日常少女

「澪さん、澪さん。」

呼ばれて、澪は振り返った。

久々にうたかた荘にぞろりと遊びに来た案内屋連合。

昨日の晩はしこたま飲んで、食べて、今日は男二人を残して姫乃と買い物に来ている。

あまり街に出て服を買ったり映画を見たり、何て事はしないのだけれど、姫乃に「澪さんと買い物行ってみたい!」と強くせがまれて断れなかった。

姫乃が友人と良く行くと言う店をあっちへこっちへ渡り歩く。

今は服屋。

姫乃はワンピースの試着をしているところだった。

試着室から顔を覗かせる姫乃の元へと向かう。

「どうだ?気に入ったか?」

中を覗くと女の子らしいワンピースを着た姫乃が「どお?」と、くるりと回ってみせる。

「いいじゃないか。可愛いし良く似合ってる。」

「へへ。ありがと…でもさ、澪さん。これ色が二つあるんだ。どっちがいいなか?」

そう言って姫乃が同じデザインの服を胸にあてがう。

今着ているのは淡いピンク色。

もう一枚は淡いブルー。

「そうだな…。」

口元に手を当てて悩む澪。

「えっと、ね。その…。」

「何だ?」

姫乃が何か言い難そうに口をモゴモゴさせる。

「どうした?」

「あの、明神さんはどっちが好きかな、と思って。」

思わぬ所で明神の名前が出てきてムッとする澪。

別に明神が嫌いな訳ではないし、まあ成長して一人前になったと認めてやらんでもないとは思うのだが、まだまだ「あのガキ」というイメージがある。

ぶっちゃけると、姫乃は冬悟には勿体無い、と思ってしまう。

「何だ。冬悟の好みなんて気にする事なんかないだろ?姫乃が好きな方にすればいいじゃないか。」

そう言うと、姫乃はブルーのワンピースに顔を隠す。

「だけど、ほら。「似合うな」って言って欲しくて…。私、明神さんは何となくブルーのイメージがあるから、青い方がいいのかなって思うんだけど…。」

…こんなに可愛くて、いとおしい。

小さくて柔らかい女の子。

自分とは正反対。

好きな人に可愛いと言われたいなんて口が裂けても言えなかった。

一人ぼっちになって、力を得て、戦って戦って、辿り着いた答えは「一緒に戦いたい」

別におかしいとは思わないし胸はって誇れる自分自身のあり方。

だけど、こんな風に当たり前の日常を、毎日笑って学校へ行き、恋をする姫乃を時々とても眩しく思った。

今、こうやって当たり前を生きる姫乃。

先代と自分達で守った大切な宝石。

「ご、ごめんなさい変な事言っちゃって!」

ぼんやりと考え事をして黙っていると、姫乃が慌てて謝った。

「ああ、済まない違うんだ。ちょっと考え事をな。…姫乃、冬悟は確かに青い色が好きかもしれないけど、私は姫乃が着る服ならピンクがいいと思う。この服を着るのはアイツじゃないんだから、姫乃が似合う色を着た方がいい。」

「…そっか。そうだよね。」

姫乃はへにゃりと笑うとありがとう!と言って試着室の扉を再び閉めた。

柄にも無い事を言ったと思う。

ふと、鏡に映る自分の姿を見た。

目つきも悪いし、どこか張っている。

苦笑いをしていると姫乃が会計を済ませて走ってきた。

「お待たせー!じゃあ次!」

新しく出来たという雑貨屋へ向かい、中に入ると姫乃は一目散にずらりと並べられたマスコットに手を伸ばす。

「澪さん、こんなの好きでしょー?」

うさぎとくまの小さなマスコットを手に振り返る姫乃。

澪はそのマスコットに釘付けになった。

「な…そ、それは…。」

今まで少し落ちていた気持ちが一気に盛り上がる。

「わー!種類一杯あるよ!あ、見て、大きいサイズのぬいぐるみもある!」

「ひ、姫乃!こっちだ!違うシリーズも置いてあるぞ!」

「あ!!こっち見て!手帳とかペンも沢山ー!!」

「姫乃姫乃、こっちにアクセサリーもあるぞ、こんなの似合うんじゃないか?」

両手にペンと手帳を持った姫乃の右の手首に、澪は可愛い花をあしらったブレスレットをかけてやる。

「やっぱり。姫乃にはこういう可愛いのが良く似合う。」

満足そうにうんうんと首を振っていると、姫乃が手に持った文房具を置くとアクセサリーにくるんと向き直る。

そして今姫乃にかけてやったブレスレットとお揃いのチョーカーを澪の首にかけた。

「澪さん、今日の記念!お揃い買っちゃおう!」

「え?」

手を止め、ちらりと鏡に目をやる。

黒い革に、ちょこんと花がかかる可愛いチョーカー。

「いやいや、私にはこんなの似合わないし。」

「そんな事ないよ!澪さん美人だし、何だって似合うよー。」

「いや、でも。」

「身長も高いし、スタイルだっていいしさ。私スカートとかズボン買う時いっつも丈が長くてうーん、ってなっちゃうもん。いいなあ〜。」

「や、そんな事は…。そんな事はないんだぞ?」

服を選ぶ時はいつも動きやすい服。

デザインなんてあまり気にもしない。

全くこだわりが無い訳ではないけれど強いてこれと言った事はない。

右腕を澪の方へ伸ばし、腕にかかったブレスレットを見せる姫乃。

「ね。いいよね。お揃い!…あ、でもデザインが好きじゃなかったら。」

「そんな事はないよ。…じゃあ姫乃がそう言うなら、いいよ。お揃いを買おうか。」

「やったー!澪さんとおそろい!」

はしゃぐ姫乃を見て、澪も笑った。

大量のマスコットとそのチョーカーを買い、また次の店へ。

今度は姫乃が澪の服を探して選ぶ。

「うわあ!澪さんそれ似合う!」

初めはちょっと気持ちがついていかなかった。

けれど真剣に服を選ぶ姫乃を見ていたら、今日は姫乃に従おうと何となくだけれど思った。

買い物を終えて帰る途中、二人で買ったばかりのお揃いのアクセサリーを袋から出して早速つけてみた。

「どうだ?」

「バッチリ。」

「姫乃も良く似合う。」

「えへへ。」

「帰ったら早速あのワンピースを冬悟に着て見せてやるといい。」

「え!う、ど、どうしよっかな…。」

「せっかく買ったんだろう?これは命令だ!従う事!」

「ハイ…。」

二人で笑って歩き、うたかた荘に辿り着いた。

手に荷物をいくつも抱えた二人を男共とアズミが出迎える。

姫乃は早速、澪の命に従い買ったばかりのワンピースに着替えて明神の元へと走る。

「み、明神さん。これ新しいの買ったんだ。…ど、どうかな?」

手を開いたり閉じたりパタパタする姫乃。

その姫乃を眺め、口を暫くパクパクと金魚の様に開閉させる明神。

何か怖いものを待つ様な姫乃の視線に気が付き、我に返る。

「…ええっと。良く似合ってる…と思う。その、何だ。凄く。うん。」

「そ、そっか。良かった〜。」

「うん。凄く。…いいと思う。」

「ありがと。」

どこかぎこちない空気が流れる。

凄く、の後に可愛いを付け加えたいけれど言えない。

言えないまま、姫乃は嬉しそうに走り去った。

ガクリと座り込んで頭を抱える明神。

「…可愛い。」

熱い顔を抑えて、ポツリと呟く。

次の瞬間、その明神の頭を澪が蹴り上げた。

「ちゃんと可愛いって言ってやれよ。馬鹿が。」

ごろんと転がって。

「ッテー!…お前。…今の見てたのか。」

「まあな。」

「趣味悪ィ真似すんなよ!」

怒鳴りつけるとブウ、と口を尖らせる明神。

その明神をふんと鼻で笑う澪。

「ニヤニヤしやがって。このムッツリスケベ。」

「っだれが!!!」

「お前だお前。じゃあな。」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ明神を無視して自分の部屋へ戻ると、買ったばかりの服を袋から取り出す。

少し躊躇いがちにそれを広げ、袖を通す。

スカートなんてどれくらいぶりにはくんだろう、何て考えながら少し回って翻る裾を眺める。

部屋に鏡はないので、窓に映る自分を眺める。

「…どうだ。似合うか?」

ガラスに映る透明な自分の姿は、そのまま空と同化している。

「なあ、似合うか?」

もう一度、空に訊ねる。

返事が返ってこない事は解っている。

「似合うよ。」

背後から声がして、澪は驚いて振り返るとその声をかけた人物の顔面をいきなり鷲掴みにすると指に力を込めた。

「痛い痛い!澪チャンストップ!頭蓋骨が潰れる!!」

ペシペシと澪の手にタップするのはプラチナ。

「お前いつから居た。まさか着替えの時からいたんじゃないだろうな。」

「いないいない!!今さっき来たとこ!だから取りあえず手を離して手を!!」

「…ふん。」

手を離してやるとプラチナは頭を抑えて蹲る。

「さっさと出て行け。直ぐ着替えるしな。」

「何で?そのままでいいんじゃないの☆」

睨みつける澪の視線からさっと逃げると、無造作に置かれた買い物袋の元へと移動する。

「沢山買ったんだねえ。」

「…姫乃が薦めてくれたからな。柄にもない買い物をした。」

「オレはいいと思うけど☆きっとそのうち「ガラでもある」になってくるよ。」

「ふん。」

じゃあね、と部屋から出ようとする背中に、澪は声をかけた。

「不思議なもんだな。」

「…何がだい?」

「姫乃が、だ。私達は先代の意思を継いで姫乃を守った。冬悟は冬悟の意思で姫乃を守っていた。」

「そうだねえ。」

「命を懸けて戦って、大事に大事にしていた。まるで自分の事みたいに、いやそれ以上に。」

「ああ。」

「…今なら、その理由が良く解る。」

首にかかった小さな花に手をやる。

姫乃は澪達が持っていなかったものを全部持っていて、けれどそれを惜しみなく分け与えてくれる。

一緒に生活して、冬悟は一体どれくらいのものを姫乃から貰ったんだろうか。

「昔見た目つきの悪いガキ」はあんなにも穏やかに笑う事が出来る様になった。

冬悟にとって、今まで手にする事が出来なかった当たり前の日常は姫乃から貰ったもの。

姫乃を失う事はその当たり前の日常を失う事。

姫乃。

初め見た時は小さく、手足も細く頼りない女の子だと思った。

儚いと思ったそれは、思った以上に力強く、暖かかった。

「私は、これからも戦っていくよ。」

「そうだね。」

「…けど、そうだな。」

おもむろに、プラチナを真っ直ぐに見る。

「なあ、白金。」

「なんだい?」

「どうだ?似合うか?」

少し手を広げ、問う。

少し以外な質問に虚をつかれるプラチナ。

けれど直ぐに微笑んだ。

「良く似合うよ。澪チャン。」

「…そうか。」

「そのまま皆のトコ行けばいいよ。姫乃チャンにも見せてあげないとね。きっと喜ぶよ☆」

「まあ…そうだな。」

部屋を出るプラチナ。

その後を追う澪。

振り返り、もう一度ガラスに映る自分の姿を見る。

見慣れない姿に、やっぱり似合わないだろうと思う。

良く似合うよ。

ふっと、先ほどのプラチナの台詞が頭をよぎる。

「…まあ、いい。」

少し笑って、駆け足で部屋を出る。

はきなれないスカートの裾が、ひらりと揺れた。


あとがき
明×姫とプラ×澪です。
プラチナのイメージは「不意打ち魔」です(魔って)姫乃と澪が姉妹みたいに会話したりしたらいいなあとか、澪は姫乃に過保護だったら物凄くいいなあとか思いながら書きました。
しかしタイトル付けるセンスのなさはいかんともしがたく…。
2007.03.02

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