アウトサイド
そのサッカー少年が告白をしようと決めたのは、地区大会決勝日の前々日だった。
この試合にさえ勝てば晴れて全国大会出場!という大事な時期に、大事な時期だからこそ自分の運と実力、全てをサッカーと恋愛に賭けてみようと考えた。
好きな相手はクラスメイトの桶川姫乃。
目が大きくて、ほわっとしていて、長い黒髪が綺麗で……明るく元気な可愛い子だった。
同じクラスなのにあまり話をする機会はなかったけれど、好きになったと自覚する前から何だか気にはなっていた。
理由は、桶川姫乃を取り巻く妙な噂。
例えば、霊感が強いらしく何も無い場所をよく眺めているとか、霊が見えるどころか良く誰も居ない場所で誰かと話をしているらしいとか、ヤクザが経営しているアパートで幽霊と同棲しているとか、そのヤクザと同棲しているとか諸々。
そういう不思議なものから物騒なものまで、虹色の尾ひれをつけた半透明な噂で姫乃は包まれていた。
その不思議感と、近くで見ればそんな事を微塵も感じさせないただの女の子のギャップがいいのか、姫乃を気にするクラスメイトは多かった。
独特の話しやすさと、それに比例する真相追求のし辛さ。
誰もその事にはあまり触れなかったのだが。
「桶川ってさ、ゆーれー見えるってホント?」
多分、始めは好奇心。
ふわふわしたものの正体を知りたくて、声をかけてみた。
桶川姫乃は「えっとね」と前置きをして。
「うん、見えるよ。って言うか…今もソコに居るんだけどね」
と、その少年の斜め後ろを指しながら苦笑いした。
強烈だった。
身震いした。
彼女の目は真剣で、全くもって嘘を吐いている気配はなかった。
「えへへ、びっくりするよね。そんな事言われたら」
あんたまたそんな事言って、と引っ張られながら友達の輪に戻っていく姿を見た時、その小さな背中が何だか寂しそうに見えた。
勝手な想像だとか妄想だとか言われてしまえばそうなのかも知れないけれど、恋に落ちるという現象の大半は勘違いから始まるものであって、実際桶川姫乃がその時何を思っていたのかサッカー少年に知る由は無かったけれどそれでも、ああ今好きになったかもとその少年は思った。
だから言ってみた。
放課後何となく一人になるまで後を付けて、声をかけて、出来るだけ人気の無い場所まで誘導して、手に汗かいて、呼吸を整えて。
「あのさ、桶川。今度……サッカーの試合、あ、オレサッカー部なんだけどさ、次の試合に勝ったら全国大会に出場できるんだ。だから、だから、試合、応援に来てくれないか?」
心臓が飛び出る気持ちで言って、ちらと様子を窺った。
姫乃は一度キョトンとして、その後ぱあと顔を輝かせる。
「すっごいね!!美田君ってサッカー部だったんだ!それで全国大会って、知らなかった!」
先ずはそこか。
驚くのはそこでは無く、察してほしい場所もソコではない。
美田少年は焦った。
「あ、あの、桶川、それでオレ」
「わかった!応援行くね、皆で!」
「え?あ?皆!?」
「うん。ゴーっと応援して、盛り上げるね!よっし、何だかわくわくしてきた!じゃ、皆に言ってくる!」
「おい、桶川!?桶川ー!!」
最悪の事態だ……。
美田少年は、そう考えた。
家に帰ってご飯を食べながら、風呂に入りながら、布団に入った後も悶々と考え続けたのだけれど、あの時姫乃が言った「皆で」の意味がわからない。
まさか家族で見に来るという事はないだろう。
確か一人暮らしと聞いている。
なら、あの友達連中まとめてどっさりやって来るという事だろうか。
考えられる中で一番可能性がありそうなのがそうだった。
あの、いつも姫乃にくっついている威圧感のある女子。
アレを中心にやってくるとなるとげんなりする。
大体何て説明する気だろう。
「美田君に誘われて、サッカーの応援に行こうと思うんだけど皆行かない?」
だろうか。
なら最悪だ。
姫乃はああだから気付いてくれなかったが他の人間が聞けばそうは取らないだろう。
一番大事な試合の応援に来てくれなんて、告白をしようとしていた事が丸ばれだし、状況の説明が加わればばれる確立は更に倍。
ああ、気があるのね。へー誘ったの。ふーん可哀想。
何を言われているか想像すると血の気が引く。
美田は暖かい布団の中で身震いした。
そうして、不安のまま二日が経過した。
気になる事があるからと言っても練習の手は抜かなかった。
確かに、姫乃がどういう行動に出るか美田には大事な事だったけれど、それ以上にサッカーも大事だった。
しっかりと練習をし、前日は早く寝た。
当日の体調も悪くない。
多少の緊張はあるけれど、ほぼベストコンディションで試合に臨める様にした。
試合があるグラウンドまでクラブのチームメイトと行き、ユニフォームに着替えると気を引き締める。
ピリピリした緊張感で何度も深呼吸をしながら、固まった筋肉を解きほぐす。
いける。
今日は最高の日だ。
勝利の瞬間を想像しながら気合を入れていく。
他の生徒や保護者達が、少しづつ応援に集りだし、美田はその中に姫乃の姿を探す。
その時、姫乃の姿を見つける前に、美田は妙な物を発見して顔と目線を止めた。
保護者達が集まる中、にょっきりと生えた「白髪頭」
目立ちたがり屋も居るんだなと思いながらその顔を見てやろうと思うと目を凝らすと、ズンズン応援席の前の方に進んでくるその白髪頭は丸いサングラスをかけ、黒いコートを着込んでいる明らかに不審者丸出しな男だった。
そして遠間から見ても解る位にガタイがいい。
何かスポーツでもやっているにしても、一体ここに何の用があるのかさっぱり解らなかった。
あれは誰の保護者だ?
って言うか、年齢的にはアニキとかか?
って言うか、ありゃヤクザだろ!
何最前列陣取ってんだ、やる気満々だよあいつ!
コンマ数秒で幾つも突っ込みを入れた時、美田はその白髪頭の隣に桶川姫乃の姿を見つけてしまった。
「美田君、頑張れー!!」
「おー頑張れ少年ー!」
姫乃が手を振り声をかけると同時に、隣の白髪も声をかけてくる。
思ったより若い声だった。
美田の思考は、混乱する前に停止した。
そして停止したまま、試合は始まった。
いやいやいやいや!!
幾らなんでもアレは無いだろ!!
走りながら様子を確認すると、アンバランスな二人は一緒になって夢中で応援をしている。
何を言っているのかは聞こえないが、試合に動きがある毎に歓声や悲鳴が響いてくる。
あの二人は、二人なんだけど何やら色々と騒がしい。
飛んだり跳ねたり叫んだり、何か怒ったりなだめたりもしている。
何なんだあれは。
美田は、ようやく動き出した頭で幾つかの答えを用意してみた。
1、噂のヤクザ管理人。
2、兄妹。
3、彼氏。
風体的には1が一番候補。
手を叩き合ったり一緒に飛び跳ねる二人の様子を窺うと、信じたくはないけれど3が有力候補。
2は、そうであってくれと思いながら、あんなアニキいたら嫌だなとも思う。
どれも色々と複雑だ。
そうこうしている内に、美田のパスがカットされ、相手にゴールを許してしまう。
あー!!と、興奮した勢いで手を握り合って悲鳴をあげる二人を尻目に、美田は悟りを開いた。
今ここで負けてしまった場合、今日は最悪の日になってしまう。
試合に負けて、勝負に勝つという言葉があるけれど、このままでは試合にも勝負にも負けてしまう。
最悪でも試合に勝って勝負に負ける、位で留めて置きたい。
と言うより、このままでは救いが無い。
焦りと怒りを力に変えて、美田は走った。
何ていうか、普通あれで気付くだろどこまで鈍感なんだ桶川!
ていうか、皆で来るんじゃなかったのか何で二人なんだ桶川!
それより、どういう趣味してるんだそいつ彼氏だったら凄いぞ桶川!!
その後、美田が2ゴールを決め、チームは見事勝利を収めた。
とりあえず試合には勝った。
勝負は今から始まる。
クラスメイトの勝利にすっかり舞い上がった様子で凸凹コンビが遠くから駆けて来る。
勝利の余韻に浸り、抱き合い喜びを分かち合うチームメイト達の中で、美田は一人取り残されつつあった。
どんどん近づいて来る天然とヤクザ。
姫乃の目はキラキラに輝いている。
隣のヤクザも顔を赤くしながら満面の笑みを浮かべている。
そしてそのヤクザだが、顔は笑っている様だがサングラスの下は笑っていない。
ああ、オレこの勝負放棄したい。
美田は駆け寄る二人に背を向けて走り出した。
解った事がある。
あのふわふわした噂は、そのふわふわした形のまんま本当だった。
何か良くわからんが、何かがおかしい事は確かだった……!!
逃げる美田を、姫乃と明神が追いかける。
美田から見ると二人だけれど、実は後四名ぞろぞろ一緒に居たりする。
それは美田が今後知り得る事は無い情報であり、尚且つ知らない方が心安らかでいられる情報だった。
あとがき
第三者目線で明姫です。
あんな二人が並んで応援されたら色々恥かしいだろうなーと思って書いてみました…。
全国の美田さんすみません。
姫乃の学校の様子はもっと見たかったなあと思うのです。
2007.11.21