境界線の火曜日

家に帰ると晩飯はサバの煮付けだった。

スライスされた生姜とぶつ切りの青ネギが味噌風味のダシをしっかり吸って美味い。

飯を食ってたら親父が寝過ごして授業に遅れた事を言ってきた。

思わずひめのんを見たら精一杯首を振っている。

…チクったのはどうやら湟神らしい。

あのアマ。

今日はどうにも調子が狂いっぱなしでいけない。

とっとと寝ちまおうと歯を磨いていると、隣に並ぶひめのん。

「なんかさ、こういうのって家族っぽいね。」

嬉しそうに笑う。

オレはそうだね、と答えた。





次の日、火曜日。

あれだけ寝たのに冬悟は寝坊してしまった。

姫乃が冬悟の部屋をガンガンと叩いて起こす。

「冬悟さん!時間時間!!」

その声を聞いて、冬悟は布団を跳ね除け時計を掴む。

電池が切れて止まった時計は午前4時半を指していた。

「っだああああ!!!!」

大急ぎで着替えて階段を駆け下りる。

すでに準備されていた朝食を慌てて口に放り込む。

「ごめんね、もう起きてると思ってた!」

姫乃も一緒に慌ててご飯を食べる。

食べ終わると二人並んで歯を磨く。

「じゃあ冬悟さん、勇一郎さん、お弁当!」

もうこれが恒例になったのか、ちゃんと勇一郎の分も用意されている。

「はは〜。」

頭を下げ、手を高くかざして勇一郎はそれを受け取る。

「じゃあ、行ってきます!」

手を振って、姫乃を見送る冬悟と勇一郎。

「って、お前も早く行かないと遅刻だろ?」

言われて、鞄を掴んで走り出す冬悟。

「お〜い、冬悟。」

勇一郎が何かを投げてよこす。

反射的に掴んだそれを見てみると、小さな鍵。

「チャリが裏に止めてあるだろ。アレ乗ってけ。」

「…サンキュ。」

うたかた荘の裏手に回ると古いボロボロの自転車が置いてあった。

鍵をあけ、その自転車にまたがりペダルを強くこぐ。

ギイギイと耳障りな音をたてるけれど、走るよりは早そうだ。

風を切って自転車は進む。

そうこうしている内に、目の前に姫乃の背中が見えてくる。

「…。」

徒歩と自転車なので、追いつくのは目に見えていたのだが、声をかけるかどうか、少し悩む。

大体、声をかけるとしたら何と呼びかけたらいいのか。

「桶川」か、「ひめのん」か。

どこからが教師で、どこからが家族なんだろう。

学校に入ったら教師?

それとも学校に向かうこの道からが教師?

生徒の前が教師なら、人がいないこの道なら?

悩むうち、横を通り過ぎてしまう。

「あっ。」

背中から、姫乃の声がする。

思わず、ブレーキをかける冬悟。

「冬悟さん。」

周りには、誰もいない。

(ひめのんは、「コッチ」なんだ。)

何となくそう思って振り返る冬悟。

「…お嬢さん、乗ってくかい?」

どう言っていいかわからず、どちらとも取れる「逃げ」の表現。

冬悟がそんな事を考えているとは知ってか知らずか、姫乃は嬉しそうに大きく頷く。

自転車の後ろに足をかけ、しっかりと冬悟の肩を掴む姫乃。

自転車がギイギイと音をたてる。

「こんなの、家にあったんだねえ。」

家。

うたかた荘。

我が家。

「ボロだけどな。オッサンが昔使ってたやつらしいぜ。」

「ふーん。」

公園を越え、坂道を登り、自転車は進む。

ちらほらと、学校へと向かう生徒とすれ違いはじめる。

…ここらまでかな。

そんな事を考えていると、姫乃が口を開いた。

「えっと、ここら辺りまででいいよ。」

「…ん、そうか?」

道の端に寄り、自転車を一旦止めると、姫乃が自転車から飛び降りた。

「じゃあ、遅刻すんなよ。オレ先行くしな。」

「大丈夫!ここまで来たんだもん。楽勝楽勝。」

「じゃあな。」

「うん。ありがとう。」

お互いに、名前を呼び合わない。

何となくか、気を使ってか。

「…この辺りが境界線って事、かな?」

自転車通学は暫くの間やめようと思う。

この境界線が自分ではっきりわかる様になるまで。


あとがき
またやっちまいました。しかもまたこんな…よくもここまでという感じがぷんぷんしますが楽しんで頂けたでしょうか!!(ヤケ)
タイトルが初めを月曜にしてしまい、じゃあ次は火曜?って感じなんですが、じゃあ後五日やるんだろうか…。何も考えていませんでした。
ゴロが良かったんで…。
2006.12.07

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