんだもん。エージ君はどっちが似合うと思う?」

何て残酷な奴なんだお前はと文句が言いたい。

けれど、自分の意見を求めてくれた事は嬉しい。

「オレの好みでいいのか?」

「うん。」

「……じゃあこっち。」

指を指したのはブルーのワンピース。

きっと似合うだろうと想像して。

隣に居るのは自分じゃないけれど。

「ありがとう!」

そう言って姫乃は笑うと、ワンピースを掴んで立ち上がる。

胸に合わせて姿見を眺め、一言、よし!

「よし!じゃねーよ。」

あははと笑う姫乃を残し、エージはじゃあなと部屋を後にする。

それから壁を抜け、管理人室に直行する。

ちょっとやらなくてはならない事がある。

中に入ると管理人が部屋の中を落ち着き無くウロウロしていた。

「お、エージ。何か用か?」

言葉もどこかしらぎこちない。

その明神を、ハ、と鼻で笑うエージ。

「明日お買い物だってなあ〜明神。」

ビクリ、と明神の肩が震えた。

油の切れた機械の様な動作で、明神が振り返る。

「……誰に聞いた。お前。」

「ヒメノに決まってんだろ。甲斐甲斐しく明日の準備してたぞ。どっちの服がいい?何て聞いてきた。脈アリじゃねーの、明神。」

「ば、ば、馬鹿言うんじゃありません!」

「褒めてやったら?服。きっと喜ぶぜ。」

「あのな!」

「じゃあな〜。」

慌てる明神を一人残して部屋を去る。

これで仕込みは終わり。

さあ。

明日「買い物」から帰った姫乃がお礼を言いに会いに来る時を、エージは待とうと思う。

「明神、ヘタレるなよ。」

屋根の上で一人呟きながら、エージは明日見せてくれるであろう姫乃の最高の笑顔を想像した。


あとがき
久々にエジ姫です。
エジ姫は書くとどうしても悲恋というか、可哀想な感じになるのですが…明姫前提はどうしても置いといて、という事が出来ません。
さわやかエジ姫とかも、書いてみたいのですが。
2007・08.10

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