大人になったフレンズ

あれから、二年の月日が経った。

私は卒業して、大学に入った。

姫乃の進路は「お嫁さん」だそうだ。

らしいっちゃらしいんだけど、あんたホント、それでいいのか!とは一言、言った。

そしたら、うんって言うから、ああこりゃ駄目だって思った。

卒業式の次の日が結婚式で、身内だけでひっそりと…というか、実はかなりの人数が居たらしいんだけど、私に見えたのは半数足らず。

もうこれも、らしいっちゃらしいから私は開き直る事にした。





新しい生活は、得に刺激がある訳でもなく、でも何も無い訳でもなく。

それなりに楽しく、平凡に過ぎていく。

変わったのは、大学が遠いせいで、毎日の様に話をしていた姫乃とあまり会わなくなった事とか。

私も丸くなったなあと思ったのは、好きな奴が出来た事とか。

…何というか、自分でもたまげたが、私にも女らしい部分があった様だ。

わりとマメに会おうとしたり、それなりに身なりに気を使ったりしている。

最近料理にも手を出し始めた。

私、やれば出来るじゃないか。

昨日久々に姫乃から電話があった。

たまには遊びに来いって話で、アズミちゃんも会いたがってるって私その子知らないんだけど!!

まあとにかく、私はそんな土産話も懐に隠し、少し懐かしくなってしまったうたかた荘へと向かっていた。

シャレも込めて、手土産にお米三キロ。

貧乏してるだろうから、こういうのも必要だろうとか思ったけど、やめときゃよかった重過ぎる。

スーパーの袋を手に食い込ませながらたどり着いたうたかた荘。

初めて来た時は、摩訶不思議な事が起こりすぎて眩暈がしたっけ。

「たのもー。」

照れ隠しも含め、ちょっと小洒落た台詞で玄関を叩いてみる。

突っ込むな突っ込むな。

センスの無さは、自覚済みだ。

パタパタと足音がして、懐かしい声がした。

「はあい、エッちゃん?」

姫乃が、廊下の向こうから歩いてくる。

私は、目が飛び出るかと思うくらい驚いた。

「あ、あ、あ、あんた!!ちょっと聞いてないわよそれは!!」

スーパーの袋をバサリと落とし、私は口を開けて姫乃を指差した。

「えへへ。びっくりさせようと思って。えっとね、もう六ヶ月だよ。」

やられた。

長い髪を一つに結って、にこりと微笑む姫乃のお腹は大きくなっている。

これじゃ初恋しました!!何て話題は霞んでしまう。

さすが姫乃…じゃなくて!!

「ちょ、ちょっと!流石にいくらなんでも早くない!?卒業してからピッタリってあのエロオヤジ!明神どこいんの!?一発殴る!!」

「え、エッちゃん、別に怒らなくても…その、子供欲しいなって言ったの、私の方だし……。」

完敗だーーーー!!!!!

私は旧姫乃の部屋に上がると(今現在夫婦の部屋となっている管理人室はちょいと汚いらしい。こっちの方が広くていいよ・姫乃談)出されたコーヒーを一気に飲み干した。

旦那は今仕事で出張中らしく、帰ってくるのは明日との事。

私の憤りのぶつけどころは、うやむやになってしまった。

「…で、旦那は六ヶ月の嫁ほったらかして出張デスカ。」

「泊まりで行くのは嫌だって言ってたんだけど、まだ六ヶ月だし説得して。明神さんの手が欲しいって言ってるんだから行った方がいいでしょ?」

「何だその良妻ブリは。私の知ってる姫乃はそーゆー時ちょっと拗ねる位が可愛かったのに。」

「んー…だって。最後は嫌がる明神さんを、他の案内屋さん達が引きずって行く感じで…私まで止めたら逆に可哀想な位ジタバタしてたから。」

「何だ惚気か。」

「コーヒーおかわりありますよ。」

「はいはい。」

何というか、雰囲気は落ち着いたけど姫乃は姫乃。

私はちょっと、ほんわかしたというか、ホッとした。

よっこいしょ、と立ち上がる姫乃に慌てて手をかしてやると、ありがとうとにっこり笑う。

ちょっと女の私でもドキッとするぞ。

可愛いなあ、姫乃は。

「何かさ、姫乃お母さんに似てきたね。」

「そうかな?嬉しいなあ。あ、アズミちゃんちょっと待ってね。今このおねえちゃんとお話してるから。」

「……いるの?」

「うん。」

「そ、そう。」

私はじーっと目を凝らすけれど、アズミちゃんの姿はちらっとも見えない。

二杯目のコーヒーを差し出され、私はふーとため息を吐いた。

バガン!!

ダンダンダン、バァン!!!

「ひめのん、だいじょぶッ……!!!」

勢い良く入ってきた明神さんに、私は咄嗟に正拳突きを食らわした。

おや。

手が勝手に。




勢い良く部屋に乱入し、そのまま勢い良く廊下へ転がった明神さんは、既に何というか…泥だらけで小汚かった。

二の腕までまくったコートから覗く腕には痣や擦り傷が幾つもあるし、顔にも今殴ったせいではない切り傷や痣が見える。

ああ、悪い事したかも。

「あー…エッちゃんだっけ、来てたんだ。ええっとコレは一体何の仕打ちで?」

「ええと何ていうか、五月蝿かった。」

「そりゃ失礼!」

ここで謝れないのが私の悪いとこ。

…わかってんだけどね。

尻餅ついたままの明神さんに、姫乃が近づいて手を差し伸べる。

「お帰り。明神さん。」

「……ただいま。」

その手をしっかりと掴み(けど、体重はかけない様にしながら)明神さんは立ち上がる。

「帰りは明日って聞いてたけど?」

「ガッと行ってバッと終わらせて来た。料金割り増し請求してやる。」

そう言いながら、明神さんは埃っぽい黒色のコートを脱ぎ捨てる。

前会った時より、更に背中がたくましく盛り上がっているのだが、お前はレスリングの選手かなんかか。

姫乃は慣れた手つきでタオルをお湯につけて、明神さんの顔を拭いてやる。

救急箱を出さないのは「自分で治せる」から、らしい。

ちょっと信じがたいけどもう色々見ちゃってるから何でもアリだ。

明神さんはごしごしされながら、姫乃のお腹にそっと触れる。

あ。

……すうっと、明神さんの表情が柔らかくなる。

「ひめのん、いいよ。オレ下いるから。顔見たかっただけだし、せっかくだろ?どうぞ。」

と、明神さんは私の方へ姫乃を促し、タオルだけ受け取るとさっさと階下へ降りていく。

「……なんかさ、明神さんちょっと丸くなった?」

「え、太った?」

「いやそうじゃなくて。」

何というか、顔つきが軟らかくなったというか。

「前はもうちょっと、ギラギラしてる感じがしたんだけど…子供できると違うのかね。」

言いながら私はコーヒーに手を伸ばす。

何というか、あの顔が意外で…というか、ちょっと驚かされて拍子抜けした。

ちゃんと旦那やってるんじゃない。

物思いにふけってると、姫乃が横でくすくす笑う。

「エッちゃんも子供欲しくなった?」

「馬鹿。」

正直、ちょっといいなと思ってしまった。




それから二時間ばかり二人で話をして、私はおいとまする事にした。

旦那待たすのも可哀想でしょ?って言おうとしたけど、奴は案外大人しくのんびり待っていた。

一階に下りたらリビングで見えない子と何か話をしていたし…えっと、あった筈の傷は綺麗さっぱり治っていた。

う〜ん、ミラクル。

「じゃあエッちゃん、帰り気をつけてね。お米ありがとう。」

「いやいや。あんたも気をつけて。後、出産予定日辺り空けとくから、何かあったら連絡して。」

「うん。ありがとう。」

ここで明神さんが「送ってこうか?」と声をかけてきたが、丁重にお断りした。

何というか、言いたい事は一杯あった筈なのに(主に文句)全部ぶっとんでしまって、今は何を話したらいいのかわからなくなってしまったから。

ほいじゃ、と手を振って玄関くぐって、そしたら姫乃が玄関先まで見送ってくれた。

「姫乃、幸せ?」

当たり前の事を聞いてしまった。

姫乃はにっこり笑って頷いた。

その笑顔に、私もにっこり笑い返した。

「ね、エッちゃん。」

「何?」

「今好きな人、いるでしょ?」

び、び、びっくり…。

「は、へ?そ、そう見える?」

「見えるよ。頑張って!エッちゃん、私より女っぽいって昔言ったでしょ?あれ、本当だから。」

…あんたは超能力者か。

「……はは。頑張り、ますよ。」

私は力なくガッツポーズを作ってみせる。

その手に姫乃が触れて、おー!と勢い良く引っ張りあげる。

変わっとらんなあ、そういう恥かしい事勢いでやっちゃうとこ。

「ありがと。まあ頑張るわ。」

「うん!じゃあ気をつけてね。」

「はいはい。またね、姫乃。」

「またね、エッちゃん。」

私達は手を振って別れた。

その別れ際は、何だか高校生の頃みたいで…ちょいと懐かしかった。




その晩、私は部屋に戻ると携帯電話を握り締めてみた。

その中から、ある名前を検索して、電話をかける。

もしかしたらちょっと焦りすぎかも、とか、新婚夫婦に感化されちゃまずいだろ、とか、頭の中では色んな事考えてるのに、姫乃の「頑張って!」が効いたみたい。

コール音は三回で止まった。

心臓も止まるんじゃないかと思った。

『もしもし。』

「あ、もしもし。えっと、今ちょっと時間ある?」


あとがき
エッちゃんシリーズ最終話です。
もう捏造入りまくりでエッちゃんこんな人!?って感じなのですが…。
ちょこっとでも楽しんでいただけたりしたら嬉しいです。
2007.10.02

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