おまじない。
「ねえ、姫乃。あんたバレンタインとかどうすんの?」
放課後。
チャイムが鳴ると一斉に立ち上がる生徒達。
姫乃が立ち上がると同時に、友人ことエッちゃんが姫乃の元へと駆け寄ってきた。
「どうって…?」
教科書を鞄に入れながら、首を傾げる姫乃。
「エッちゃん」が姫乃の机にバン!と手を置く。
「どうって、あの管理人さんの事に決まってんでしょ!?姫乃どうすんの?もちろんチョコあげるでしょ?」
「も、もちろんってエッちゃん…。」
恋愛の話になるとこの友人は俄然張り切って姫乃に明神を薦めて来る。
バレンタインが近いせいで、最近は毎日この話題があがっていた。
今日の昼休みもそうだったけれど、姫乃の反応がイマイチ的を得なかった為に痺れを切らしてとうとう本格的な追求が始まった。
「それで、告白とかすんの?」
「こ、告白って!!…だから、私と明神さんはそんなんじゃないよ。」
やや俯いて、姫乃が言う。
「明神さんだって、私の事妹みたいに思ってるだろうし。ほら、年だって離れてるしさ。」
「馬鹿!!歳の差なんて関係ないって!」
力いっぱい叫ぶエッちゃん。
驚く姫乃。
「大丈夫だって姫乃!あんた可愛いし。当たって砕けろ!」
「砕けろって…。」
「いいじゃん。管理人さんカッコいいしさ。ちょっと変わってるけど。」
この友人、エッちゃんが明神を見たのは入学式の時と、それから何度か姫乃の家に遊びに行った時。
他にも外で何度か会って、挨拶を交わす程度だけれどお互いの存在は姫乃を挟んで認識している。
「背も高いし、優しそうだしさ。」
「…あの。まあそうだけど。別に私は…。」
「こないだだって、遅くなった時校門の前まで迎えに来てたでしょ?絶対脈あるって。なきゃしないってそんな事!」
「そ、そうかな?明神さん面倒見いいもん。」
そう言う姫乃の頭に浮かぶのはアズミの顔。
きっとアズミがどこかへ行って遅くなっても同じ様に迎えに行く。
そういう人だと姫乃は思う。
そしてそう考えると、どこか本気で好きになる事が億劫になってしまう。
優しい人。
そんな事は誰に言われなくても自分が一番わかっているから。
「明神さんは、優しい管理人さん。」
盛り上がる友人をよそに、姫乃はどこか諦め顔。
ふ、とため息をつく友人。
「…姫乃がそう言うならさあ。私、狙っちゃおうかな〜…。」
「え?」
どこかつまらなそうに、友人は姫乃の前の席にどっかり座る。
「だって、勿体無いじゃん。顔もいい。性格だって姫乃の話聞いてたら申し分ないしさ。それでアパート経営でしょ?」
「そ、それは…そうだけどでも。」
「大人の男!って感じがいいんだよね〜。会った時にさ、こんにちわ、とか笑顔可愛いし。ちょっといいなって前から思ってたんだよね。」
「そ、そうなんだ…。」
「押さえといて損はない感じだよね。うん。本気で狙っちゃおうかな。」
何度も首を頷かせて笑う友人。
…もちろん、本気ではない。
ずっと何だかんだと理由をつけて逃げる姫乃をつついてみようと考えての発言。
「今彼女とかいないんだよね?明神さんて。」
「た、多分…。」
「へえ!じゃあ十分狙えるね!」
「ほ、本気で?」
「あったり前じゃん!だってバレンタインなんだもん。早い者勝ちでしょ?明神さんだっていつまでも一人身でいるとは限らないしさ〜。狙うなら今だよ今!」
友人の言葉一つ一つに小さくなっていった姫乃が、突然首を持ち上げた。
そして勢い良く立ち上がると口を開く。
「み、明神さんはやめといた方がいいって!!」
「へ?」
「明神さん、アパート経営って言ってもボロボロのアパートで住んでるの私しかいないし、お金なんて全然ないし!それにいつもゴロゴロ寝てだらしないんだから!!寝相もすっごく悪いんだよ!?口開けてグウグウ寝るし!そ、それにいつも夜遅くまでお仕事でいないし。そのお仕事も殆ど稼ぎはないし!帰って来たら朝方だし!!朝起きたら頭ボサボサなんだよ!?駄目だよ!良くないよ!」
姫乃の勢いに押され、ポカンと口を開けて止まる友人。
…まさかここまで食いつくとは思ってもみなかった。
「え、えっと…まあ、姫乃の言う事も一理あるわよね。」
ムキになる姫乃をなだめようと、姫乃に会話を合わせる。
「まあ、確かにいつも一張羅でお金はなさそうよね。ダサいと言えばダサい格好いつもしてるし。」
「そ、そうでしょ?」
ホッと安心した顔をして、椅子に座る姫乃。
「寝癖と言えば会う時二回に一回は髪型変な事になってるよね。昼間なのに今まで寝てました!って感じでさ。ヨレヨレのシャツ着てたし。」
「う、うん…。まあ、ね。お仕事遅いから。」
「そのお仕事も怪しいよね。夜な夜な出かけてさ。」
姫乃の機嫌を直そうと、口を動かし続ける友人。
姫乃の表情が「安心」から「苛立ち」へと変わっていく事には気付かない。
「まあ、そうだけど…大事なお仕事だよ?」
「そうは言うけどさあ。怪しいって。毎日夜中出かけて朝方帰って、収入無しって厳しいよね。付き合ったら絶対苦労する…。」
すっくと、姫乃が再び立ち上がる。
「あ、案内屋のお仕事、大事な仕事だよ、大変なんだもん仕方ないよ!それに服だって…あのコートもサングラスも色々訳があるんだし、お金だってもっとがめつくやったら稼げるのに明神さんが取らないだけだもん!明神さんはすっごくいい人だよ!男らしいし、カッコいいよ!」
一息で言い切ると、ドスンと椅子に座り頬を膨らます。
「…まあ、姫乃の言う事も一理あるわよね…。」
我儘な話、明神の事を意識されると焦る。
けれど貶されると腹が立つ。
典型的な恋する乙女。
…ならどーしたらいいのよ。
心の呟きはぐっと奥へと仕舞う。
「…そんなに好きなら、告白したらいいのに。」
「えっ?」
「いいよいいよ、こっちの話。」
ひらひらと手を振る。
また話題はぐるりと頭に戻る。
はあ〜、とため息ついて、頬杖つく。
姫乃はその様子を困った顔で見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「…だってさ。わかんないもん。」
「何が?」
「背が高くて、カッコよくて、優しくて。いっつも、小さな女の子がべったりで。寝て、転がって私、慌てて追いかけるの。子供相手にムキになって怒ったり、喧嘩したり。まるで子供みたいに。けど、急に真っ直ぐな目をするの。私、それを見てるとね。…私、私がわかんない…。」
「…うん。」
苦しそうに目を閉じ、そのまま姫乃は黙る。
長い間黙る。
友人は続く言葉を待つ。
待つけれど姫乃は何も言わない。
いつまでも黙ったままの姫乃に対し、何も考えなくてもこの言葉が出た。
「…怖い?」
姫乃が顔を上げる。
「何が?」
「好きになるの。」
「………そうかも。」
頼りなさ気に、姫乃が笑う。
「それって、やっぱり好きなんだよ。」
「そうかな?」
「そうだよ。」
「…そうかな。」
「そうだよ。」
「じゃあ、どうしよっかな。」
机にぺチャリと顔をつける。
「姫乃が本気で好きなら、無理にどうしろとか言わないけど。」
「変なエッちゃん。さっきまで告白しろー!って言ってたのに。」
少し笑って、姫乃と向かい合わせで机に体を預けると、顔と顔を付き合わせる。
長い黒髪と短い黒髪が、鏡合わせの姿勢でお互いをジッと見つめる。
「だって、そんな真剣に悩んでるアンタに、勢いで物言えないもん。」
「そんな事言わないで、助けてよエッちゃん。」
拝む様に手を合わせる。
「出来る事は何でもしたげるよ。後はアンタが思いきれるかどうかでしょ?」
「…安心させて。何かオマジナイして。勇気が出るのを。」
姫乃は机の上で、腕の中に顔を隠す。
その頭を友人は撫でる。
「姫乃は、明神さんに、告白する〜。明神さんは、姫乃を、大好きにな〜る〜。」
姫乃の頭を撫でながら、呪文を唱える様に、わざとらしく、ゆっくり重々しく言葉を紡ぐ。
姫乃が顔を上げた。
「…元気でた?」
「…ちょっとだけ。」
笑ってみせる姫乃の顔は、今まで見た中で一番頼りなく、弱々しく見えた。
校門を出ると、見覚えのある白い髪が姫乃を待っていた。
ああ、迎えに来たんだ。
これから一緒に買い物。
お米を買うから荷物持ちをするんだ。
手を振って、二人と別れる。
その二人の後姿を、長い時間見つめる。
姫乃の鞄を持ってあげようと伸ばした手を、一瞬躊躇い引っ込める明神。
明神を見上げ、笑う姫乃。
姫乃を見下ろし、笑う明神。
馬鹿!
大馬鹿!
明神さんの大馬鹿者!!
弱々しい姫乃の笑顔と、明神の姫乃を迎えに来た時の笑顔が頭の中でシャッフルする。
あの人懐っこいと感じた笑顔も、カッコいいと思った顔も、優しいと感じた行動も。
全部姫乃を苦しめてるんだ。
何でその手をちゃんと伸ばしてやらないの!?
「…明神さんは、姫乃が、好き〜。」
新しいおまじないを考えた。
明日試してみよう。
今は居ない姫乃の身長、頭の辺りに真っ直ぐ手を伸ばす。
何も無いその空間に姫乃の俯いた頭を思い浮かべ、ゆっくりと撫でてみた。
あとがき
大変お待たせしました〜!!リクで、「高校の女友達に、明神のことをカッコいいと言われて焦ったり、明神を意識してしまう姫乃」でした!
な、何だかリクと少し離れてしまった様な…エッちゃんとの友情の話になりました後半が…!!
エッちゃんは姫乃が可愛いおねえさんタイプだといいな、という話になりました〜。
こちらはリク下さった空木さんへ!
ありがとうございました!!