右手と左手

1月1日に日付が変わって直ぐの深夜、明神と姫乃はこの辺りで一番大きな神社を目指して移動していた。

特に信心深い訳でもなく、更に一人暮らしをしていればそういった行事に足を運ぶのはついつい億劫になってしまう明神だが、今年は違う。

「もう夜中なのに人が凄いね!神社についたらどうなるんだろ…。」

明神の隣で姫乃が「はあ。」と白い息を吐く。

冷えない様にしっかりと着こんでもスカートをはくんだから、寒いだろう?と思うのだが、コレは女の子のこだわりなので深く突っ込みはしない。

目の保養にもなるし、何より似合っている。

ブーツの踵をカツカツと鳴らし、上機嫌で歩く姫乃。

つられて、微笑む明神。

電車に乗り、駅を出て暫く歩く。

駅も凄い人だったけれど、大きな鳥居が近づくごとにその数は増えてく。

「込むってわかってたけど、ホント、迷子になりそう。」

人の波に飲み込まれそうになりながら姫乃が言う。

「大丈夫か?ひめのん。」

明神は何気なく、手を差し出した。

姫乃は、その手をびっくりした様に暫く見つめ、顔を赤らめてコートの裾を掴む。

まあ、そっちでもいいや。

再び、歩き出す。

長身の明神は人の波から頭一個分飛び出ている。

きょろきょろと顔を動かして、人の多い場所を避けながら目的地へと向かう。

姫乃はその明神を盾にしながら前へ進む。

背の低い姫乃は明神がいなければ人込みの中ですっぽりと埋もれてしまう。

何とか鳥居をくぐり、階段を上って境内へと辿り着く。

賽銭箱の前で鐘を鳴らすと、明神と姫乃はお互い小銭入れを取り出した。

一瞬、悩んで五円玉を放り込む明神。

先に手を合わせ、拝んでいる姫乃の横顔を見る。

何をお願いしているのか、ちょっと気になった。

(今年こそ、新しい入居者が増えますように。オレもあいつらもひめのんも健康でいられますように。…若干もう死んでるけど。)

それから、と考えて、止まる。

(ひめのんと、もっと、こう…。)

差し出した手を逃れ、コートを掴んだ姫乃の赤い顔を思い出す。

いやいや。

五円でお願いし過ぎだ。

後は自分で何とかしよう。

閉じていた目を開け、隣を見ると姫乃が見知らぬじいさんに変わっていた。

「いい?」

慌てて辺りを見回す明神。

こんな所で勝手に動く訳もないけれど、実際いないのだからどうしようもない。

お守り売り場やおみくじをしているところを探してみたけれど、それらしい人影はない。

「マジかよ…。」

目の前にごちゃごちゃと広がる人波を吹き飛ばしたい衝動に駆られるけれどそうもいかない。

第一、そんな事をしては後で姫乃にこっぴどく怒られる。

「おーい!ひめのーん!」

恥ずかしいけれど、これが一番確実な気がした。

「ひめのん!どこだー!!」

あのちっちゃな体がこのごったがえす人込みの中に埋もれていると考えたら心配になってくる。

まさか、誘拐とか…。

自分が心配性だという事は自覚しているけれど、自覚しているからといって「いや、オレ心配性だしね。大丈夫。」と落ち着く事はできない。

「姫乃!!」

更に大きな声を出して呼ぶ。

返って来る声もなく、苛立ちと焦りがジワジワと胸を支配する。

踵を返し、もう一度賽銭箱の前へ並ぶ明神。

躊躇う事なく五百円玉を掴むとそれに放り込んだ。

(何でもいいから、ひめのんがいなくなるのだけは、勘弁してくれ!!)

階段を駆け下り、人込みを掻き分けながら姫乃を探す。

どこだどこだ。

どこにいる?

その時、遠くで姫乃の声が聞こえた。

「明神さん!」

全神経を耳に集中させて声の元を追う。

「明神さん!」

いた!!

背中の方から聞こえた声を辿って、人込みを掻き分ける。

人波からにょきりと生えた白い頭を姫乃が発見する。

「明神さん!」

「ひめのん〜。勝手に移動したら駄目だろう?」

「したくてしたんじゃないんだよ。どんどん押し流されて…。」

そういえば、お参りをしている間後ろからぐいぐい押された気がするけれど、ちょっと踏ん張れば明神はビクとも動かない。

姫乃も踏ん張ったのだが圧力に負けて、耐え切れずに流されてしまった。

「まあ、無事見つかってよかったけどさ…。」

ほー、と安堵のため息をつく明神。

(…ご利益、あったって事か?)

それから、おみくじを引き、売店をぐるりと見て回る事にする明神と姫乃。

歩き出した時、後ろからそおっと、遠慮がちに姫乃が明神の手に、手を伸ばす。

驚いて振り返る明神。

「えっと…。また迷子になったら、怖いから。お願いします。」

俯いたまま、ゴニョゴニョと言う姫乃。

言いかけた願いまで叶いそうだ。

「どうぞ。遠慮なく。」

弱く握られた手を強く握り返す。

それから神社を巡る間も、うたかた荘につく間の道のりも、ずっとずっと手を繋いだまま。

「来年も、また行こうな。」

そう言った明神に、姫乃はこくりと頷いて応えた。


あとがき
4000HITリク作品となります!ありがとうございました〜。
「初詣ではぐれてしまったひめのんを探す明神さん」です!こちらはリク下さいましたマシロセツナさんへ!
お待たせしました!ご自由にお持ち帰り下さいませ〜。
2006.12.25

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