後悔

「エージ、ちょっとちょっと。」

呼ばれて、オレは振り向いた。

声の主はこのうたかた荘の主でもある明神。

やたらにやにやしていて気味が悪い。

「…パス。」

そう言って立ち去ろうとしたけど、無理やり掴まれて管理人室に引きずりこまれる。

腕力にモノ言わせやがってこの馬鹿力!!

「何だよ!オレ今忙しいんだよ。」

これは嘘だ。

何となく上機嫌な明神の相手をするのが鬱陶しかっただけ。

「まあ聞け!!…重大な発表がある。」

「何だよ。」

「あー、その、何だ。昨日な?」

「おう。」

「オレ、ひめのんに言ったぞ。」

は?

「何を?」

「何をって、決まってるだろ!?…好きだって。」

は!?

「マジでか?」

「言えって言ったのお前だろお!?」

確かに。

昨日からかい半分で明神に言った。

「お前ヒメノの事好きなんだろ?見てたらわかるっての。いつまでもウジウジすんなよ。ヒメノだって待ってんだぞ。当たり前だろこういうのは他人の方がわかってんだよ。」

こんな事をつらつら言って、明神が悩んだり動揺したりするのを…楽しんだ。

まさか本当に言うとは。

オレの読みでは後数年はモジモジし続けると思ったのだが。

「で、どうだったんだよヒメノは?」

明神が、少し照れくさそうに笑うと、「はい。」と言った。

「はい、って何だよ。訳わかんねーぞ、明神!」

「だから、オレが「好きだ」っつったら、ひめのんが「はい」って言ったんだ。顔真っ赤にして。」

ああ、さっきのはヒメノの再現ってか。

わかんねーよ!似てねえし!!

はあああ、とため息をつく明神。

きっとそん時のヒメノの顔を思い出してるんだろう。

この世の春だな。

「へ〜。良かったじゃねーか。まさかお前がそんな思いきった行動とれるとは思わなかったけどな。」

そう言うと、ヤツが「へ」と笑う。

「抜かせ。オレも男だ。やるときゃやる!」

ぐいっと拳を突き出してきたので、それに合わせてゴツンとぶつける。

「まあ、めでたいんじゃないか?」

「それでだな。エージにちょっと相談があるんだが。」

「何だ?」

「その、付き合ったりする事になっんだが、オレ何したらいいんだ?」

…何って。

「別に、好きにしたらいいんじゃねえの?今までだって相当付き合ってんのと変わらない生活してたんだし。」

「そうか?何かこう、ピンとこなくて…。」

頭をポリポリと掻く明神。

お前は幾つだ。

大体、何でオレに相談する。

「や、告白しろったのお前だし。何か少なくともオレよりは詳しいんじゃねえかと…。」

「じゃあ、キスでも取り合えずしとけばいいんじゃね?」

ぶほっ!!

突然、明神がむせる。

「馬鹿言えエージ!!!ひめのんにキ、キ、キスなんて早すぎるだろお!!」

「…いやいや。ヒメノに早いとかじゃなくてお前は幾つなんだ。」

「オレは関係ない!ひめのんはまだ高校一年生だぞ?」

「いやいや。最近の高校生って結構オトナだぞ。まあヒメノはどうか知らんけど。」

「オレは、ひめのんにはまだ綺麗なままでいて欲しいんだ!」

「お前は父親か。」

「馬鹿言え。恋人…だ。」

「目を合わせて言え。」

駄目だコイツ。

「じゃあ、手でも繋げば?」

「……手…。」

己の右手をじいっと眺める明神。

オイオイ。

背中からオーラ出とるぞ。

何と戦う気だ。

ヒメノの手ぇ握りつぶすつもりか。

「…無理にどうこう、って考えない方がいいんじゃねーの…。付き合う事になったのにギクシャクすんのも馬鹿らしいだろ?」

「そ、そうか?そうだよな…。」

はっと我に返る明神。

大丈夫かコイツ。

「じゃあ、オレ行くな。もういいだろ?とりあえずオメデトウ。」

「おう。サンキュ。」

オレは管理人室のドアをすり抜ける。

疲れた。

どっと疲れた。

めでたい。

けれど、まさか本当にアイツが告白するなんて思ってもみなかったから少し驚いた。

ヒメノの笑顔が頭の中に浮かんで、消える。

アホくせ。

リビングを抜けて玄関へ向かうと丁度ヒメノが帰って来た。

「おう、お帰り。」

声をかけるとヒメノはコッチに向かって走ってくる。

明神の言っていた「はい」を思い出した。

「はい」か。

「ただいま!ね、ね、エージ君今時間ある?」

「パス。」

今散々聞いた。

今からヒメノにも同じ事を言われると思うとげんなりする。

「え?ちょっと!いいじゃん少しくらい!相談したい事があるんだって!」

「パス!!」

「えー。ケチ。」

べぇ、と舌を出すヒメノ。

ばーか、ばーか。

「取り合えず、手でも繋いだらいいんじゃね?」

「え?」

ヒメノは暫く止まると、言っている意味が解ったらしくどんどん顔が赤くなる。

「…聞いたの?」

「さっきな。」

「明神さん、何て?」

「多分お前と同じ事。」

自分の頬を両手でおさえるヒメノ。

ばーか、ばーか。

「あれ、おかえり。」

話し声が聞こえたのか、明神が玄関からひょいと顔を覗かせた。

「あ、ただいま帰り…ました。」

こう、何ていうか、見詰め合って二人の世界を作るのはどうだ。

オレ、ここにいるんだけど。

「は、入ったら?寒くないかな?」

「え?あ、はは、はい。入ります。」

痒い。

猛烈に背中が痒い。

お前らは新婚夫婦か。

付き合い出して一日目がそれか。

仲良く玄関をくぐる明神とヒメノの背中を見て、オレは自分の昨日の失言を心底後悔した。


あとがき
こちら6000HITのキリリクです!
お待たせしました〜。やっとこ完成です。「第三者から見た明姫(へたれ明神)」です。
明神がちょっと頑張ったへたれとなりました。
こちらはリク下さった宮遠さんへ!ありがとうございました!
2006.12.25

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