LOVE ME TENDER

学校の帰り道。

途中まで友人と一緒に帰り、いつもの道で別れる。

そのまま、坂を下って公園を渡って、何度か道を曲がってうたかた荘。

そのいつもの帰り道の途中、姫乃は見慣れた黒いコートを見つけた。

「あれ、明神さん?」

呟いて、声をかけようと近づくと、誰かと話をしている様なので思わず反射的に隠れる。

(隠れる必要はないんだよね。別に声かけたらいいじゃない…。)

なんて考えながらも体はポストの陰に隠れたまま動けない。

理由は、明神が話をしている相手が女の人だから。

(何してんだろ私。覗きなんて趣味悪いし、いつもみたいに声かけたらいいじゃない。)

年は20代半ばくらい。

ピシッとスーツを着ていてなかなか美人。

(明神さん、デレデレしちゃって。)

別に、明神が特別デレデレしている訳ではないのだが、知らない女性と楽しそうに談笑している姿は姫乃にはデレデレしている様に写る。

明神と女性、二人を交互に見比べる。

女性も何やら楽しそうにしている。

時々、明神が声をあげて笑い、それにつられて女性も笑う。

(…コッチの道、通らなかったら良かった。)

居た堪れなくなって、二人に背を向ける。

ここまで来てしまっては、逆に去る事も躊躇われる。

引き返す背中を見られると気まずいし…。

大きくため息をつく姫乃。

(馬鹿。大体、隠れたりするからやましいんじゃない!普通に声かけたら良かったんだよ。)

思いなおして背筋を伸ばす。

えい、と思い切ってポストの陰から飛び出すと、丁度、その女性が、明神の頬にキスをしたところだった。

姫乃が「明神さん。」の口のまま凍った。

ついでに、明神と目が合った。

姫乃は、自分がどんな顔をしているかわからなかった。

「な…な…。」

次の瞬間、その女性がフワリと浮きあがり、光の泡となって消える。

優しい、笑顔をしていた。

色んな事が矢継ぎ早に起きて、姫乃はポカンと口を開けてフリーズする。

「ひめのん、今帰りか?」

声をかけられてはっとする。

「え、あ、うん。あ、今、帰り。」

「そっか。じゃあ一緒に帰るか。」

「あ、え、はい。」

とぼとぼと、明神と一緒に帰り道を歩く。

姫乃の頭の中で、明神が女性にキスをされるシーンがぐるぐると回る。

その次に「アレはお仕事でそうお仕事で。」という言葉がぐるぐる回る。

せめて、目が合った時に「しまった、見られた。」という顔をしてくれたら、精一杯怒れたのに。

「…ね、嬉しかった?」

「ん?」

「あの、その、あの人に、ほっぺた。」

「あ、ああ〜。そうだなあ。」

目をそらし、無意識にかキスをされた頬を掻く明神。

「まあ、嫌じゃあなかったかな。一応、男だし。」

「…ふーん。」

ここで、そんな事ないよと言えば信じただろうか。

多分、「嘘だ。」と言うだろう。

自分でもわかっている。

明神がどう答えようと、明神にこれから八つ当たりしてしまうという事が。

「楽しそうだったもんね!ずーっとヘラヘラしちゃってさ。」

プイと顔を背ける姫乃。

明神がその横顔を追う。

「ひめのん、ヤキモチ?」

「っな!!どうしてそういう風にとるかな!?」

「だってひめのん、隠れて見てたんだろ?」

「え…。」

思いもつかない反撃にたじろぐ姫乃。

「どうして?」

「ど、どうしてって…。だって、知らない人、一緒だったし。」

「別に挨拶くらいしてもいいのに?」

「楽しそうだったし、邪魔しちゃ悪いかなって。」

「それでポストの陰にずっといたの?」

「…。」

「そ、そうだけど、何か変?私、変?」

もやもやする気持ちを明神にぶつけるつもりが、どうしてこんな事になったのか。

(これってヤキモチ?私がヤキモチやいてて、明神さんがそれに気付いてて?)

何だか物凄く恥ずかしい様な、情けない気持ちになって黙ってしまう。

「…意地悪。」

やっと何か言えたと思えばこんな言葉で、ますます恥ずかしくなる姫乃。

そんな姫乃を見て、少し笑う明神。

「ゴメン。イタズラしてみた。」

ポンポン、と頭を叩く。

「こ、子供扱いしないでよねっ!」

「あ、ひめのん。」

怒ろうとした姫乃を制する明神。

小さく手招きをする。

「え?なに?」

「耳貸して?」

「ん?」

言われるまま、明神に耳を傾け、背伸びをする姫乃。

その顔の位置に合わせる為に明神も少し屈む。

姫乃の頬に、柔らかい感触があった。

明神が、姫乃の頬に口付ける。

「え、うわ、あああ!?」

姫乃が頬を押さえて明神から飛びのく。

「い、い、今、今。」

「うん、頬っぺたに。」

「な、ど、どうして。」

「お詫びの印。」

「な…。」

明神の唇が触れた頬から顔全体に、顔全体から体全体に、どんどん熱が広がっていく。

「ず、ずるい。こんな事で、うやむやにしようなんて。」

恥ずかしさで涙目になりながら訴える姫乃。

「ホントは、ひめのんにしてもらえたら一番嬉しいけどなあ。」

「しません!」

「何で?」

「しないから!」

「減るもんじゃないし。」

「私のは減るんです!」

ゼイハアと肩で息をする姫乃。

微笑む明神。

どうしてこんな時にそんな余裕に笑ってられるのかと、呆れもするし、その笑顔が素敵だとも思ってしまう。

「…もっと明神さんが優しくしてくれたら、考えてもいいです。」

今の姫乃では精一杯の台詞を聞くと、明神は「ふむ。」と言うと頭を撫でだす。

「だからっ、子供扱いはしないのっ!!」

怒って、喚いても明神は嬉しそうにニコニコ。

(何かずるい。ずるいずるい。自分ばっかり空回りして。)

「ひめのん。」

「…なんですか?」

最早怒る元気も抵抗する気力も残っていない。

大人しく返事をする。

「ヤキモチ焼いてくれて、ありがとな。」

駄目だ。勝てない。

どんなにこっちが怒ったって駄目。

姫乃は明神をじっと見つめる。

この人に、こんなひねくれたやり方じゃあ勝てない。

素直に、姫乃は手を伸ばす。

もっと、ちゃんと伝えないと、勝てないんだ。

明神の顔を掴んで引き寄せると、全く抵抗しないそのふてぶてしい男の頬にキスをした。


あとがき
こんな強気な明神は久々に書きました!
6巻位だとこんな感じかなあと思うのですが…。
こちらはリク下さった空木さんへ!ありがとうございました!!
2006.12.11

Back