コンプレックスロリータ
高校のお昼休み。
姫乃は友人と机を並べてご飯を食べている。
いつも姫乃は自作のお弁当を持参。
最近はエッちゃんにせがまれておかずを一品エッちゃんの為に作ったりもしている。
その姫乃が最近、昼食の時必ず飲んでいる物があった。
それをエッちゃんは気にしながらも黙っていた。
お弁当とは決して相性は良くないだろうと思うのだけれど、姫乃がゴクゴクと半ば開き直った様に飲んでいるのは、牛乳。
まさかと思いつつも、聞けば恥ずかしい答えが返ってきそうで恐ろしかった。
初めは250mlのパックだった。
最近そのサイズが少しづつ大きくなり、最近では500mlのパックを昼の間に飲み干している。
「…ねえ。」
姫乃が呼ばれ、牛乳を飲む手を止める。
「何?エッちゃん。」
ニコリと笑う姫乃の小さな手には、不釣合いな大きな白い牛乳のパック。
いや、牛のイラストが可愛らしくてある意味似合っているのだけれど…。
「あのさ…別にどうって訳じゃないし、好きならいいんだけどさ。何で最近牛乳なの?」
姫乃は一瞬、きょとんとした顔をして、それからぼぼぼと顔を赤らめると俯いた。
(…やっぱり。「そっち」絡みか。)
聞かなきゃ良かったと後悔しながら、姫乃の返事を待つ。
「えっとさ…。背を伸ばそうと思ってさ。」
「背?」
「後…む、胸とかも。」
ドン、と拳を机に叩き付ける。
姫乃が驚いて手にしたパックを取り落としそうになった。
エッちゃんはぐっと顔を姫乃に近づけると、こう断言した。
「…あんたは成長しちゃ駄目!!」
「何それどういう事!?」
「どうもこうもないわよ!あんたはその動物じみた可愛い雰囲気があるからいいんでしょー!?背が伸びて胸が大きくなったらあんたじゃない!アタシは嫌!」
ワナワナと手を震わして、訴える友人。
「何それー!!エッちゃん酷くない!?」
「酷くない!そりゃね、友人としてさ。姫乃が望むなら背がスコーンと伸びて、胸だってバーンと張りますようにって応援したいけどさ。何かあんたらしくないもん。」
「ええー!!??」
立ち上がってショックを受ける姫乃を、じとりと見上げる。
「…明神さんに、何か言われたの?もっと胸が大きい方がいいなあ〜とか、チビだな〜とか。」
エッちゃんの言葉に、慌てて姫乃は指を口元に当てて「しィ」と言う。
声が大きくて周りに聞こえてる気がして恥ずかしかった。
姫乃は小声で答える。
「…明神さんは何も言わないよ。けどさ、一緒に歩いてて兄妹とか下手したら親子に見られる気がしてさ…。歩幅も全然違うから明神さんいっつもゆっくり歩いてくれてるし。」
「あー・・・。」
頭の中で、デートをする二人を想像してみる。
身長差は頭二個分。
白髪で長身の明神と、小さくて童顔、ついでに幼児体型の姫乃。
「…まあ、何かの犯罪に巻き込まれた小学生、に見られるかもね…。」
「ちょっとエッちゃん!?」
今度は姫乃が乗り出して大声を上げる。
どうどう、とその姫乃を抑えるエッちゃん。
「まあまあ。でも明神さんが何も言ってないなら気にしないでいいんじゃないの?あんただって普通に大人になるって。背が伸びるかはわからないけどさ。」
「普通にって…。」
「急ぐ事ないって。」
これでこの話題は終わり、と言う様に、食べかけのパンに手を伸ばす。
「…そうだけど。歳の差は明神さんも気にしてるみたいだしさ。…もし、澪さんみたいな美人でスタイルいい人が引っ越して来たりしたらって思ったら…。それに、エージ君が言ってたけど、男は皆その…胸大きい方が好きに決まってるって。」
エージ君。
名前は何度か姫乃の口から聞いたことがあるけれど、顔が全く浮かばない。
見たことがないから当たり前だと思い出すまで0.5秒。
「えっと…確かユウレイで、あのアパートに住んでる子だっけ?」
「うん。」
初めは、この幽霊だのなんだの信じる気にはなれなかったけれど、一度明神の誕生日の時に宙に浮くトランプをはじめ、様々な怪奇現象を目撃している。
今ではこの話題も普通の物として受け止められるけれど、姿は見えない分なかなかピンとこないのが本音。
「でも明神さんはそんなの関係なくあんたが好きなんでしょ?」
「そう言ってくれてるけど…。」
「じゃあ姫乃。もし明神さんがロリコンだったらどうすんの。色々成長しちゃったら大変だよ、あんた。」
「そんな、明神さんを変態みたいに…。」
「だって、あの誕生日パーティーの時来てた澪さんって人の胸、明神さんチラリとも見なかったんだもん。私は思わず凝視しちゃったけどね。」
「だってさ、澪さんは仲間だもん。」
「でもアレは凄いよ?「ボン」っていうか「ドカーン!」だもん。普通チラっとでも見ちゃうか気にするかしちゃうって。」
「だからってロリコンはないんじゃないの?」
「じゃあ信じたら?二者択一。明神さんはロリコンで小っちゃくて可愛いから姫乃が好きか、明神さんは容姿体型関係なくあんたが好きか。」
姫乃が暫く黙る。
「…二番目。」
「でしょ?気にしなくていいんだって。小さいままなら小さいままで、大きくなったら大きくなったで、その姫乃を好きになってくれるよきっと。」
「うん…。」
姫乃は一度はあ、と息を吐き、顔を上げて大好きな友人を見る。
「ありがと、エッちゃん。大好き!」
にっこり笑う姫乃の頭を撫でてやると、姫乃は自分から頭を差し出して甘えてくる。
可愛いなあ。
明神さんも姫乃が可愛くてたまらないだろうなあ。
そして、頭をクシャクシャ撫でていると、フツフツと苛めたい感情が湧きあがってくる。
「じゃあ姫乃、その牛乳もういらない?」
姫乃の飲みかけの牛乳を指さす。
「あ、うん。実はちょっと多いなって思ってた〜。」
えへへと笑う姫乃。
その残った牛乳を「飲んでしんぜよう」と手を差し出した。
姫乃は「へへ〜」とそのパックを手の上に乗せた。
一気に飲み干して。
「まあ、でも。」
「うん?」
「胸が大きくなったらいいな〜っていうのは、全貧乳女子連合共通の悩みよね…。」
ご馳走様、と手を合わせて姫乃をちらりと見ると、思ったとおりプルプルと震えだす。
「エ、エッちゃんー!!!私の牛乳返してー!!」
「姫乃がいらないって言ったからでしょ〜?私は貰ってあげただけだもん。」
肩を掴んでがくがくと揺する姫乃と、それを受け流すエッちゃん。
あっはっは、と笑うと姫乃は拗ねて何度も「もう」と繰り返す。
怒っても拗ねても可愛いだけ。
「歳の離れた彼女持つと大変だね。」
ふう、とため息。
「何それ。逆でしょ?歳の離れた彼氏を持つと大変なの!」
「はいはい。」
「もう、知らない!今度からまたエッチって呼んでやる。」
「呼ぶな。」
歳の差を埋めようと必死で頑張るけど、その差だってきっと明神さんは好きなんだよ。
だから何にもコンプレックスなんか持つ事ないんだからね。
一番言ってやりたい事は敢えて言わない。
その内明神さんが気付かせるんだろうと思うから。
あとがき
またしても己のネーミングセンスのなさに悶えながらの更新です。
エッちゃんは私の中ですっかりお姉さんです。
ご飯が作れて家事もできるしっかりものだけどどこか抜けている妹を撫でてる内に思わず髪をぐしゃぐしゃにして怒らす様なイメージ(どんなー!)で書きました。明神には信用してまかせるからね、位の出来た姉っぷりを発揮してくれたらいいなあ…なんて。
2007.02.22