クライアント

『で、例の写真は確認したのかな?』

電話の声が問う。

オレは「確認した」と、一言だけ答えた。

今オレは、ある人物と交わした「契約」について話をしている。

契約と言っても難しい事じゃあない。

簡単な話、要はギブ・アンド・テイク。

オレが欲しいものをそいつがよこして、その見返りをオレが返すという話だ。

『そりゃ良かった。お気に召してくれると信じてるケド、どうかな?報酬を支払う気になってくれたかな?勿論、お金なんかいらないけどね。』

「わあってるよ。コレでいい、充分だ。それよりネガ始末しとけよ。いつでも焼き増しできると思うと寝覚めが悪りい。」

『冬悟クンおっくれってる☆イマドキのカメラはネガなんて無いよ。デジカメで撮ったから、データとして残るんだなあ。』

オレはその軽い声に、少し苛立ちを覚えた。

「いちいち揚げ足取んなよ。そのデータ「お前に必要無い分は」処分しとけって事。」

『はあい☆いいけどね。独占欲強い人って嫌われるよ気をつけて☆』

「うるせー。」

オレの手元には、数枚の写真が散らばっていた。








「明神さん、白金さんから手紙が来たよ!」

そう言って姫乃が分厚い封筒を持ってリビングへ来たのが、お昼を過ぎた二時頃だった。

あまりに暑くて部屋に居る事に耐えられず、廊下でごろごろしていた時だ。

その写真とは、一週間程前にうたかた荘のメンバー+案内屋の連中皆で行った時の物で、封筒を開くと真っ青な青空の下で笑う姫乃とオレが居た。

確か海に到着して、白金が運転していた車を降りて直ぐに撮った写真だった。

この日の為に買ったと言う小さなデジカメは、白金の手に常に握られていた。

何枚位取れるのかと聞くと「1GBのSDカード入れてるから、そこそこ撮れるんじゃない?」と良く解らない事を言われたので、オレはとりあえず「へえ」と、言っておいた。

写真を一枚一枚めくると、色んな思い出が蘇ってくる。

「あ、コレお昼ご飯の時のだね!おにぎり沢山作ったもんね〜。」

「ああ、美味かったな。」

姫乃は一枚見る度に感想を言っていった。

オレも嬉しくて、それに毎回答えていた。

一番心配だった写真は、ウチの陽魂達も一緒に撮った写真だった。

「これ、白金さんが出来るかやってみようって言って撮ったのだね。」

「ああ。……意外と何とかなるモンなんだな。」

カメラに剄を通し、霊が映るかやってみると言っていたのだ。

それが意外にも、何とかなっている。

青空の下、皆水着にシャツ等を着てそれぞれ微笑んでいる後ろに、前に、季節を間違えた、場違いな分厚いコートを着込んだ男やマフラーをした少年、赤いワンピースの少女に野球少年がはっきりと映っている。

これを現像した人はさぞかし不思議な気持ちになっただろうと思うけれど、姫乃は大喜びで歓声を上げた。

「ちょ、ちょ、ちょっと皆呼んで来るね!!」

写真をテーブルに置くと、姫乃はうたかた荘を走り回って皆を呼んだ。

……オレはその隙に、封筒の中に入っている、入っている筈の封筒を探した。

案の定、分厚い封筒の中に、少し薄い封筒が入っていて、そこには「明神冬悟様」と書いてあった。

すばやくそれを抜き取ると、姫乃達が戻って来る前に自室へと向かった。

これが依頼品の物なら、誰にも見られてはならないのだ。

そしてこれが報酬を支払うに値するかどうかも、オレが見て判断しなければならない。

封筒を急いで開くと、中に入っている数枚の写真を確認する。

そしてオレは……へにゃりと笑った。

写真に写っていたのは、車の中で丸くなって眠る姫乃と、水着姿でアズミと一緒に砂山を作っている姫乃と、売店で買ったかき氷を一生懸命頬張る姫乃と、首が暑いのか、髪を持ち上げ手で顔を扇ぎながら、ぷく、と頬を膨らます姫乃と。

……変態と言うなかれ。

どれもこれも「本人が見たらちょっと恥ずかしくて人に見せたがらない写真」なのだ。

つまりレアなのだ。

姫乃に見つかったが最後、永久に闇に葬られてしまう貴重な写真達なのだ。

それが意図的に撮られたものだったとしても、この一枚一枚に収められた姫乃は、オレの目から見ても、いやきっと誰の目から見ても「愛らしい」の一言に尽きる。

ため息すら出る。

この眠るひめのんなんかは本当に無防備で、ちぢこまった腕も、長い睫も何もかもがいとおしい。

寝息さえ聞こえてきそうで、オレは目を閉じ胸に溜まった気持ちと一緒に長く息を吐いた。

起きている時はくりくりしている目が閉じているだけなのに、何でこんなに不思議な気持ちになるんだろう。

ちょっと踊りたいくらいの気持ちを抑えながら、オレは電話を自分の部屋へと持ち込んだ。

白金に連絡を取らなければならなかった。

断っておくが、この話を持ちかけて来たのは奴の方だ。

「冬悟君。実はちょっといい感じの写真があるんだけど、欲しくない?でも姫乃ちゃんが見たら嫌がると思うから、処分しようか悩んでるんだけどね〜☆」と。

オレには悪魔の囁きだった。

奴は処分される筈の写真を、オレの手にだけ届く様に手配する。

その報酬は、地方のややこしい案件を幾つか無償で受ける事。

但し、旅費や食費は出して貰う。

現場にたどり着く事が出来なくては話にならない。

そして、話は始めに戻るのだ。







『じゃあ交渉成立だね☆』

上機嫌で奴は言う。

乗せられたと言えばまんまと乗せられた訳だが、こればかりは仕方ない。

あるよと言われれば欲しいと言ってしまう。

これが男というものだろう。

だから、あまり欲しがってみせると足元を見られるので、オレは無駄だろうなと思いながらも精一杯不機嫌そうに振舞うのだ。

「んで、白金が言ってた案件だけど、どうなってんだ?そっちの情報も早くくれねーと、オレも予定立てられねえよ。」

『予定なんて他に無い癖に。まあなるべく早く伝えるよ☆……でも、姫乃ちゃん可愛かっただろ?』

喉元まで「うん」と出かかった。

「……まあ、そうだな。元がいいから。」

『腕もいいって言って欲しいなあ☆やっぱ可愛いものを可愛く撮るのだって、才能だよ才能。特に眠ってる写真なんかいいよね。何か無防備で、睫長くって女の子って感じでさ。何かそういう動物みたい……。』

ビキっとオレの手元で受話器が悲鳴をあげた。

『……そんなに怒らなくてもいいのに。』

「あのなあ、白金。長生きしたかったら……。」

「明神さん、何してるの?」

わあ、とオレはオレが驚く程の声をあげて叫んだ。

受話器からも、そのオレの声に驚いた白金が叫んでいるのが聞こえる。

「電話?白金さん?」

「えう、あ、ああああああああそう、ひめのんそう。電話えっとしろがね。」

「写真のお礼!私も言わないと!」

そう言って嬉しそうに駆け寄る姫乃の視界から、散らばった写真をさらって体の影に隠す。

この時のオレは、あんなに慌てながらも迅速で的確だった。

オレはオレを褒め称えた。

褒めながらも背中に嫌な汗が吹き出てきて、ついでに心臓がバクバクと警報の様に鳴っている。

とりあえず写真は見られなかったが、オレの手から受話器を奪おうとする姫乃を、慌てて制した。

「あ、ちょ、ちょっと待ってひめのん!後、あとで。オレ今ちょっと用事あって、その。」

相当てんぱっているのだろう。

上手く舌がまわらない。

姫乃は納得していない顔をしているけれど、別に無理に受話器を奪おうとはせずに「そう?」と首をかしげる。

少々良心が痛んだけれど、最初の良心は白金という悪魔と契約を結んだ時に捨ててしまった。

自分の背後に隠した写真を後ろ手でまとめながら、作り笑いで姫乃を部屋から追い出そうとする。

「えっと、すぐ行くから、ひめのん戻ってて。な。な。」

姫乃は仕方ないなと立ち上がり「わかった」と部屋を出て行く。

ほっとしていると、急に姫乃が振り返ってオレは再度ドキリとした。

「明神さん、早く戻ってきてね。……面白い写真も一杯あるんだから!」

「お、おう。」

ふふふと、何かを思い出して笑う姫乃。

「明神さんがね、車の中で寝ちゃってる写真もあるんだよ。口ぱかっと開けて、ちょっとヨダレとか垂れてて、何か無防備で可愛かったあ。」

「へえ。」

その感想はどっかで聞いたなと、オレは思った。

思って、そういやさっき自分で言った感想だと直ぐに思い出した。

「おい何やってんだよ明神、おんもしれー写真あんぞ。」

次に来たのはエージ。

「アズミに海パン引っ張られてハンケツになってるお前とか。コレ傑作だよな、姫乃、記念に貰ったらどうだ?」

「ば、馬鹿言わないの!!」

寝耳に水とはこの事だ。

部屋の入り口にどしどしと集まってくる人だかりの中、そのかなり後ろの方。

嫌な笑いを浮かべるガクを、オレは見てしまった。

「殺す。」

バキリと音を立てて受話器が粉々に砕け散った。









それでも依頼は依頼、報酬は報酬。

オレは今うたかた荘を離れてとある村に居る。

そこに出る陰魄を退治するのが今日のオレの仕事だ。

白金本人にはあれから暫く会っていない。

文字通り、風の様に奴は姿をくらました。

指示は、あの数日後に小包で送られてきた携帯にかかってくる。

……用意のいい事だ。

クソ暑い中、オレはいつものコートを着たままうっそうとした山の中を歩き回って陰魄を探している。

そんな中、ここからは少し遠いうたかた荘で、その二階の三号室で。

姫乃が、オレと姫乃が寄り添って眠る写真を眺めている事を、オレは、知らない。


あとがき
夏・海を通り越したネタです。
変態くさくてすみません…。
2007.08.19

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