Lipstick
うだる様な暑さが続く日々、明神はクーラーのない部屋でだらしなく寝転んでいた。
庭から聞こえる蝉がけたたましく泣く声は、今は暑い今は暑いと自分の心を代弁している様で気が滅入った。
「うー……あぢィ……」
昼間こそ家にいると暑いものだが明神の仕事はもっぱら夜。
やる事がない訳でもないけれど、こう暑いと何もする気になってくれない。
開きかけてやめた書物が明神と一緒に部屋に転がっていた。
書物を避けてごろんと転がると畳さえ熱を含んでいて、明神は自分がコロコロステーキになった気分になる。
昼寝すらままならないこの時期は毎年辛いが、それを改善する資金がない。
そんな時、玄関が開く音がして元気のいい「ただいま」の声がうたかた荘に響いた。
この暑い中買い物に行くと言っていた姫乃が帰ってきたのだが、両手一杯にスーパーの袋やら抱えて帰ってきた。
夕方から澪が遊びに来る事になっている為、その歓迎の準備用だろう。
食材がいつもより多めに買い込まれていた。
明神は玄関で出迎えてそれらを運ぶのを手伝いながら、暑いなかテキパキ動く姫乃を眺めてやっぱり若い子は違うなあと思うのだった。
明神自身、24歳なので決して年寄りという訳ではないのだが、はっきりとしている姫乃との歳に加え、習性や行動の違いを発見する度に明神はいつも「ああ、オレも歳を食ったなあ」と思わされるのだ。
「明神さん、これ食べない?」
そんな姫乃がシャワーを浴びて服を着替えた後、管理人室を訪れた。
さっぱりした顔をした姫乃は最近の若者が流行りで着ている……花柄の可愛いキャミソールとレギンスという姿。
上は涼しそうなのに下は暑そう。
明神はそう思うのだがそれ以上に肩が露出しすぎている事がいつも気になっていた……のは年寄りの証拠かもしれないと自分で思う。
寝転がった状態で姫乃を見上げながら、明神はそんな事を考えた。
この暑い中タイツなどはいて、足は蒸れたりしないのだろうか。
明神のいらない心配はよそに、暑そうな素振りも見せない姫乃の手にはビニール袋。
中には何かの箱が入っている。
大きさはケーキの箱程の物だったが、中身はどうやらケーキではないらしい。
もっと香ばしい……お肉の、香辛料の匂いがする。
幸いな事に、この暑さの中でも明神の胃は衰えてはいない。
転がっていた明神は、姫乃のヒラヒラのスカートをくいくい引っ張った。
食べたい、下さい、の合図だ。
「あのねえ、明神さん。夏だからってダラダラしてたらボケちゃうよ! 今日は澪さんが遊びに来る日でしょ? 部屋の片付け位しなきゃ」
「へーい、わかってますよ。そんで、それ何?」
「フライドチキンだよ。夏バテしてるならいいんじゃないかなと思って。アイスの方が良かった?」
「いや。そっちがいい。夏バテしてようがしてまいが欲しい」
「あはは。どうぞ〜」
姫乃が袋を畳の上に置くと、冬悟は反動をつけて起き上がった。
その向かいに姫乃も正座する。
頂きますと手を合わせて箱を開くと、まだ暖かいチキンが五つ入っていた。
手を伸ばして一つ目を掴み、目一杯頬張る。
口の中にチキンの味が広がった。
姫乃はそれをニコニコ眺めている。
その視線に気付き、明神は手を止めた。
「……あれ、ひめのんは食わねーの?」
「ん? うん。私はいいの。明神さん用だから」
「え、マジで? これ五つ? 全部?」
「全部」
「何か……悪いなあ」
「いいのいいの。最近しんどそうだしこれ食べて元気出してもらわないと」
「うーん、そっか。んじゃ、遠慮なく……」
一つ目のフライドチキンを骨だけにすると、明神は指を舐めながら二つ目にも取り掛かる。
二つ、三つと食べる間、姫乃は冷たいお茶を汲んで明神に渡し、その後もずっとニコニコそれを眺めていた。
数分の無言の時間が過ぎ、明神が最後の一つに手を伸ばした時。
「……ねえ明神さん。実はね、お願いがあるんだけど……」
ニコニコ顔のまま、姫乃が言った。
明神の手がピタと止まる。
ゆっくり顔を動かして姫乃を見ると、姫乃はちょっと「ごめんね」を含んだ微笑で明神を見返した。
「ひめのんっ! いつからそんな汚い大人になっちまったんだ!」
「ちょ、や、明神さん! 油まみれの手で顔……ひっはらひゃいれ!!」
明神が姫乃の頬を両手で掴んで引っ張った。
丸い頬っぺたが横に伸び、楕円になる。
「ひょーひんはん、いはい、いはい」
手をバタバタさせて逃れようとする姫乃。
明神の手をパンパンと叩き、やっとその束縛から解放される。
「そんなに怒らなくってもいいじゃない」
「な〜んかおかしいと思ったんだよな〜。何もねーのにフライドチキンとか。晩メシが豪華な時はおやつは控えめにっていつもはうるさいのに今日に限って」
「わーもういいじゃない!」
「で、頼みって何だよ。こんな回りくどいことしなくたって、ストレートに頼みゃいいだろ? そんな頼み辛い事なのか?」
「うん……ちょっと、ね」
姫乃は俯き、もじもじと手指を遊ばせた。
今更遠慮もないだろうと明神はため息をつく。
「何? ひめのんが困ってんなら、オレはきくから。遠慮されっと逆にヤダ」
「ん……あのね……」
ちら、と姫乃が明神を上目に見た。
狙っていたら犯罪級だと明神は思いつつ、姫乃は意識しないでこういう仕草をするのが性質が悪い。
「顔をね、貸して欲しいの」
「…………ビンタ? え、何かストレスたまってるとか。いいけどまさかグーとか肘じゃねーだろな……」
一瞬言葉を詰まらせた後、明神が口を開いた。
呆気にとられた姫乃が逆に言葉を詰まらせる。
「あ……あ。……何でそうなるの!? 違うのっ! 殴らせて欲しいとかじゃなくて!!」
「じゃあ何。顔貸すって取り外しできねーぞ」
「そうでもない! モデルになって欲しいの」
「何の?」
「ちょっと、来て」
「お? おう」
姫乃はチキンがまだ一つ残された箱を掴んで移動を開始した。
管理人室を出て階段を登り、姫乃の部屋へと向かう。
明神は姫乃とチキンを追いかけた。
部屋に招き入れられると座布団を用意された。
最後の一個を手渡されないのをみると、どうやらコレは了承してくれたら渡しますという事だろうかと明神は考える。
向かいに座った姫乃の傍らに、ファッション雑誌があった。
その上に小さなポーチとタオル。
それから、何かのクリームが入った小瓶が目に入った。
嫌な予感がする。
冬悟は立ち上がろうとしたが、目の前にチキンを差し出された。
まあ、お一つ。
ぬぬ。
最後の一つ、食べずにいられまして?
そう言われたならば食べる訳にはいくまい。
「……そんで、オレに何をさせる……と言うかオレに何をする気?」
口をもぐもぐと動かしながら明神が問う。
ここまで来ると半ば自棄というかなんと言うか、どうでもいい気分になってどっかり腰を落としている。
姫乃は明神がどうやらしぶしぶながらも望みを聞いてくれるらしいという事を確認すると、やや興奮気味にポーチの蓋を開けた。
「あのね、今日澪さん来るでしょ? 昨日夜澪さんと電話してたんだけど、色々話してたら女の子らしいとは〜とかいう話題になってね。最近高校生でも化粧してる子だっているよって話をしてたら澪さん化粧殆どした事ないんだって! そんな話を聞いてたらね、何か応援したくなっちゃったって言うか……力になれたらって思っちゃって、お節介かなって思いながらじゃあ明日してみようかって言ったら澪さんうんって。もう私、嬉しくって! でも、化粧してあげるねって約束したけどホラ、私、自分もお化粧なんかしないでしょ? 口ばっかになっちゃって、馬鹿だな〜って思うんだけど何とかしたかったの。だからね、」
姫乃は長々と喋りながらポーチからヘアバンドを取り出しそれを明神の頭に設置し、ウエットティッシュの様な物で顔をさっさと拭いた。
特に油まみれになった口元は丁寧に、かつ優しく汚れを落とす。
姫乃の口と手はよどみなく動き、更にペタペタと化粧水を明神の顔に塗りだした。
「よし、綺麗綺麗。……で、澪さんが来るまでに」
明神がその姫乃の腕をがしと掴んでそれ以上の動きを制止する。
「わかった。つまりアレか。オレに化粧の実験台に」
「そう」
「やだ」
「何で」
「男だから」
「明神さん綺麗な顔してるよ?」
「そういう問題じゃない」
「勿体無い」
「そうでもない」
「明神さんカッコいい!」
「とってつけた様に褒めてもダメ」
少しの沈黙。
姫乃はむー、と頬を膨らませた。
「ケチ」
「うお。今度はそう来たか」
「チキン食べたのに」
「やっぱりあれは餌か。オレに餌を与えて言う事を聞かそうって魂胆だったんだな」
「違うもん。報酬」
「報酬は労働の後に貰うもんだ」
「前払いだったの」
「やっぱり餌だろ」
平行線の押し問答が続いた。
明神は化粧をされる事を断固拒否し、一歩も譲る気配が無い。
姫乃が不満そうな顔をした。
「……餌……と言えば餌というか、ちょっと釣ろうとしてたけど」
「開き直った!」
「そう……だけどそうじゃないもん!」
「どっちだ!」
「困ってたら頼みごときいてくれるんでしょ? 遠慮される方がやだって言ったのに!」
「それはそう、言ったけど」
「嘘吐き」
「…………………」
「……」
「あのなあ」
「……」
拗ねた顔をする姫乃と、ため息を吐く明神。
ちょっとの沈黙の後、姫乃がはっと顔を上げた。
あ、と口を開いて明神の方を見る。
一瞬様子を窺った後、しゅんと小さく項垂れた。
「……ごめん。やっぱり嫌だよね、男の人が化粧なんて」
「お?」
「ごめんね、強引に色々言っちゃって。元々、お化粧なんて出来ないのにやってあげる! なんて言っちゃうからこんな事になってるんだし」
「……う、や。まあ」
「ああ、私の馬鹿! うん! 何とか自分でやってみる! 明神さんありがとう、ごめんね」
姫乃はペコリと頭を下げ顔を二度ほど叩くと頭を切り替え雑誌のページを捲った。
ペラペラ眺めながら澪に似合うメイクを探す。
「……ひめのん」
「ん? あ、ごめん。二階まで引っ張って来ちゃって。後は自分でやるから! 大丈夫。もういいよ……あ、でももし良かったら、私がメイクするからその評価……というか変なとこ指摘して欲しいな。それはいい?」
「まあ……そんくらいはいいけど」
姫乃が元気良く笑った。
「ありがとう!」
どうやらもう本当に気持ちを切り替えているらしい。
明神に頼ろうとしていた事も、むしろ本当に悪かったと気を使いつつ、前向きに自分で何とかしようとしている。
……そして明神は、お役御免になったのだが。
「あの……」
「ん?」
「いいけど」
「……何?」
「顔、貸したげる」
「え? ……いいの?」
「うん。あ、でも変にしないでね。それから誰にも見せない事」
「何で急に? ……嬉しいけど」
「や……何と言うか。急にいらないといわれると、それはそれで寂しい様な気がしてだな……」
「何それ!」
姫乃に呆れられ、明神は非常に複雑な顔をした。
急な態度の変化に姫乃が呆れるのも無理はないのだが(しかも理由が寂しいからときた)突然切り替えられてごめんと謝られると、頑なに拒否し続ける事の方がどうかと思えてきてしまったのだから仕方がない。
うーんと唸った後、明神はさあどうぞと顔を差し出す事にした。
いい加減恥かしさで顔が熱い。
なので目を閉じる事にした。
真っ暗な中、姫乃がぺタと頬に触れた。
姫乃がどんな顔をしているのか想像も出来ないが、多分呆れかえった顔をしているんだろう。
「明神さんってさ」
声も呆れている。
「あーあーみなまで言うな。わかってマス」
「……馬鹿」
あれ? と思った時には何か暖かい、柔らかい物が明神の唇に触れていた。
あっと思った時には姫乃は大急ぎで明神から離れようとしていて、明神はそれを捕まえて引き摺り倒していた。
床に転がして上から覆いかぶさってキスを返す。
「……おかしい」
「な、なにが」
「こんな筈じゃなかったんだが……何でオレひめのん押し倒してんだろうなあ。さっきまで喧嘩してたのに」
「知らないよ!」
両腕を押さえられ、姫乃がジタバタと暴れる。
明神はおかしいな、どうしようかなと思いながらその手を放す気になかなかなれず、またその事におかしいなと首をかしげた。
腰を浮かせた状態で姫乃のお腹の辺りにまたがり、両膝で姫乃の体を固定する。
姫乃の膝が背中にごつんごつんと当たったが、殆ど力が入っていないので痛くも痒くもない。
姫乃が右に転がろうとしても左に転がろうとしても、ほんのちょっと力を加えるだけでそれを阻止できた。
「……っ明神さん」
「何だー?」
「時計。澪さん来ちゃうよ?」
「うげ」
忘れかけていたが、今日は澪が遊びに来る日で……それまでにメイクの練習をしなければならないのだが。
澪という単語が明神に抑止力が働く事を姫乃は最近覚えたらしく、何かにつけて澪に言うぞと脅してくる。
それは面白くないのだが、事実澪に言われると命が三つか四つは蒸発しているのだから明神は大人しく姫乃から手を引くと正座した。
どこか恐る恐る、明神の顔に触れる姫乃。
それでも時計を見て時間があまりない事を確認すると、慌てて雑誌を広げ、写真とにらめっこしながらメイクを開始した。
「うーんと……ここは影をつけて、色を乗せて……手持ちの色だけじゃ足りないなあ。コッチで誤魔化そう。明神さん、目、あんまりぎゅーっとしないでね?」
「お? おう」
「あ、動いちゃだめ」
「不自由だな」
「ごめんね」
「……いいけど」
ここに来て、明神は自分の習性に気が付いた。
押して引いてに弱いのだ。
はあ、とため息を吐いたらもう一度姫乃に動くなと叱られた。
「出来た」
言われて、明神はうっすらと目を開いた。
自分では何がどうなったかわからないけれど、姫乃は満面の笑みを浮かべて満足そうにしている。
「え? どうなった? オレ綺麗?」
勿論、冗談だ。
「綺麗綺麗! 鏡あるよ、見て」
意気揚々と手鏡を差し出す姫乃。
どれどれと覗き見て、やっぱりなと明神は苦笑いする。
化粧の出来どうこうではないのだ。
自分が化粧をしているという事がまず受け付けないし、鏡に映る化粧をした二十四歳の成人男性を見て抱く感想はどう転がっても「気持ち悪い」の一点のみだった。
そんな明神を見て、何がそんなに嬉しいのか姫乃は胸を張って微笑んでいる。
自画自賛なのか、そんなに化粧が出来た事が嬉しかったのか、はたまた本気で綺麗だと思っているのか……。
「どう? 綺麗に出来てるでしょ?」
「うーーーーーん。綺麗っつーか何というか。化粧自体はいいとしてモデルが悪いだろ、やっぱ」
「そうかな。明神さん切れ長の目だし、ゴツっとしてるけどそこを化粧でぱぱっと隠して、柔らかい印象にすると本当に女の人みたい」
「うげげ。嬉しくねぇ」
「褒めてるのに」
けなされて不満そうな姫乃に、明神は手鏡を返した。
「やっぱ、化粧は女のモンだな」
「そうかなあ」
「あのな、オレがこの顔で外出たら、ひめのん隣で歩けるか?」
直球の問いに、姫乃ははたと止まった。
目線が上に動く。
二人で散歩する姿を想像しているのだろう。
数秒後、姫乃の顔がじわじわじわじわと苦い笑い顔に変わっていく。
「……想像したな」
「……あは。駄目、かなやっぱり」
「返す」
明神は姫乃の顔を引っつかみ、頬をくっつけてずりずり擦った。
「痛い! 痛いしくすぐったい!!」
右の頬と左の頬。
順番に擦り終わると今度は両手で姫乃の顔を固定した。
「こっちもお返し」
「……ん」
軽くキスをした後……明神はぐりぐりと唇を姫乃の唇に押し当てた。
ムードもへったくれも無いキスに、姫乃はやや怒りを混ぜた様子で両手をバタバタさせる。
「っぷはあああ!! もう、明神さんちょっと何考えて」
「ああやっぱり、女の子の方が似合うよなあ」
「……何、なにかんがえて」
「ピンク色だ」
明神が笑った。
姫乃が黙った。
「姫乃ー? いないのか? ちょっと早いが着いてしまった」
階下から声が響き、ふんわりした雰囲気だった部屋に緊張が走る。
明神も姫乃もびくりと肩を震わせ、一瞬の硬直の後高速で動作を再開させる。
「あのな、一応こっちでも……色々用意してみたんだが、何せ初めてなもんでわからなくてな」
明神は顔に残った化粧を必死で落とす。
トントンと階段を登る音が近付いてくる。
「店員に聞きながら一通りはそろえたんだが……」
姫乃は鏡で顔を確認し、なすり付けられた口紅を落とそうとして……明神の方を見た。
「どうしよう。コレ、何だか落としたくないなあ、まだ」
「……また付けてやっから」
「じゃあまた化粧させてくれるの?」
姫乃がくすくす笑う。
明神が口の端を引きつらせて笑った。
「これは使っても使わなくてもいいと思う。姫乃のやりやすい様にして貰えたら……ああ、居たいた」
澪が二階の姫乃の部屋に辿り着き、扉を開けた。
中を覗き、手を振ると姫乃もゆるゆると手を振り返す。
部屋には姫乃と……散らばった化粧品達。
それにファッション雑誌が開いたままになっている。
カーテンがヒラヒラと揺れた。
生暖かい風がそこから入り込んでいた。
「悪いな。急に来たりして。……どうかしたのか?」
「……何でもない」
顔を手で押さえ、少しフワフワしている姫乃の顔を澪は覗きこんだ。
「ああ、姫乃も化粧をしていたのか」
「う、うん」
「窓、開けっ放しだが……虫が入らないか? 網戸は閉めた方がいいと思うが」
「あの……暑いから、今開けたトコなの。すぐ閉めるね」
「本当だな。最近の暑さは体に悪い……顔、赤いぞ姫乃。冷たい物を買ってくれば良かったな」
「いいの! 気にしないで」
「そうか?」
「うん」
澪が荷物を置いて上着を脱ぐ間、姫乃は鏡を覗き見た。
少しだけ唇からはみ出したピンク色を、ちろりと舐める。
「姫乃、それでこれなんだが……」
「あ、うん! ええと……澪さんは口紅、この色がいいと思うんだよね。それで、こっちは……」
始まった姫乃の講釈を、明神は屋根の上で聞いた。
窓枠に捕まり、逆立ちの要領で姫乃の部屋から逃亡したのだけれど、上手くいったようだ。
澪は今まで明神が部屋にいた事に気付かなかった。
ばれなかった悪戯程清々しい物はない。
明神は勝ち誇った笑顔を太陽に向けた。
「……しっかし、瓦あちい……」
裸足の足の裏がジリジリと焦げる。
姫乃の部屋に戻る事は暫く無理そうで……数分間瓦の熱と格闘した後、明神は女の子達のきゃいきゃいと響く笑い声を聞きながら屋根の上から跳んで脱出した。
あとがき
久々にがつっと一つ書く事が出来ました。
書いてる内に、話がどんどん変わる変わる……。オチまで変わりました。
そしてこれを書いている今でもタイトルが思い浮かびません。困りました。
2008.07.30