キャッチボール

待ち合わせは放課後。

場所は学校から家まで丁度間位に位置する公園。

いつも遅くなって待たせてしまう冬悟だが、今日は色々と早く終わった、というか、終わらせた。

たまには「ごめん、待たせた!」以外の事を言いたいもんだと思う。

まだ新しい自転車は軽快にスピードを上げて道を駆け抜ける。

別に競争している訳ではないけれど、今日は勝てると思うと何となくムキになる。

猛ダッシュで自転車をこいでいる為に熱くなってネクタイを緩める。

誕生日に勇一郎から貰ったネクタイ。

あの恥ずかしい誕生日会を思い出し、あの照れ臭く、腹立たしい様な記憶がよみがえる。

無意識に苦笑いをしている顔を手で隠す。

ニヤニヤ笑いながら自転車こいでる男を見たら、気持ち悪いと思うだろう。

今まさにそうなっている自分がいた。

公園まで辿り着き、いつも待ち合わせる大きな木の下へと自転車を手で押し進む。

ふと、向かう先から聞こえて来る音に眉を顰めた。

数人が争う様な声が聞こえて来る。

ああ…。せっかく早く着いたってのにこれかよ。

ため息を吐き、白い頭をグシャグシャとかき混ぜる。

上着を脱ぐと、ついでに大事なネクタイも外して一緒に自転車のカゴへ突っ込む。

その自転車を遠すぎず近すぎない場所に置いて騒ぎの元へと歩み寄る。

見慣れた制服を着た生徒が数人の若い男と喧嘩をしている様だが、見たところ四人対一人。

善戦はしているけれど、悲しいかな唯殴られている。

その生徒には見覚えがあるというか、自分の受け持つクラスの生徒で、眞白エージ。

眞白には一方的に借りがある。

冬悟は軽く駆け寄るとガラの悪い男の内一人の腕を掴み、背負い投げた。

「なっ…!!」

その場にいた全員が一斉に冬悟の方へ向く。

ズドンと音をたてて落ちるとうめき声を上げる男。

エージは突然の事に口を開く。

「み、みょう。」

「ああ、黙ってろ。」

名前を呼ぼうとしたエージを冬悟は制する。

見たところタダの若い連中だけれど、得体の知れない相手にうっかり名前を知られたくないのが一つ。

後、普通に急いでいる。

もう直ぐここに姫乃が来る。

この青年達と相対するにあたり、自分と関わりある人間を知られるのは宜しくない。

逆恨みの牙がそちらへ向く可能性はゼロではない。

不安はないにこした事はない。

この場にカチ合うと非常にまずい。

「お前ら未成年…って顔じゃあねえよな、そうだよな。その方が助かる今急ぎでよ。教育指導してる暇ねぇんだわ。」

「何を…!!」

突っかかって来た二人目の足を払い転がす。

背後から殴りかかって来た相手の腕をくぐって腕とベルトを掴むと、持ち上げて先程転がした男の上にぽいと放る。

「ぐえ!!」

下敷きになった男が目を白黒させる。

フツフツと笑いがこみ上げる冬悟。

「何か…いいなあ、たまには一方的にブン投げるのも。」

いつも投げられてばかりいるのでなかなか気持ちいい。

普段のストレスをここで解消するかの様に、口を開けたまま立ち尽くす男をチョイチョイと指で誘う。

最初に投げた男が起き上がり殴りかかってくる。

「っのやろ!!」

一発、二発、軽くいなして相手の目の前に腕を伸ばす。

軽いフェイント。

男は反射的に顔を庇った。

冬悟は腰を落とし、空いた相手の胸倉を直掴むと、それを押し込みながら逆の手で足をすくう。

男はパン、と半回転して地面に落ちた。

「あぶねぇー!!!」

エージの声が響く。

冬悟が反射的に身を引くと銀色が空を掠めた。

トト、と相手との距離を取る冬悟。

男の手には小ぶりのナイフ。

「あらら。そんなモン持ち歩いてんのか。」

「テメエ、柔道家かなんかかよ。」

「いやいやいや。」

手にしたナイフを振りかざす男。

「得意はコッチだ。」

振り下ろされたナイフを引き足でかわすと、拳を緩く握る。

男の死角から腹に、ほぼノーモーションの一撃。

ドン、と音をたてると男はそこでやっと何が起こったのか理解した。

「げっほ!」

男の手からナイフがこぼれ落ちる。

ずるりと冬悟の体ごしに崩れる体。

地面に着く前に冬悟は相手の腕を掴み、ねじ伏せると肩の関節を固定する。

「あ、いでえでで!!!」

「そりゃ痛ぇわなあ。でもこんな悪い腕なら…いらねぇなあ。」

ミシリと音をたてる腕。

「ス、ストップストップ!悪かった折るな!!」

「オレは用心深いし、あまり他人を信用しねぇようにしてる。」

言いながら、更に腕に圧力をかける。

「悪かったって!!もうあんたにもあのガキにも近づかねえ!!」

相手の耳元に口を近づける冬悟。

声のトーンを落とし、淡々と話しかける。

「今の刺されたらオレは死んでた訳だ。」

「ナイフも持たねえ!!誓う誓う!!」

相手の目を覗き込むと、笑ってみせる冬悟。

「…どうだろうな。オレとしちゃまた襲われてもかなわねえし、ここでお前を放置して、また誰かに何かするとも知れないのを放っておくのもなあ…。」

「ナイフ人に向けたの、これが始めてだよ!!あれ出しゃ誰だってビビッて黙るから。」

落ちたナイフを拾う冬悟。

おもむろに握ると、男に向かって振り下ろす。

「ひっ!」

ゾン、と音がして、そのナイフは男の顔面スレスレに突き立てられている。

「…ビビッた?」

終始笑顔の冬悟。

男は真っ青になってコクコクと頷く。

「今日だけは見逃してやる。次はねえ。完膚なく叩きのめして警察に突き出す。そん時ゃ五体満足でいられるとは思うなよ。わかったか。」

拘束していた腕を放すと、男は四肢バラバラになりながら走り出す。

「オイ!」

逃げていく四人の男達の背中に声をかける冬悟。

「もし「強く」なりてえなら、うたかた荘ってトコ探して来い。筋通すなら話聞いてやる。」

男達は公園から走り去った。

さてと、と言いながら冬悟はナイフを胸のポケットにしまうとエージの方へ向き直る。

切れた口を手で拭いながら立ち上がるエージ。

「大丈夫かあ?派手にやられたな。何やってんだこんな所で。」

「…アンタこそ何やってんだよ。こんな所で。」

聞き返されるとは思っていなかった冬悟は一瞬言葉に詰まる。

「…オレが聞いてるの。それからオマエって言うな明神先生と呼べ。」

フイと顔を背けるエージ。

「眞白。」

叱る声に、ぶすっとした顔で応えるエージ。

「別に。あいつらが目つきが悪いとか難癖つけてからんできたんだよ。オレは何もしちゃいない。」

そう言いながら少し離れた場所に落ちているバットを拾い上げる。

へし折られ、曲がったバットを引きずって戻ってくるエージ。

「肩、大丈夫か?」

冬悟の言葉に顔を上げるエージ。

「…知ってたのかよ。」

「そりゃまあ。担当の生徒の事位はな。」

「…。」

顔を背けるエージ。

フン、と笑うと口を開く。

「中学時代は四番でピッチャー。高校入学直前に喧嘩が原因で肩を痛めて腐ってる生徒って?」

自嘲気味に言うエージ。

首を振る冬悟。

「喧嘩の原因、妹が絡まれてたから、って話聞いたぞ。それを周りに言わないのも妹が気にするのを嫌っての事だってな。」

「っ誰に!」

カッとなって冬悟に噛み付くエージ。

この話をしたのはごく限られた人間。

「誰でもいいだろ?いいじゃねーか。オマエカッコいいよ。」

また顔を伏せ、黙るエージ。

「毎日ここで素振りしてるのか?」

少し躊躇った後、観念したかの様に答えるエージ。

言葉の響きはどこか投げやりな感じもする。

「…体鈍ると、肩治った時直ぐ野球部に戻れねえだろ。」

「治るのか?」

「もう少しで。痺れも痛みも殆ど消えたし。一応、後遺症があった場合の事考えてスイッチも練習してる。」

「へえ。すげえな。」

笑う冬悟を睨みつける様に真っ直ぐ見るエージ。

「当たり前だろ。オレはココでも四番でエースやるんだよ!一年遅れたって追いついてみせる!」

その言葉にへっと笑う冬悟。

「じゃあなりゃいい。喧嘩買ってる場合じゃねえよな。次からみっともなくてもいいから逃げろ。」

茶々入れてきた連中に腹を立てて、いちいち相手をしたのは確かに自分だった。

俯いたまま「わかったよ」とエージは答えた。

「素直でよろしい!」

わっはっは、と笑う冬悟。

エージはこの男を量りかねる。

「それで、アンタこそ何者だよ。普段ヘラヘラしてるくせに、化けモンみたいに強いじゃねーか。」

「ん?」

「それにあの連中への態度。普段は猫被ってんのか?」

「いやあ、あんなの演技演技。あそこまでやりゃ仕返ししようなんて気、起きねえだろ?」

ジトリと冬悟を睨むエージ。

笑う冬悟。

「ホントだって。いやそりゃオレも若い頃はヤンチャだったけどさ。」

「…明神、アンタがヤクザって噂あるの知ってるか?」

エージの言葉に吹き出す冬悟。

「オレがあ!?やめてくれよなそういうの!」

「他にも色々。アンタ目立つからな。実はヤクザの息子だとか、既に何人か人を殺してるとか、本当は80歳のジジイとか。」

「お、オマエ等、人の事なんだと思ってやがる…。」

ワナワナと肩を震わす冬悟。

その冬悟の表情を観察するエージ。

「ああ、後極めつけの噂がアレだ。桶川と明神が付き合ってるって噂。」

一瞬固まる冬悟。

「…。」

「…。」

「顔色悪いな。」

「気のせいだ。」

「そういえば何か急いでたっけ?明神。」

「だから先生つけろ。」

「…桶川と待ち合わせか?」

「な、何でそういう発想がポンと出てくるかわからねえ!ってか助けてやったんだから感謝の意を表せよな!!」

「…図星かよ。この汚れ教師。」

「よ、汚れっておまっ。」

「冬悟さーん!!」

タイミング良く、可愛い声が冬悟を呼ぶ。

遠くから姫乃が手を振りながら走ってくるのが見えた。

冬悟は、何かを諦めた。

「…眞白、お前何か欲しい物あるか?」

「新しいバット。」

「即答かよ!!!普通そこは「物で釣るなよ!」とか突っ込むとこだろ!?」

「オマエが聞いてきたんだろ!?」

そこへ、姫乃がパタパタと走ってくる。

「何してるの?って、おわあ!!」

姫乃が眞白を見て固まった。

「と、う、みょ。う、みょう。明神、せんせ。」

口をパクパクさせながら、意味不明の言葉を発する姫乃。

「遅ぇよ。」

冷静に突っ込む眞白と、ため息吐く冬悟。

口を押さえ、一瞬どうしようと頭を混乱させる姫乃だが、エージの顔を見てハッと息を呑む。

「ま、眞白君、どうしたの!?誰かに殴られた?大丈夫!?」

急に接近する姫乃に半歩下がるエージ。

「何でもねえよ!別にどって事ねえ。」

「駄目だよ!顔腫れてるし、血だって出てる…。」

「うるせえなあ。」

姫乃は走り出し、公園の噴水でハンカチを濡らすと、また走って戻ってくる。

逃げようとするエージの目の前に、ずいっとその白いハンカチが差し出された。

「あのなっ…!」

その手を押さえ、拒否しようとするけれど、姫乃はそれでもハンカチを差し出す。

文句を言おうと姫乃を見ると、涙ぐんでいた。

「…わかったよ。」

仕方なく、そのハンカチを受け取るエージ。

押しに負けた。

何なんだこいつはと妙な敗北感を味わいながら、もう一度姫乃をチラリと見る。

実はこうこうこういう理由でと簡単に冬悟に説明を受けて、姫乃は大人しくフンフン頷いている。

その二人から無意識に目を背けた。

ヒヤリと冷たいハンカチを頬に当てるとジンと痛みが頭まで響く。

「いって…。」

眉を顰めると、冬悟が声をかける。

「眞白、これから病院行けよ。頭ぶつけてたりしたら良くねえから。」

「大した事ねえって。」

…ひめのん。

姫乃にだけ聞こえる様に、GOサインを出す冬悟。

「眞白君、お願い、ね。後で痛くなったりするかもしれないし、心配だよ。一応念の為に行った方がいいって。怖いし。駄目だよ。」

姫乃のこの粘り強さは冬悟が一番良く知っている。

ここまで言われて拒否できる人間はそうそういない。

「だあああ!!解ったよ!!行けばいいんだろ!?うるっせえ!!」

ハンカチを握り締めてゼーハー肩で息をする。

本当に、この姫乃という人間は何がそんなにこんな気持ちにさせられるのか、放っておけない、強く言われると断れない。

振り回される。

それを解っているのか、姫乃の背後で笑っている冬悟の存在も忌々しい。

「もうさっさと行けよ!オレはこれから病院行くし!行きゃあいいんだろ!?」

「おう。その意気だ眞白!行って来い!」

「うっせー!」

「じゃあね、眞白君。明日ね。」

「…おう。」

何事もなかった様にその場を去ろうとする二人。

エージの思考がふっと冷静になる。

「明神!」

「先生付けろって。どしたあ?」

振り返る冬悟。

「口止め料、忘れんなよ。」

少しの間。

「…何ノコトヤラサッパリ。」

とぼける冬悟。

できればこの混乱に乗じてうやむやにしたかったところだが。

まだはっきりそうだとは言っていないし、一緒に帰るのだって、アパートが一緒な訳だし、今姫乃がここに居ることだって無理やり「偶然」と言い切ってしまえば何の証拠もない。

何か欲しいかと聞いた事だって、妙な噂を立てられたくないだけと逃げようと思えば逃げられる。

ここはこれで押し切れば…。

すう、と息を吸うエージ。

「ロリコン教師ー!!!!」

「黙れー!!!!」

慌ててエージの口を押さえる冬悟。

「…離せよ暴力教師。」

「オマエ…ホンっト、いい性格してるよなあ…。」

「新しいバット。」

「へいへい。わかったよ。今度給料でたら上等なのを買ってやらあ。」

「そりゃどーも。」

「…可愛くねえ。」

「フツーだろ。」

「そんかわし色々と黙ってろよ。」

その言葉ににやりと笑うエージ。

「…何を?」

「っだから!オレと…その、ひめのんが一緒にいた事。」

その言葉を聞くと、エージが苦い物を食べた様な表情になった。

「ひめのんー!!!???はっずっかっしー!!気持ち悪ィ!!背中痒いィ!!何歳だよアンタ!!!」

グサーと刺さる言葉に、冬悟は激昂する。

「うるせー!!!家じゃあこう呼んでんだ!!悪ィか!悪いのか!?好きにさせろよそん位よォ!!あれもこれも駄目だってじゃあオレどうすりゃいいんだよ!!教師で悪いかー!生徒で悪いかー!!惚れちまったモンはどうしようもねえだろあァ!?」

「開き直りやがったなこのロリコン教師!!テメエのノロケなんざ聞きたくねぇんだよ!!」

「黙ってろこのクソ餓鬼!!」

「餓鬼扱いすんじゃねえ!!!」

「ストップー!!!」

取っ組み合いの喧嘩になりつつある二人を姫乃が静止する。

エージは冬悟の髪を引っ張って、冬悟はエージの耳を引っ張った所でピタリと止まる。

「もう!二人ともやめなさい!!眞白君は怪我してるんだし、大人しくしてなきゃ駄目でしょ!?冬悟さんも眞白君怪我してるんだから喧嘩なんかしない!!そ、それと大きな声で恥ずかしい事言わないの!」

「はい…。」

しゅんとなる冬悟と、初めて見る強い口調の姫乃に驚くエージ。

「眞白君は直ぐ病院!一緒に行こうか?」

「いや、あの…一人で行ける。うん。」

「ホントに?」

「大丈夫だって。お前ら帰るなら帰れよ。」

「…わかった。じゃあ、気をつけてね?」

別れを言って、その場を離れる姫乃と冬悟。

その後ろ姿を眺めるエージ。

歩きながら冬悟はまた姫乃に説教されている様だ。

あの笑いながら戦う姿を、姫乃は知っているのだろうか。

姫乃や生徒の前では猫を被っているのか、戦う姿も丸まった背中もどちらも本物なのか。

…どちらにしろ、変な奴。

とにかく噂が本当なのは解った。

ほぼそうだろうとは思っていたけれど、嫌って程理解した。

「…噂どこじゃねえ。しかも完全に尻にひかれてやがる。」

あの二人は隙間無く寄り添って生きている。

ズキリと頬が痛んで、思い出した様にハンカチを腫れた頬に当てる。

今日は冬悟の今まで知らなかった顔を見た。

ムカつくけど…そんなに、嫌な感じではなかった。

姫乃の知らなかった顔も見た。

あんな風に、他人の心配をして怒るのか。

普段はふにゃふにゃして頼りない、ほっとけないと思っていたけれど。

「…ああ!くっそ…。」

イライラする。

頬が痛い。

眉を顰めながらベンチに置きっぱなしにしていた鞄を掴んだ。

「エージっ!」

背後から声がした。

振り返ると中学からの友人、ツキタケがそこにいた。

肩から大きな鞄を下げている。

「また一人で…って、喧嘩したんか!?」

エージの顔を見ると、顔色を変えて駆け寄る。

「ツキタケ。」

「大丈夫か!?」

「ああ、大した事ねえし、今から病院行く。」

「じゃあオレも着いて行く!」

「いいって。お前練習は?」

「終わったよ。今帰るところ。」

ツキタケは折れたバットを見ると口を歪ませる。

「…また、一人で練習してたのか?あんまり無理するなよ。」

「肩はもう直ぐ治る。そしたら直ぐにでも野球部戻ってピッチャーの座も四番の座も取ってやるよ。」

ツキタケを置いて、歩き出すエージ。

「オイラ、エージが無理やり勧めるから野球始めたんだからな!オマエが戻ってこないと野球やってる意味ないんだからな!練習だって…ツマンねーよ。」

俯くツキタケに、振り返るエージ。

「来年の春までには戻る。だからお前もやめるんじゃねえぞ。オレが戻るまで。」

「死んでも治せよ!…喧嘩してる場合じゃないんだからな。逃げろよ。絡まれても構わないでさあ。」

「わかってるよ。ったくどいつもこいつも…。」

エージは顔を上げ、空を見上げる。

「野球!オレにはそんだけありゃいいの!!」

目を閉じて、来年の夏を想像する。

野球部に入って、レギュラーになって、四番でピッチャー。

ツキタケと甲子園に行って、応援席にはお節介な教師と心配性なくラスメイト。

「ふん。」

エージは腫れた頬で、出来るだけの笑顔で無理矢理笑った。





次の日。

エージは自転車で登校する冬悟を見つけると、走って追いかけた。

「明神!」

自転車を止めて降りると、エージにあわせて歩き出す冬悟。

「先生つけろって。…そんで、昨日病院どうだった?」

エージの頬には大きな湿布が張られている。

「何ともねえって。それよりコレ。」

鞄から雑誌を取り出すエージ。

「?何だ?」

「野球用品のカタログ。オレが欲しいのその丸印ししてあるヤツな。」

「あん?」

差し出されたカタログを覗き込むと、1万8千円の文字。

「…お前、容赦ねえなあ。」

「上等なの買ってくれるんだろ?明神せんせい。」

あからさまに棒読みなせんせいに、ビシビシと青筋をたてる冬悟。

「……かわいくねえっ…!!!」

「ロリコ」

「買ってやる!!!!!!」

「サンキュ。」

それだけ言うと、とっとと走り出すエージ。

エージを見ていると、あの天邪鬼な性格が誰かに似ていると思う。

その誰かとは、冬悟自身なのだけれど何となく認めるのは腹が立つのでそれ以上考える事をやめた。

「こんなモン、買わなくったって言いふらしたりするヤツじゃないのは解ってるけど。…まあ甘えさせてやるか。」

今日の帰りにスポーツ用品店に行こうかと思う冬悟。

渡されたカタログを見ていると、自分もグローブなんかが欲しくなる。

「…やべえやべえ。」

雑誌を鞄にしまうと、校門をくぐる。

普段の冬悟から、明神先生の顔に自然と変わった。

エージが教室に入ると数分遅れて姫乃が入ってきた。

エージの姿を見つけるとすぐさま駆け寄ってくる。

「眞白君、病院…。」

「行った!何ともねえって。」

「…良かった。」

ほっとした顔で笑う姫乃。

ブスッとした顔のまま、エージは無造作に鞄から紙袋を取り出すと、姫乃に押し付ける。

「ほら、これ。」

「え?」

中を見ると、白いハンカチ。

「昨日の…。あれ、でもこれ、私のじゃないよ?」

「アレ、血が付いて取れなかったから。新しいの…悪いな。」

「わざわざ買ってくれたの?良かったのに!」

「いいから持ってけって。予鈴鳴るぞ、席もどれ。」

「あ、うん。じゃあ…ありがとう。」

チャイムが鳴り、生徒がバラバラと席へと戻っていく。

姫乃の席はエージの斜め前。

…ありがとうはこっちの台詞だろうが。バアカ。

姫乃の背中に心の中で毒吐くと、昨日の事なんてなかったみたいに、いつも通り教師の顔をして現れるであろう白髪の男を待った。


あとがき
青春…。
何だかベタな青春の話になりましたが…。ずっと前からプロットだけあって放置していた高校生エージネタです。
ツキタケ君も出てきました。冬悟にエージの事をチクったのはツキタケだったりします。
しかしタイトル、全く関係ないじゃないか…!!!!(自分でバラす。)
どこまで続くかわかりませんが、また何か浮かびましたらば…。
2007.03.14

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