パブロフ・第二章〜反抗期風味〜

空がピカリと光り、ドドンと大きな音がした。

その直後、雨がざあざあと降り始める。

「わ。」

「お。」

リビングでくつろいでいたうたかた荘の生きた住人二人は、ピタリと手を止め窓を見る。

「わ!わ!いきなり降って来た!洗濯物濡れちゃう!!」

慌てて外に飛び出す姫乃と、それを追いかけて手伝う明神。

「ひゃー、凄い雨!」

「今日降るって言ってなかったよなあ。」

「にわか雨があるかもって…うわ!」

近くの空に、光のひび割れが入るとドドンと激しい音。

姫乃は一瞬目を閉じ、肩を竦めた。

「ひめのん、これで全部入れたぞ。」

「あ、うん!」

明神の言葉で瞳を開ける。

家に飛び込むと急いで窓を閉めた。

風が強い。

窓を開けていると容赦無く雨が降り込んで来る。

「あ、そういえば二階の窓、全部開いてるよ!」

「なぬ!?」

使っていない部屋も、たまには風を通し掃除をしないと嫌な空気が溜まってしまう。

その為に時々窓を開けていたのだけれど、昼を回って突然の雨。

慌てて階段を駆け上がる二人。

その時。

パッと窓が明るくなったと思うと、その直後に今までより大きな音が鳴った。

「きゃあ!」

思わず、明神の腕の中へと逃げ込む姫乃。

とっさにその体を庇う様に抱きしめる明神。

「…。」

「…。」

ざあざあと雨の音。

「お、驚いた…。」

「あー、オレもびっくりした。」

「あの、ありがとう。手、その…。」

「あ、ああ悪ィ。咄嗟に、つい。」

明神はパッと腕を広げ、中に閉じ込めた姫乃を解放する。

恐る恐る、姫乃は腕から抜け出す。

まだ雷は鳴り止まない。

空が光り、姫乃が肩を竦める。

特に雷を恐れない明神は怯える姫乃をよそに、一人あっけらかんとしている。

「大丈夫か?」

「うん。えっと…、窓閉めないとね。」

「おう。ひめのんここ居る?」

「あ、ううん!一緒に行く!」

一人残るのも、それはそれで恐ろしい。

姫乃は明神の後を追いかけた。

幾つもある部屋を一つづつ回って窓を閉める。

手分けして回れば時間も半分なのに、姫乃は明神の後をついて回る。

その事について明神は何も言わなかった。

優先的に人が住んでいる部屋に向かった為、姫乃の部屋の被害はさほど無い。

ぐるっと回って最後の一部屋。

姫乃は明神の背中に隠れながらその部屋に入り、電気を点けた。

空は真っ黒で、時々稲妻が光って見えた。

明神が部屋の奥に先に進んで窓に手をかけた時。

閃光で明神と姫乃の視界が、真っ白になった。

その直後。

耳を劈く程の轟音。

姫乃の悲鳴は落雷の音に掻き消えた。

どうも近くに落ちたらしい。

ふっと、電気が消えた。

「…。」

「…停電、か?」

薄暗くなった部屋の中に、何となく動けない二人。

耳を押さえ、しゃがみ込む姫乃と、窓に背を向け、その姫乃に覆いかぶさる様に重なる明神。

ざあざあと振り続ける雨の音と、近くに、遠くに、雷の音が響いている。

「…し、心臓が、ドキドキしてる。」

「おう、さすがにビビッた。寿命縮むかと思ったよ。」

「え?…うん。」

明神の手は、姫乃の肩と頭に回されている。

顔は頬に息がかかる程近い。

姫乃は明神の腕の中で動けない。

「ひめのんって、雷苦手?」

「え?」

「震えてるし。さっきもオレの後ろにずっとついて来てたし。ひめのんって怖がりだな〜。」

はっはっはと笑う明神。

姫乃は、顔を赤くして、少し俯く。

「…バカ。」

「ええ!?」

明神の腕から「えい」と飛び出すと、ドアへと駆け寄る。

「明神さん、早くブレーカー上げて下さい!私怖がりだから、暗いのも、雷も大嫌い!」

「あ、はい。ゴメンなさい。」

明神は慌てて管理人室へと向かう。

姫乃を置いて、部屋を出ると長い廊下を走る。

「あ、ちょっと!置いて行かないで!」

それを慌てて追いかける姫乃。

また空が光る。

「きゃ…!」

姫乃は一度、目を閉じた。

けれど、直ぐに薄く目をあけた。

逃げる場所を、探さなければならないから。

駆け寄る明神が見える。

手を伸ばし、また守る為。

姫乃もその腕の中に逃げ込もうと考えた時。

「…?」

おかしい。

何かが思っている事とずれている。

駆け寄る明神の…顔が、笑っている。

…ああ!

悔しいー!!

明神が姫乃をぎゅうと抱き占める。

ドドンと雷鳴が響いた。

一瞬姫乃は身を縮め、雷音が少し遠ざかるのを待つと。

「明神さん…私が怖がるから、面白がってるでしょ。」

「…いや?面白がるなんて、そんな酷い事してませんよ。」

「うそだー!だってさっき笑ってたもん!思いっきり笑ってたもん!」

腕の中でもがいて抗議する。

それを逃がさない明神。

「いや、怖そうだから、こうやって怖くない様にって…。」

ドドン。

「…思ってだな。」

雷の音が鳴ると、姫乃が明神の腕の中で硬直する。

悔しいけれど、雷が鳴る度に動けなくなってしまう。

それを明神に上手に利用されている。

「雷嫌い!怖いの嫌い!明神さんも嫌い!」

暴れると、今度はくっくっと抑える様な笑い声が頭の上からはっきりと聞こえた。

カアと顔が赤くなる。

空が光る。

雷が鳴る。

「きゃあ!」

姫乃が目を閉じ、反射的に明神にしがみ付く。

笑う明神。

「オレ雷結構好きかも。」

雷鳴が途絶える一瞬の間、腕の中で動けない姫乃の耳元に小さく囁いた。


あとがき
S明神ネタです。
姫→明とみせかけて、実はがっつり明×姫でした。
2007.06.12

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