伸ばしても届かない手、届くのに伸ばせない手。

「今日はいい天気でよかったー!」

雨が続いて溜まりに溜まった洗濯物を干しながら姫乃が言う。

パン、と布を伸ばし、手際良く竿にかけていく。

その後ろでうろうろとするガク。

「ひめのん、オレも何か手伝いたいのはやまやまなんだが、洗濯物に触れる事ができないんだすまない。」

そう言いながら手を伸ばしたり引っ込めたり。

「いいよ〜、ガクリン。こんなの直ぐできちゃうから。気にしないで。」

にっこり笑って応える姫乃。

この天使の微笑みがガクには嬉しくてたまらない。

拳を握り、感動に酔うガクに姫乃が声をかける。

「あの、ガクリン。今から下着干すから、あっち向いててほしいな…。」

洗濯カゴを持ってやや伏目がちに姫乃が言う。

慌てて、ガクはぐるんと体の向きを変える。

「すまないスゥイート!!」

「ん〜ん。」

背中越しに、姫乃が洗濯物を干す音が聞こえる。

ガクは、こっそり振り返り、姫乃を見下ろす。

姫乃はこちらの気配には気付いていない。

もともと、霊だし気配もくそもないとも言える。

その背中に、手を伸ばす。

手は、姫乃の体を通り過ぎる。

一度手を引っ込めて、でもまた伸ばす。

さらさらの髪も、小さな肩も、細い腕も。

何も触れない。

(大事なのは、心と心。)

自分に言い聞かせる。

「終わったよ、ガクリン。」

言って、くるりと振り返る姫乃。

慌てて、背中を向けるガク。

「…今、こっち見てた?」

「み、見ていない!絶対に!」

「嘘だあ!今慌てて後ろ向いたもん!」

「ち、違う!誤解だスゥイート!!」

姫乃の声と、ガクの声がうたかた荘の庭に響く。

その様子を、ぼんやりと眺める明神。

どかどかとリビングにあがってきた姫乃は明神の姿を見つけるなり駆けつけた。

「明神さん聞いて!ガクリンったらねー…。」

姫乃のグチを、うんうん、と聞く明神。

「明神さん、ちゃんと聞いてる?」

「うん、聞いてるよ。」

「…もう。」

何となく、上の空で話を聞き流した明神。

(ああ、いけね。)

姫乃はプイと背中を向ける。

姫乃の背中。

頭に浮かぶ、その背中に手を伸ばすガク。

伸ばすのに、触れられなくて、何度も何度も姫乃の体をすり抜ける手。

自分は、触れられる。

触れられるけれど。

背中を向けた姫乃に、手を伸ばす。

でも何だか、触ってはいけない気がして。

自分が触ってはいけない気がして。

何度も引っ込めてはまた手を伸ばす。

さらさらの髪、小さな肩、細い腕。

(あいつとオレ、全く違うのに、似てやがる。)

鏡越しの自分を見た気がしてムカムカする。

(だからオレは、あいつが嫌いだ。)

くるりと、姫乃が振り返る。

空中で、明神の手が泳ぐ。

「…?何?何か、付いてる?」

「えーっと…。」

明らかに姫乃へと伸びかかった手をどうする事もできず、ああ、うう、とどもる明神。

「えい。」

なんのフォローも思いつかず、咄嗟に姫乃の鼻をつまむ。

「ん゛!?」

くるりと姫乃に背中を見せると笑いながら管理人室へと向かう。

「ちょっと、明神さん!?何すんの!!」

鼻を抑える姫乃。

「油断大敵ってな。」

ひらひらと手を振ると管理人室のドアが閉じられる。

「…もう!明神さんの馬鹿!」

ドア越しに聞こえる姫乃の声。

「馬鹿ですよ〜。」

投げやりに呟くと目を閉じる。

浮かぶのは、姫乃の背中。

「おのれガク…。」

あんな姿を見なければ、自分がどんなに惨めか思い知らされずに済んだのに。

…ガクならば、躊躇いなくあの肩を抱くだろうか。

天井に手を伸ばし、そのゴツゴツした大きな手をじいっと眺めた。


あとがき
明→姫←ガクです。どちらも片思いで。
またまた情けない明神です。カッコいいのも書きたいのに…。うじうじしています。
つ、次こそは!
2006.12.05

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