お正月

12月31日。

うたかた荘のメンバーは先に眠ったアズミを除いて全員で大騒ぎしていた。

約二名に酒が入っていたのと、除夜の鐘を数える!なんて言い出したエージとツキタケと、意味なく喧嘩を始めたガクと明神と、
それを酔っ払ってフラフラで止める姫乃と。

深夜3時まで繰り広げられた大騒動は、実は次の日の為の布石だったりした。

そして、次の日。

姫乃は重い体を引きずる様にして起き上がる。

今日は友人と初詣に行く約束になっていた。

姫乃としてはお正月はうたかた荘の皆と…と考えていたのだが、友人の誘いを断りきれず行く事になってしまった。

「眠い〜。ちゃんと寝とけば良かった…。」

欠伸が止まらない。

時計を見ると約束の時間まで後3時間。

ギリギリまで寝てしまおうかと考えたけれど、朝食を食べない訳にもいかないし、何より自分が作らなければ
一階の管理人室でまだ寝ているであろう明神が飢えてしまう。

放っておけばまたインスタントに手を出す事は目に見えていた。

はああとため息をつくと、着替えを済ませ階段へと向かう。

一階に降りると、ガク、ツキタケ、エージ、アズミ、そして明神が階段の直ぐ下で出迎えた。

「「「「「あけましておめでとう!!」」」」」



全員にいっぺんに言われ、その音量に後ずさりする姫乃。

「あ、あけましておめでとう。っていうか、0時にもコレ言ったよね?」

「言ったけど。なあ?」

明神がエージに。

「まあ、今年起きて初めての。かな。」

誰が姫乃に一番に挨拶するかで混雑していた階段下が静かになる。

姫乃は朝食を作るとそれを食べ始めた。

明神も向かいに座って食べ始める。

「ひめのんのおかげで去年はいいもの食えました。今年も宜しく。」

「まかせて!明神さんが成人病にかからない様、私がんばるね。」

その言葉に苦笑いをする明神。

歳はとりたくないものだ。

ご飯の後片付けを追え、出発の準備を始める姫乃。

せわしなく動き回りながらも、時々止まっては「ふわあ」と欠伸をする。

「ひめのん、眠い?」

うろうろと後をつけていたガクが声をかけた。

「うん。昨日遅かったもんね〜。皆大はしゃぎしてたから。お酒も飲んじゃったし。」

「すまない。でも、どうしてもこんな日はひめのんと楽しく過ごしたくて。」

この言い回しが少し変で気になったけれど、姫乃は「ううん」とだけ答えた。

時計を見ると、後三十分。

「そろそろ、行こうかな。」

早いけれど準備ももう出来てしまったし、誰か待ち合わせ場所に来ているかもしれない。

姫乃はコートを羽織った。

「あ!ネーちゃん。!」

一緒にいたツキタケに呼び止められる。

「何?」

振り返ると、ツキタケがガクに何かを促している。

「ほら、アニキ!」

「どうしたの?」

「…あの馬鹿が呼んでたから、管理人室に寄ってみてくれ。」

「ん?…わかった。ありがとうガクリン。」

ガクが明神の使いをするなんて珍しい。

昨日喧嘩した時キツク怒ったのが効いてるのかな?

そんな事を考えながら姫乃は管理人室へと向かう。

「まだ時間ある?」

管理人室から顔を覗かせた明神が声をかけた。

「うん。後ちょっとだけ。」

そう言う姫乃に、無言でおいでおいでする明神。

「?」

管理人室に入ると、さほど大きくは無いコタツがドンと置いてあった。

「わ!コタツだ。どうしたの?これ。」

「明神…、オレの師匠な。生きてる時に冬はやっぱコタツだろー!って買ってきたやつ。
まだちゃんと動くみたいで出してみた。暖まって行けば?」

みかんもあるよ、と綺麗な形のみかんを一つ手渡される。

「…まだ時間もあるし、外寒いし。ちょっとお邪魔して行こうかな?」

そう言って、姫乃はコタツに足を入れた。

ほわっと暖かい。

「やっぱり日本人はコレだよね〜。」

上機嫌でみかんを頬張る姫乃。

明神はにこにこしながらお茶を入れ、せんべいを出す。

「いたれり、つくせりだね。」

コタツの机に頬っぺたを乗せて、姫乃が言う。

やはり眠たいのか、また欠伸を一つ。

「昨日ご迷惑かけたお詫びって事で。」

暖かいお茶を注ぎながら言う明神。

「そんなのいいのに。あーあ。今年こそ明神さんとガクリンが仲良くならないかな。」

「無理。」

はっはっは、と笑いながらも目が笑っていない。

あれ、おかしいな、と首を捻る姫乃。

ガクと明神は仲直りした訳ではなかったのか。

そこに、アズミが入ってくる。

「ひめの!アズミも!」

アズミは姫乃の隣にちょこんと座る。

「ねえひめの、ひめのは今からどこか行くの?」

「うん。お友達とね、お参りに行くの。もう少ししたらだけどね。」

「えー。アズミひめのと一緒がいい!」

アズミにこう言われると姫乃も弱い。

困った様に明神の方をちらりと見た。

「アズミ〜。ひめのんもたまにはお友達と遊ばせてあげないと。」

「うーん…。」

明神に言われて、黙るアズミ。

「また絵本読んであげるからね?」

「うん…。」

さも残念そうにゆっくりと頷くアズミ。

さすがに心が痛む。

冬休みに入って、学校が休みになってからアズミはよく姫乃に遊んで貰っていた。

今まで朝から夜まで姫乃がいる事は日曜だけだったので寂しかった事もある。

ちらりと時計を見る姫乃。

断りの電話をしようかな…。

携帯を手にとって見つめる。

後数分。

8人くらいの大所帯で行く事になっていたから、一人くらい抜けても…。

それに今日は眠くて仕方がないし、このままのんびりここにいたい気もする。

でも急に駄目なんて悪いしなあ…。

「じゃあ、行こうかな。ゴメンネ。」

姫乃が立ち上がろうとすると、明神が何か言いかける。

「あ!…ひめのん。」

「何?」

「うええっと…あの。」

その時、エージがドアから顔をにゅっと出した。

「ヒメノ、もう出んのか?」

「あ、うん。」

「外めちゃくちゃ寒いぞ。ちゃんと暖まって行った方がいいんじゃねーか?」

「そうなの?」

「ああ。風がビュービューふいてるし。コタツもぐってけよ。」

「そっか。ありがとう。」

そう言って、素直にコタツに肩まで潜り込む姫乃。

明神が姫乃のコートも一緒にコタツに入れる。

「着た時あったかいだろ?」

「うん。ありがとう。」

にこりと笑う姫乃。

「何か枕みてーなのあった方がいいんじゃねーの?ヒメノ。」

「あ、どうしよ。でも直ぐ出るし…。」

「じゃあコレ。オレのだけど。」

すぐさま自分の枕を差し出す明神。

「えへへ。ありがとう。寝ちゃいそうだね。」

その言葉を最後に、姫乃はうとうとし始め、そしてついに。

「…すー…。」

「寝たか?」

「くう…。」

「寝た。」



姫乃の周りをぐるりと囲む明神、エージ、アズミ。

そしてガクとツキタケも入ってくる。

五人は、目を見合わせるとうん、と頷いた。

時刻が、約束の時間を回る。

姫乃の携帯が鳴り出した。

サッとドアまでの道を開けるガク。

明神は携帯を掴むと、ダッシュで一番管理人室から遠い部屋へと向かう。

エージが姫乃の様子を確認する。

良く眠っている。

「うまくやれよ、明神!」

一階の端の部屋へ入り扉を閉めると、一度深呼吸をして姫乃の携帯に出る明神。

「もしもし、こちらうたかた荘ですけど。」

『あれ?桶川?』

男の声だ。

やっぱりな。

「あ、すんません。ひめのんの友達?」

『え?あ、はい…えっと誰ですか?』

電話の相手は明らかにこちらを警戒している。

まあ、姫乃の携帯に電話をして、見ず知らずの男がいきなり出たら警戒もするだろう。

「あ、オレアパートの管理人ね。あのさ、今ひめのん寝ちゃってて。昨日遅くまで起きてたもんだからさ。おい!こらひめのん!
友達から電話かかってんぞ!!…駄目だ起きねえわ。」

電話の向こうでざわざわと数名が話をしている声が聞こえる。

『桶川寝てて起きねえって!』

『全く姫乃ったら…。』

『どうする?』

「あのさ、起きたら電話させるから、とりあえず先に行っててくれないかな?暫く起きそうにないし。」

そう言うと、更に電話の向こうで会議が始まるのが聞こえ、最後には。

『じゃあ、先行くって伝えて下さい。』

「はい。じゃあ。」

電話を切る明神。

これはとてもいけない事。

よくわかっている。

わかってはいるけれども。

ぞろぞろと、四人が部屋に入ってくる。

「うまく言い訳したんだろうな。ボンクラ。」

「ボンクラは余計だ。後で電話させる。先に行ってもらったよ。」

おお〜と歓声が上がる。

「せっかくの正月に一人だけどっか行こうなんて、ねーちゃんもつれないっスよね、アニキ。」

「仕方ない。ひめのんは強く頼まれると断れないタイプだからな。」

「ひめの今日アズミと一緒!?」

「おう。一緒だとも。全く、姫乃のヤツ。オレ達置いてこうなんていい度胸してるよな。」

「皆!もう一度確認すんぞ。」

場を仕切る明神。

「電話がかかってきた時、オレ達はどうした?」

「「「「一生懸命起こそうとした。でも起きなかった。」」」」

「宜しい。じゃあ戻るぞ。」

ぞろぞろと管理人室に戻る五人。

そう。

昨日夜中まで騒いだのも、引き止めてコタツに入れたのも、アズミがおねだりしたのも、コタツで横にならせたのも、
全ては姫乃を今日という日にうたかた荘に引き止める為。

「正月くらい、「家族」でいても罰あたんないよ、ひめのん。」

何も知らずすやすやと眠る姫乃と一緒にコタツを囲む明神達。

「やっぱ正月はこういうのがいいな。」

明神は新しいみかんに手を伸ばした。





はっと目を覚ますと姫乃は携帯に手を伸ばす。

「うわ!やだ!!寝過ごしちゃった!!どうして起こしてくれなかったの〜?」

「「「「「起こしたよ。」」」」」

綺麗にハモる五人。

その音圧に圧される姫乃。

「あ、そ、そうなんだ。ごめんね。」

「友達から電話あったよ。悪いと思ったけど出た。先行っとくって。」

「そっか〜。…まあいっか。後で電話するよ。」

んー、と伸びをする姫乃。

「良く寝たあ。」

チラチラと、目で合図をし合う五人。

上手くいった。

姫乃は疑おうともしない。

「でもどうしようかな。お参り行きそびれちゃった。」

「じゃあ、今から近所の神社行く?…皆で。」

「うん。」

にっこりと微笑んで頷く姫乃。

良心が痛むけれど、今日くらい許して欲しい。

姫乃が立ち上がり、ホカホカになったコートを着込む。

「あったか〜い。明神さんありがとう!」

この計画に大いに貢献してくれたコタツの電気を消すと、全員でうたかた荘の玄関へと向かった。

一年の始まりは、うたかた荘の皆で。

全員がそう願ってのこの結果。

明神は玄関先でまだ眠そうな姫乃を振り返り見ると、満面の笑みで微笑んだ。




あとがき
以前リク作品にイラストを寄せて下さった「
良い加減」のカルさんに、「また何か書いてください!コラボしましょう!!」とお声かけしたところ、すんなりオッケーを下さって私が小説を書き、カルさんがイラストを描いてくださる!という二人企画をこっそりやりました〜。またネタがお正月だったのに、クリスマスに小説があがり、短い時間で三枚も描かせてしまいました(オイ!)しかしまた素敵なイラスト送って下さって年末にやっほー!!と叫ぶ勢いです。ありがとうございますカルさん!!
ではでは皆様、今年も宜しくお願いします〜。
2007.1.1

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