無意識
今日は学校帰りに一緒に日用品の買い物に行こうと約束をしていたので、明神はいつもの公園で姫乃を待っていた。
もう夕方だけれど天気は良くて、日が当たるとポカポカする。
腹ごしらえに、と購入したパンをムシャムシャと頬張りながら、姫乃と出会ったあの大きな木の下でぼんやりと姫乃を待つ。
そういや、ひめのん初め会った時はオレの事痴漢扱いしたっけ…。
今では一、二を争う明神の理解者だけれど、出会った頃は大変だった。
しょっちゅう「出て行く!」と言っていたっけ。
そんな事を考えていると、前の道を高校生が歩いていく。
無意識に、目がその中の一人を追う。
何故目がいってしまったかと言うと、その子が姫乃に似ていたから。
顔が、というか、雰囲気が。
姫乃をもう少し今時の子にして、少し髪を染めたらあんな感じかな。
そんな事を考えながら頭の中で変換すると姫乃に茶髪は何だか似合わなくて思わず笑いがこみ上げる。
これはこれでいいけれど、やっぱ今の姫乃がいいな、と考えていたら、突然背後から声をかけられた。
「何、じーっと見てるの?」
びくっとして振り返ると、姫乃が腰に手を当ててこちらを見ている。
どうも、不機嫌そうなオーラが漂っているのは気のせいではないと思う。
「あ、ひめのんお帰り。」
「明神さん、あーゆー子が好みなんだ。」
「え?」
「じーっと見ちゃってさ。ニヤニヤして!こっちが恥ずかしいよ。」
ブスっとしながら先に歩き出してしまう。
慌てて後を追いかける。
まずい。どうやら物凄い勘違いをされてしまった様だ。
しかし、まさか「いや、ひめのんに似てるな〜と思ったんだ。」
なんていえない。
ていうか、ひめのんに似てる子を見てニヤニヤしていたなんて、告白でなかったら変態だ。
明神心の計画では姫乃に全てを言うのは姫乃が高校を卒業してから!と決めていたのでどっと汗をかく。
「違うって!そんなんじゃないの!ひめのん勘違い!じっと見てたりしてないって!」
「してたよ。してました〜。やらしー顔してたもん。」
オレ、そんな顔してたの!?
というか、こんな風に拗ねて見せるという事は、少しは脈アリとみてもいいのだろうか…??
そんな事がぐるぐると頭の中を回りながら、それでも何かしら言い訳をしないとこの後の買い物が悲惨な事になりそうだ。
思わず、姫乃の手をつかんで引っ張る。
「あのねひめのん。オレがあの子を見てたのは…。」
「何?」
とっさにここまで言ったものの、きちんと言い訳を考えている訳ではない。
しかしこのまま何も言わないわけにもいかない。
「見てたのは、あ、あの子。…す、スゲー鼻毛が出てたから…・。」
…思わず出た言葉は言い訳として十分なのか不十分なのかイマイチわからなかった。
「誰か言ってやらねーのかなーとか、このまま家まで帰るのかなーとか考えてたら、おかしくて。」
ははは。と笑ってみせる。
ちらりと姫乃を伺うと、ふう、とため息を一つついて「ふーん。」と言った。
「まあ、それは…大変だよね。」
どうやら信じてくれた様だ。
「そうだろ!?」
少しオーバーにわははと笑うと、姫乃がいらない疑いを持たない内に話題を変え、買い物に向かった。
スーパーとホームセンターを梯子して買い物を終えると、最後の店で明神がトイレに行った。
ベンチに腰掛けて人波を眺めていると、無意識にその中の一人に目がいった。
「あれ。」
何だか明神に似てる。
背が大体同じくらいで、黒いシャツにサングラス。
顔はサングラスで隠れているけれど、骨格というか、顎のラインが似てる気がする。
ただ、全く正反対に違うのは、その男の人が髪を金色に染めている事だ。
頭の中で金髪の明神を想像して、なんだかそれがおかしくて思わず笑う。
すると、突然背後から声をかけられた。
「ひめのん、ああいうの好みなの?」
「うわあ!!」
「オレが言うのもなんだけど派手だな〜。ひめのんああいうのがいいんだ〜。」
嫉妬、というか、恨みがこもっている様な雰囲気に圧され、慌てて姫乃は否定する。
「ち違うって!別に見てないよ!」
「えー。何か幸せそうにニコニコしちゃってたよ。ひめのん。」
まずい。何だかとんでもなく勘違いをされてしまったみたいだ。
かといって、まさか「明神さんと似てるなって思って。」なんて恥ずかしい。幸せそうにニコニコして、なんて言われてしまった後だし余計に恥ずかしい。
ふと、思考が遡る。
あれ?これってどこかで同じ様な事があった様な…。
ついさっき。
公園でのやり取りと全く同じではないか。
そう思うと何だか可笑しくなってきた。
何だ。明神さんももしかしたら「そう」だったの?
「ひめのん?」
「えっとね。あの人、すっごい鼻毛が出てたんだよ。」
「へ?」
暫くの沈黙の後、何となくニコニコ笑っている姫乃の言わんとしている事がわかった明神。
「あ、ああ〜。鼻毛ね。」
「うん。」
「今日はエチケットがなってないヤツが多いな〜。」
「そうだね〜。ちゃんと鏡は見ないとね〜。」
明神は姫乃の分の買い物袋をひょいひょいとまとめて片手で抱えると、残った手で姫乃の手を引く。
姫乃も何も言わずそのままついて歩く。
「ひめのん、早く高校卒業してね。」
「後二年ちょっとかあ。頑張るね。」
そんな事を話しながら、いつもの帰り道をいつもよりゆっくりと歩いて帰った。
あとがき
ちょっと甘い話をば。
しかし鼻毛て。自分で突っ込みを入れながらかいていました。あはは…。
2006.10.30