パブロフ

小さい体を抱きしめてキスをする。

こういう時はジッと大人しくしているのが可笑しいし、微笑ましい。

唇を離すと、小さく「ぷは」と息をするのが癖。

「…息、止めなくてもいいんだぞ?」

そう言ったら、忘れてたと言って笑った。

オレは姫乃の、この「ぷは」を聞くのが好き。

だから本当は呼吸をするのを忘れてくれた方が嬉しかったりする。

「姫乃。」

呼ぶと、姫乃はオレを見上げる。

頬を指で撫で、真剣な顔で見つめると赤い顔して見返してくる。

身長差があるから姫乃は目一杯首を上に傾けて、オレは下に傾けて。

でも、姫乃は10秒位で耐えられなくなって俯いてしまう。

首がしんどくなってじゃない。

恥ずかしくなって。

「姫乃。」

呼んだら、少し困った顔して首を上げる。

もう一度目と目を合わせて…何もしないで黙ってるとまた目を泳がせて俯く。

「姫乃。」

更に呼んだら、今度はからかってるのかと怒られた。

怒った顔が可愛くて笑ったら、怒ってるのに笑うなとまた怒られた。

腕を肩に回して引き寄せると途端に大人しくなる。

…本当は腰に手を回したいところだけど、そうするとオレがかなり屈まないといけなくなる。

ここは肩で我慢。

再び、目と目が合う。

オレの口元が緩んだのを見ると、姫乃はパッと目を閉じた。

これで大丈夫と言わんばかりに堂々とオレのキスを待つ。

勝ったと言いたげな誇らしげな顔を見ていると、ちょっと意地悪したくなる。

姫乃の体を更に引き寄せ、抱きしめる。

一瞬、姫乃の表情が緊張する。

オレは右手で姫乃の体をしっかりと固定すると、息を大きく吸った。

そして、余った左手で姫乃の鼻をつまむと、キスをした。

姫乃が硬直するのが右手越しにわかる。

オレは笑いそうになるのを我慢する。

ここで吹き出しちまったら意味がない。

いつも呼吸をするのを忘れているけれど、忘れているのと出来ないのとでは勝手が違うのか姫乃はもぞもぞとオレから逃れようとする。

しゃがんで逃げようとするから、オレもかがんで追いかける。

ぺタリと床に座り込み、腕を突っ張って引き剥がそうとするけれど、まだ逃がさない。

もがく姫乃。

拳でポカポカとオレを叩きだしたので、口を離してやる。

「ぷっはー!!!!」

その瞬間、息を大きく吸い込んで、ゼイゼイと肩で息をする。

…やりすぎた?

「おーい…ひめのん、大丈夫か〜?」

床に頭を付け、丸まる背中をさすってやると、姫乃がキッとこっちを睨む。

涙目だ。

「こ、ころ…す、気!?」

「ごめんごめん。つい。」

「つい…じゃ、ない、よ!!」

細い腕を振り回して怒る姫乃を何とかなだめようと頭を撫でたら振り払われ、手を掴むと噛み付かれた。

仕方なく、オレは腕を噛み付かれたまま頭を撫でる。

「怖くない、怖くない。」

「反省してるの!?」

頬っぺたをぎゅうと引っ張られた。

…結構、本気でつねってる。

「ふいふぁふぇん。」

一応謝ると、手を離して口を尖らせて拗ねる。

「…怒った?」

ひりひりする頬を押さえて訊ねる。

「別に!」

姫乃は目を逸らす。

「怒ってるだろ。」

逃げた視線の前に顔を追いかけると、ぐるんと逆を向く。

「さあ!?」

「姫乃。」

声のトーンを少し下げ、呼ぶ。

姫乃が条件反射でこちらを向く。

オレが微笑み、姫乃はしまったと慌てて目を逸らす。

「姫乃。」

もう一度呼んだ。

姫乃は俯いたまま。

「姫乃。」

手を引いて立たす。

「姫乃。」

「…はい。」

まだ俯いたまま。

「姫乃。」

「はい。」

顔を上げた瞬間を狙って、オレはまたキスをする。

今度はちゃんと。

唇から、「愛してる」を全部注ぎ込む。

髪を撫でる。

姫乃の腕は小さく折りたたまれてオレの腕の中に納まっている。

唇を離すと、姫乃はまた「ぷは」と言って微笑んだ。

「姫乃。」

ぎゅうとオレの服を掴む姫乃。

背伸びして、ぐいと顔を寄せる。

額にキスをすると、少し悩んだ顔をしてもう一度顔を上げる。

「…こっちなの?」

おでこを撫でる姫乃。

からかっただけと言うとまた機嫌を損ねそうだ。

オレは笑ってもう一度キスをした。

名前を呼べばキス。

だから呼べば、オレを見上げる。


あとがき
ちょっと、S気味な明神さん。珍しく「超」明×姫です。攻め明神です。
腹黒いです。でもこう、姫乃をかいぐりかいぐりする感じの…良くないですか?良くないですか…。
2007.02.25

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