似てる顔

不躾なハガキを頼りにやって来たうたかた荘。

いるとばかり思っていた男は不在で、代わりに目つきの悪い、髪が真っ白なガキが明神を名乗っていた。

この髪の色が何を意味しているかは身を持って知っている。

潜在能力は未知数。

生まれ持っての素材。

品定めせずにはいられないあの男の後継者。

頭のてっぺんからつま先まで、射る様に眺めた。

出した結論は経験不足。

まだまだ役に立つとは言い難い。

ちょっとの粗が見える度、妙に腹が立った。

あの黒いコートだって、お前にゃ似合わないと取り上げたくなったけれど、そこまでの権利を自分が持っていない事は良く良く知っていた。

つまるところ、自分には何も残されなかったのかと勝手に思って、悔しくて寂しくて仕方がなかったのかもしれない。

憎々しげに顔を眺めた。

子供達と戯れる顔。

姫乃を励ます顔。

修行に打ち込む顔。

怒る顔焦る顔驚く顔。

フッと、あ、似てると思う顔があった。

居なくなった男に似ている顔。

笑顔。

一瞬、目を引かれた。

ハッハッハ、と豪快に笑うあの癖。

元々なのかそれとも一緒にいたからうつったのか。

「…やめよう。」

声に出してそう言った。

切り替えよう。

そうしないと生き残れない。

そうこうする内、たった一日の修行で冬悟は化けた。

ゴウメイと戦い、勝利する。

打てば響く成長ぶりに、少し嫉妬した。




潜伏先の夜。

見張りは交代ごうたいだけれど、冬悟だけが何日間も眠っている気配がない。

休まないといざという時動けないだろうとどれだけ叱っても言う事を聞かない。

仕方ないので取り合えず夜食を手渡しもう一度寝るように言ってみたが、大丈夫だの一点張り。

私は暫く黙った。

少し肌寒い風が吹いていた。

冬悟が、口を開く。

「ひめのんひっぱたいたんだって?」

「…何だ。エロガキが告げ口でもしたか?」

「いんや。ひめのんが言ってた。弱音吐いちゃって怒られたって。ちゃんとオレを信じないといけなかったのに、ゴメンってさ。」

「…なんだ。最後はノロケか。」

「ノロケじゃねぇよ!!」

このいちいち挑発にひっかかる馬鹿さ加減は爽快。

「…あんまひめのんにキツく言うなよ。ホント、つい最近まで普通の女子高生と変わらなかったんだからな。」

「わかってる。」

「色々あって、今キツイと思うし。」

「はいはい。」

「まだ十六歳なんだからな。」

「お前も、十六歳には手を出すなよ。見るだけで我慢しろ。」

「だからお前…殴っていいか?」

「冗談だ。いちいち真に受けるな。」

拳を震わせて怒りに耐える冬悟。

「お前らがとっとと帰って来たら姫乃もいらん心配をしなくて済んだんだ。お前が反省しろ。」

そう言うと黙った。

冬悟の気配がスッと切り変わる。

口をへの字に曲げ、歯を食いしばる。

ガクに支えられ、穴だらけになって戻って来た明神を見た姫乃は、安心すると同時に泣いた。

戻ってこないかと思ったと言いながら、必死で黒いコートを握り締めた。

「痛い?痛い?」と何度も聞いた。

ポタポタと雫を落とす姫乃の背中を見る冬悟の顔は、精一杯の悔しさと、何か決意の様なものが混ざったものだった。

それから、冬悟の様子がまた変わった。

「…わかってるよ。反省してらァ。」

半壊したビルの屋上に、ふわりとシャボン玉が飛ぶ。

冬悟がその透明な塊に手を伸ばす。

シャボン玉がピタリと手に吸い付いた。

一つ、二つ。

基礎をもう一度、もう一度、もう一度。

月明かりの下、その表情はまるで牙を研く獣の様。

もう、どこにもあの男の面影はない。

こいつは明神冬悟。

桶川姫乃の明神冬悟。

「…じゃあ、私は行くぞ。」

「おう。」

「姫乃が心配してたぞ。お前も少し休め。」

「…おう。」

「私は今から姫乃と風呂に入ってくる。」

ズパアン!と派手な音を立ててシャボン玉が弾けた。

「いちいち報告すんなよ!!」

「動揺するな。想像したか?十六歳の裸を!!」

「するか!!悪魔かお前は!!」

これがもし、勇一郎だったら。

じゃあオッサンも一緒に入る〜!!と言って着いて来かねない。

フン、と私は鼻で笑う。

「…やっぱりお前、似てないよ。」

「あ?」

「何でもない。さーってと。姫乃ー!風呂に行くぞー!近所に銭湯あるってさ!」

部屋の奥から「本当!?やったあ!」と聞こえる姫乃の声。

もう一度、冬悟のシャボン玉が大きな音をたてて弾けた。


あとがき
澪→黒です。
澪→冬ではないです澪→黒なんです。
微妙に書きたかった事が抜けました。ああ〜入れられなかったまたいつか何かの時に。
勇一郎はオープンスケベ、冬悟はムッツリスケベだといいな…。
2007.05.22

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