ペルソナ
「明神さんって、昔好きな人とか彼女とかいたの?」
夕食後、ソファーに並んで座り、テレビをぼんやり眺めていると姫乃が言った。
「…彼女はいなかったな〜。オレモテないし。学校もまともに行ってなかったしなあ。」
デザートに出されたイチゴをひょいと摘む明神。
夕方頃、十味が持ってきてくれた物だった。
綺麗なガラスの皿に置かれた不揃いな赤い粒。
もりもりと口を動かしていると、その明神を姫乃が覗き込む。
「な、何?」
「モテなかったんだ。何だか不思議〜。明神さんカッコいいのに。」
「そう言ってくれんのはひめのん位だよ。」
明神が言って笑うと、何故か姫乃が頬を膨らます。
「え、何でひめのんそこで怒る?」
「だってさ。私がおかしいみたいな言い方するんだもん。明神さんはカッコいいの!皆の見る目が無いんだよ。」
ツン、と澄ましてそう言う姿が可笑しい。
「見る目が無い訳じゃないと思うぞ〜。オレ昔はヤンチャだったし。この白い髪も変だしなあ。」
「だから変じゃないって。」
「それはひめのんがオレを知ってるからそう言うんだよ。初めて会った時は変態ー!って言ってただろ?」
「…それは、そうだけど。」
口ごもる姫乃。
一度口に出してしまった言葉は消してしまう事が出来ない。
あの時自分にも霊が見えていたらなんていう事も無駄な考え。
黙ってしまった姫乃にイチゴを差し出す明神。
顔を上げ、ちらりと明神を見てから受け取る姫乃。
姫乃がそれを口に運ぶと、明神は満足そうに笑った。
「他人とのコミュニケーションとか苦手だったしなあ。ああでも、「明神」が死んで一人になってからはこのコートとサングラスで「明神」になりきってさ。そしたら何でも笑い飛ばせる様になったんだ。」
そう言いながら、丸いサングラスをクイと持ち上げる。
「…じゃあ、今の明神さんはどっちの明神さん?」
「ん?」
姫乃の言葉の意味が解らず聞き返す。
「だから、今の明神さんは「明神さん」になりきってる明神さん?それともホントの明神さん?」
姫乃が手を伸ばす。
明神のサングラスをそっと外す。
大人しくそれを姫乃に外される明神。
白い髪が揺れて、それを綺麗だな、なんて姫乃は考える。
目が合って、暫し見詰め合う。
「…どっちだと思う?」
「…そういう質問は、意地悪いと思う。」
そう言って目をそらす姫乃の顔を、明神の目は追いかける。
その視線から逃げる姫乃。
「…先代の明神さんに会ってみたかったな。」
「何で?」
「先代の明神さんに会ってさ、観察して。それから明神さんに、全然似てない!って言ってやるんだ。」
「そりゃ困る。」
笑いながら、姫乃を捕まえ抱きしめる。
自分を守る「明神」の仮面は、いつからか必要がなくなってしまった。
代わりに、小さいけれど大きな盾が今この腕の中にすっぽりと納まっている。
残された黒いコートとサングラスは、いつのまにか身に馴染んだ。
これも自分の一部である様に思える様になった。
「…でもさ、先代の明神さんも、エッチだったんだよね。澪さんが言ってた。そういうトコは似てるのかな。」
思ってもみない姫乃の発言に明神は目を丸くする。
「あ?何で!?抱きしめたらエッチか!?」
「…こないだ押入れの中に見つけたもん。」
「…何を。」
思い当たるフシは無い。
無いけれどこう言われるとついもしかしたらと思ってしまうのは男の悲しい性だ。
「…大量の、エッチな本。」
その言葉を聞くと、明神はげんなりした。
「…ありゃオッサンのだ。」
「そうなの?」
「あそこ元々明神の部屋だったから。あんまいじってねーんだ。」
それを聞くと、姫乃はほっとした顔をした。
あの部屋にあるもの全て、明神の物だと思うと触れなかったのだが、この際害がある物は封印するか捨てるかした方がいいのかもしれないと明神は改めて考え直した。
「そうだったんだ。良かった。…じゃあ、明神さんは、あの本一回も見た事ないの?」
ほっとしたのもつかの間、質問の矛先が変わった。
「へ?」
一回も、と言われると答えはNOだ。
いやそりゃ男だし、興味が全くないとは言わないし。
というか、見たいと思う方がむしろ健全だと思うのだが。
姫乃の目が「まさか明神さんはそんな事しないよね」と語る。
これで「いやそりゃ一回くらいは」と言った時、姫乃がどんな目をして自分を見るかと想像してみる。
結果は、想像もしたくもないというものだった。
もういらなくなった筈の仮面を、明神は急いでこさえる。
何にも動じない、冷静沈着な大人の男の仮面だ。
「…ないよ。」
「本当に?」
「うん。ない。一回も。ほら、あんまいじってねえって言っただろ?」
「ふーん。…じゃあどうしてある事知ってるの?」
頭をフル回転させる明神。
「…明神が読んでるのを見た事あるから、多分ソレだろうと思って。」
「そっか。」
「うん。」
「ふーん。」
「ああ。」
「まあそれならいいんだけどね。」
「おう。」
姫乃の手からサングラスを取り返すとさっとかける。
「ひめのんイチゴ残ってんぞ。後全部食っちまえよ。」
「え?いいの?」
「ああ。ひめのん好きだろ?」
「うん。ありがとう。明神さん。」
姫乃は笑うと残ったイチゴをひょいひょいと口へ運ぶ。
立ち上がる明神。
「じゃあ、オレ先風呂入って来ようかな〜。」
「うん。行ってらっしゃい。」
見送る姫乃。
スタスタとその場から遠ざかる明神の背中に、姫乃はポツリと呟いた。
「…嘘吐き。」
明神の肩がビクン!と震えた。
「…嘘じゃないよ。」
「うーそ。」
「嘘じゃないって。」
「じゃあ私の目を見てみなさい。」
そう言って、姫乃は再び明神のサングラスを取り上げる。
向き合う二人。
二秒ともたず。
「………ごめんなさい。」
ジイと睨む姫乃。
うろたえる明神。
あっさりと、明神の嘘を見抜いた姫乃。
パラパラと音を立てて、急ごしらえの薄い仮面は剥がれていった。
「だから、違うんだって!そこにあったら思わず手が伸びちゃって。っていうかホントに数回しか見てないってマジで!だってオレひめのんしか興味ねーもんだけどほら!色々と大変なのよ男って仕方ねーのよ!その辺はそろそろ解ってクダサイ。ああでもさ、ひめのんがさせてくれたら万事解決するよ?って冗談だって!!そこ笑うトコ!!何その尖ったモノ。そんなので殴ったら大変な事になるよ聞いてるひめのん?どこでそんなドメスティックな事覚えたの!あ、あれだろ湟神だろ。湟神だな。そんな事ひめのんに教えたのは。ちょっと、ひめのん聞いて…!!」
次の日。
明神は「明神」の負の遺産を全てダンボールにまとめると押入れの奥深くに封印した。
あとがき
最初は真面目な話を書こうとしていました。
女の子の嫉妬も恐ろしいのです。
2007.03.20