迷ってもいいんだ
「うー……」
一言呟くと、姫乃は思わず天井を見上げた。
両手には一着ずつ春物のワンピースが握られている。
二着は同じデザインだけれど、色が違った。
どちらも好きな色なので、どちらでも良いと言えばどちらでも良かったのだけれど着た時の印象の違い、持っている服との相性を考えると選びきれず、姫乃は数十分もの間売り場の前でうんうん唸っていた。
春らしい桜の花びらの様な薄いピンクと、爽やかな若草色。
百聞は一見にしかずと言うし、姫乃は鏡の前で一枚ずつ交互に体にあてがってみる。
「ピンクは……子供過ぎるかな。でも言う程ピンク!って感じじゃないから大丈夫だよねぇ。でも靴……どれに合わせあたらいいかな。こっちのグリーンだと、上着が……」
右にピンク、左にグリーン。
どれだけ見比べても答えが出ず、姫乃は一人で買い物なんか来るんじゃなかったと思いながら、ふと明神を想った。
自分で決められないなら他人の意見を聞くのが一番……だけれど今この場に明神は居ない。
どうせなら明神に似合うと言われたい。
明神が好みそうな、明神らしい色にしたら着て見せた時の印象が良いだろうと考え、頭の中に明神を呼び出した。
ポカッと浮かんだ明神の笑顔。
その背後には、真っ青に開けた空。
「……青……は無いんだよね。残念ながら……」
姫乃は次に空に浮かんだ雲を思い浮かべたけれど、白いワンピースも無い為明神の笑顔を頭から消した。
次は、明神の姿をもっとカメラを引く感じで思い浮かべてみる。
黒いコートに、白いTシャツ。
それから、はきっぱなしのジーンズ。
残念ながら、選択肢の中に該当する色は見当たらない。
なので明神の普段着を洗濯機の中から一枚一枚取り出すイメージで色を思い浮かべてみたが、その色柄とバリエーションの無さに段々泣けてきた。
白、黒、灰色、紺、黄布の黄色、終り。
今更ながら驚愕の事実に足が震えた。
「こ、これは……私の服を買ってる場合じゃない気がする」
二枚のワンピースを元の位置に戻そうとした時、ふっと鏡に映る自分が目に入った。
それから、目線がいつもつけている髪留めに移る。
『それ、似合うなあ。いつもつけてるの、大事なんだな』
『色がいいな。ひめのんらしい』
いつか言われた言葉が蘇って、姫乃は戻そうとしたワンピースをもう一度見つめた。
明神がらしいと言ってくれた色。
「……これください」
姫乃はピンク色のワンピースを買う事にした。
それから、売り場を移動して男物の服屋へ向かう。
大きなシャツを幾つか広げて「明神さん、どれが好き?」聞いてみる。
想像の中の明神は買ってもらうなんて悪い、自分で買うと言うけれど今日のお礼だからと無理矢理選ばせる。
いつか明神が好きだと言っていた色、それからいつも明神が身に着けている色。
その記憶の集合体である明神がおずおずと一枚のシャツを選び、姫乃は満足そうに微笑んだ。
難なく一枚のシャツを選び終わると足取り軽く、食品売り場へ晩御飯の買出しへ向かう。
「明神さん、何食べたい?」
頭の中で返って来た答えは肉っ気のもの。
姫乃は笑った。
「昨日もお肉だったでしょ? 今日は魚です」
想像の中で明神がしぶしぶ「まあ、煮魚は好きだけど……」と口を尖らせる。
迷ってもいいんだ。
一番好きな人に答えてもらおう。
「明神さーん、今日のご飯は魚だよ」
「え、マジで。に」
「お肉は昨日食べたでしょ、肉じゃが。だから今日は煮魚です」
「へーい」
「それから、明神さんこれ良かったら着て」
「え! ちょ、どうしたひめのん」
「いいの。今日のお礼」
「……オレなんかした?」
「うん。いつもしてくれてる」
「え?」
何かを達観した様な姫乃と、置いていかれる明神。
姫乃に渡された袋を開けると、好きな色だが服としてはあまり着ない胸にロゴの入った淡いブルーのシャツが入っていた。
しばし見つめ、袖を通す明神。
「似合うね」
「似合うな」
明神が照れくさそうに、でもちょっと誇らしげに笑い、姫乃も一緒に微笑んだ。
自分の中の大事な人は、意外と想像通りの人だった。
あとがき
これでもかという位久々に小説を書きました。
見事にどうやって書いてたっけ?という位何かを忘却してしまっている感がありますが、幸せな明姫(?)で。
2008.03.19