伸ばしても届かない手、届かなくても伸ばす手。

「ねえ、これはどう?」

「却下。似合わねえ。」

「…さっきからそればっかりだよ、エージ君。」

ぶすっとした顔をして、姫乃が口を尖らせた。

ここはうたかた荘、姫乃の部屋。

エージはあぐらをかき、頬杖をついている。

姫乃は床にゴムやリボン、ムースにスプレーを転がしてあれやこれやと髪型を変えている。

何となく気が向いて、姫乃の部屋に行ったエージはそのまま姫乃に捕まった。

「どの髪型がいいと思う?」

どうやら明日明神と一緒にどこかへ出かけるらしいが、その為の準備を今からしているのだ。

「もういいだろ?オレ出るぞ。」

「ちょっと待ってよ!どれも却下だったじゃん!どれがいいか言ってよ〜。」

輪ゴムを口にくわえ、せっせと髪を結う。

今度は耳の位置まで高く結んだツインテール。

「どお?」

「子供っぽい。」

「むー!!」

じゃあ次!と言って髪を解き、またせっせと髪を結う。

「気合入ってんなー。デートか?」

身を乗り出して言うエージ。

エージの予想とは違い、姫乃はちょっとだけ笑うと「ちょっと違うけど、そんな感じかな?」と答えた。

あ…。

「へ、へ〜。何か余裕だなあ。」

「へへん。エージ君には一杯いじめられたからね!もう平気だよ〜だ。」

今までの姫乃ならちょっと茶化すと直ぐ真っ赤になって「そんなんじゃない!」と言ったものだが、ここ最近の落ち着きっぷりはどうだ。

…面白くねえ。

本当ならおめでとうと言うべきなのだろうけれど、そんな気持ちにはちょっとなれそうにない。

せっかく、いじるのが面白かったのに。

微笑む姫乃が大人びてすら見えた。

変わっていく生者。

置いていかれる一方だ。

「エージ君?」

声をかけられて、慌てて目線をあげるエージ。

「な、何だよ!」

「黙っちゃったから、どうかしたのかと思って。…しんどい?どこか悪いの?」

覗き込む姫乃の頭は片方だけ中途半端に結ばれてゆらゆら揺れている。

姫乃は手を伸ばし、エージの額にそれを当てようとするけれど、もちろんその手はエージの頭をすり抜ける。

「バカヒメノ。ユーレイが風邪ひいたりするかよ。」

「そうだけどね。気分気分。私も早くお母さんみたいに皆を触れる様になりたいなあ。」

「…。」

姫乃が自分達に触れられる様になったら。

「そしたら、もっと楽しいのになあ。」

「そうかあ?」

「あのね、明神さんがゴウメイと戦った時、足元が崩れて私、高い所から落っこちた事があったでしょ?」

「…ああ。あったなそういう事も。」

エージが記憶をめぐらす。

ゴウメイのトバリを破って逃げる時、姫乃の足場が崩れてそのまま落下した事があった。

エージ、ツキタケ、澪の三人がかりで助け出したけれどあの時は伸ばした手が空しく宙を掴んで、背筋がぞっとした。

もしあのまま姫乃が落ちてしまっていたら、きっと自分を一生呪うと思う。

…もう死んでるけど。

「あの時さあ、エージ君とっさに手を伸ばしてくれたでしょ?」

「ああ。アホだよなあ今から考えたら。触れる訳ねーのに。」

「でも私も手を伸ばしたんだよねえ。ついつい。」

「そういやそうだな。お互いアホだな。」

「…アホかもしれないけどさ、私は結構嬉しかったんだよ?」

「何で?」

「上手く説明できないけどさ。手を伸ばしてくれた事が嬉しかったんだよ。」

「…ふーん。」

それだけ言って、エージは姫乃から顔を背けた。

(そう言ってくれるだけで嬉しい。)

そんな事、言いたくても言えない。

「ヒメノ。」

「何?」

「髪型、いつも通りが一番ヒメノらしくていい。…多分明神ならそう言う。以上!」

断言すると立ち上がるエージ。

「えーっと、それって結局私って無駄な努力…?」

「そうだなあ。無駄な努力だな!残念だったなヒメノ。」

「え〜…。」

がっくりと肩を落としてため息をつく。

ポケットに手を突っ込んでそれを眺めていたエージだけれど、ふと何かを思いつき、くくりかけてゆらゆら揺れる姫乃の髪に手を伸ばす。

もちろん、すり抜けるのだけれども、何度もそのゴムを取ってやろうとする。

「エージ君?」

「コレ、だらしねーぞ。早く取っちまえよ。」

あ、そうだねとそのゴムを解く姫乃。

「手、伸ばすだけでいいなら、いくらでも伸ばしてやるよ。」

タダだし。

そう付け加えながらもエージは姫乃の頭を触ろうとし続ける。

「ありがとう。」

姫乃が笑うのを見て、エージはその手を引っ込めた。

「じゃあ、またな。」

くるりと背を向けると壁をすり抜けて部屋を出る。

「九回裏逆転ホームラン…。」

そんな奇跡はあるだろうか。

多分、ない。

ないだろうけれどバッターボックスに立ったならそれを狙ってみるのが打者の役目だろう。

「三番エージ、バッターボックスに入りましたあ!」

曲がったバットを大きく振る。

早く姫乃がユウレイに触れる様にならねえかな。

そしたら明神の度肝抜いてやる。

見てろ。

チビだからってバカにすんな。

オレだってヒメノを笑わす事くらいできるんだ。


あとがき
ついに本格的に書きました。エジ→姫。もうエジ×姫でもいいかあ!
大好きなんです。基本は明姫ですが…。半分諦めながらも虎視眈々とって感じで…。
ひめのんっていつか霊に触れる様になるんでしょうか?無縁断世の力も詳しく知りたかったです。雪乃さんはゴウメイに乗ってたし・・・。
うたかた荘のメンバーの過去はどれも辛かったり悲しかったりする事があるので、皆ひめのんに癒されたらいいなあと思います。
2007.01.11

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