パブロフ・逆襲編〜返り討ち風味〜

やられっぱなしは好きじゃなくて。

いつもいつも、大人の余裕を振りかざして遊ばれるのは腹が立つ。

どうせなら、たまには。

顔色変えて、目を逸らす。

そんな顔だって見てみたい。

どうしたらそんな顔が見れるんだろうと考えて、思いついた。

いつもひめのん、って私を呼ぶ明神さんが、姫乃って呼ぶとドキッとする。

だから私も名前で呼んでみよう。

今日は逆襲の日だと勝手に決めて、管理人室へと向かった。

管理人室で背中を丸めて、足の爪をパチパチ切ってる明神さんにドキドキしながら声をかける。

「明神さん。」

思わず、口から出たのは言いなれた「明神さん」。

しまった間違えたと思っていると、んあ〜?と、間抜けな声が返ってきた。

どうかした?何かあった?

…前触れなく声をかけると、いつも返って来るのは何かあったのかと私を心配してくれる言葉。

管理人として、後、私を保護する者として。

やり返してやろうと意気込んで来たのに、いきなり気持ちが丸くなってしまった。

…いけないいけない!!

私は自分に気合を入れなおす。

背中をピン、と伸ばしてふう、とため息。

そう。

ちょっと失敗しちゃたけど、まだまだチャンスはある…ハズ。

「ちょっと、お邪魔するね。」

私は意を決して部屋に入ると、明神さんの前に正座する。

明神さんは手を止めて、私の方をきちんと向き直す。

あれ?

…しまったー!!

よく考えたら「不意打ち」するから以外な顔が見れる訳で、こんな堂々と目の前に座ってしまったら意味が無い。

明神さんは私が何を言うか待っている。

私の計画では明神さんを「急に」冬悟さんって名前で呼んで、びっくりさせるつもりだった。

言うなら、明神さんの背中にがいい。

だって「冬悟さん」だなんて私だって言い慣れてない。

言う時、私の方まで照れてしまったらこれも意味が無い。

「どうした?」

心配そうな声。

どうしよ。

どうしよ。

何か言いかけて、言葉が出なくて口を噤んでしまう。

明神さんはそれをどうやら、何か大変な相談をされようとしていると感じてしまったのかとても真剣な顔で私を見ている。

「あ、そんな大した用事じゃないよ。ホント。」

「なら、ちゃんとこっち向けよ。」

墓穴を掘ったと後悔したって、時間は元に戻ってくれない。

そろそろと顔を上げると、明神さんの表情は真剣を通り越して怒った様な、困った様な顔をしている。

何かあるなら言いなさい、心配なんだから。

そんな顔。

何だか、とても悪い事をしてしまった気持ちになってしまった。

…私は、全部白状した。

明神さんは目を丸くして(ある意味、いつも見れない顔が見れたのかな…。)それからお腹を抱えて大笑いした。

悔しいけど何も言い返せないのが更に悔しい。

「そんなに笑う事ないでしょ!?」

目に涙まで浮かべて、ヒーヒー言ってる明神さん。

「ああ、悪ィ、悪ィ…。まさかっ、そんな事でそんな思いつめた顔してるとは思わなくって…。」

あんまり笑うから、私はちょっと拗ねて顔を逸らす。

「あー、じゃあさ。ひめのんちょっと名前で…呼んでみて。」

「い、今!?」

「いやそりゃそうだろ?」

明神さんが姿勢を正す。

あれ、ちょっと、気持ち、心なしか、少しだけ。

明神さんが照れた様な顔をした気がした。

「と、冬悟…さん。」

「…おう。」

勘違いじゃなくて、確かに明神さんが照れくさそうに笑った。

「…今、明神さん、照れてるの?」

聞いてみたら、明神さんは目を逸らしたまま口元をもごもごと動かしている。

「まあ、何だ。やっぱたまにはこういうのも、いいな。」

私は嬉しくって嬉しくって舞い上がった!

「冬悟さん!」

「うす。」

「冬悟さん!」

「はいはい。」

「冬悟さん!!」

「…ハイ。」

「冬悟…わー!!!」

明神さんが覆いかぶさってきて突然視界が反転する。

ぎゅううと抱きしめられて息苦しい。

「ひめのん、こうしよう。」

その体勢のまま、明神さんが言う。

「ひめのんが冬悟っつったらオレはひめのんを抱きしめる。」

「へ!?」

「嬉しいから。」

「そ、そうなの?」

「うん。」

「じゃ、じゃあそうしよっか…。」

この時の私は、それが一体どういう事を意味するのかちゃんと解ってなかったと思う。






夜遅く、寝付けなくて姫乃は何度目かの寝返りをうった。

ため息を一つ吐くと、むくりと起き上がり、枕を抱えて部屋を出た。

階段はどこを踏めば大きな音が出るのかすっかり把握している。

つま先でじぐざぐに階段を降りる。

そろそろと廊下を抜けて、管理人室のドアをそっと開ける。

「明神さん。」

小さな声で呼びかけるも明神は眠っているのか背中を向けたまま転がっている。

「…とうご、さん。」

よりか細い声が明神を呼ぶ。

ゆっくりと明神の体が起き上がり、姫乃を手招きする。

目を擦り、ふわあと大きな欠伸。

ぐぐぐと伸びをして、がら空きになった胴体に姫乃がしがみ付く。

眠れないのか?と明神が聞くと、何も言わず頭をふんふんと縦に振る。

明神はその姫乃を抱きしめて暖める。

「姫乃。」

明神が呼んだ。

姫乃がゆっくりと明神を見上げた。


あとがき
続けるつもりはなかったのですが、続いてしまいました。
初めは姫乃サイドを書こうかな〜と思って、止めて続きに。
結局「姫乃」も「冬悟」も明神の勝ちという事で…。
2007.02.26

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