キスをしよう。
「あっはっは!!」
夜のうたかた荘に響き渡るのは明神の笑い声。
その明神の右手には缶酎ハイ。
普段酒はあまり飲まないのだけれど、たまに貰い物なんかがあると仕事帰りに飲んだりもする。
しかし体調、機嫌によりだけれど、まれに絡み酒の癖があり、そうなると非常にタチが悪かったりもした。
本日の被害者はアズミを先に逃がし、自分は逃げ遅れたエージ。
ガク、ツキタケは嫌な気配を感じると、さっさと屋根の上に避難している。
酒が回り愉快になると、明神はエージを捕まえて関節技をかけ、逃げようとすると襟首捕まえて抱きしめる。
「っだあああ!気色悪ィ!!いだだだテメエ明神!!」
「逃げんなエージ〜。たまの酒くらいいいだろォ〜?」
ブハア、と酒臭い息を吐く。
そのままダラリと力を抜くと、目一杯エージに圧し掛かる。
「うぜえー!!重てえー!!臭えー!!」
叫んで逃げようとするけれどしっかり捕らえられて逃げられない。
「はー。他人にもたれるって楽でいいなあ〜。」
「んがー!!!」
管理人室の扉が開く。
「もう、何してるの?」
堪りかねて、姫乃が二階から降りてきた。
明日は学校だし、遅くならない様にと寝ていたところだったのだけれどあまりに下が五月蝿くて眠れたものではなかった。
「お酒飲むのは別にいいけど、私明日学校なんです!もうちょっと静かにしてよ。」
「ああ、ごめんごめんごめんひめのん。ひめのんも飲む?」
頭がぐらぐら、手をヒラヒラ。
「いりません!もー明神さん明日二日酔いになっても知らないよ?」
「大丈夫、大丈夫〜。」
明神の手が緩んだのを見計らってエージが逃げだす。
「ヒメノ、サンキュ!後頼んだ!!」
「あ、ちょっと!!」
脱兎のごとく走り去るエージ。
壁抜けをされては追いかける事も出来ない。
管理人室には、酔って上機嫌の明神と戸惑う姫乃が取り残される。
「えっと、じゃあ私も寝るよ?ちょっとでいいから静かにしてね?」
ずっとニコニコ笑っている明神をどう扱っていいかわからず、とりあえずこの場を逃げようとする姫乃。
「あ、まってひめのん。」
明神の手が伸び、姫乃の手首を捕まえ引っ張る。
「うわ!?」
強制的に明神の目の前に座らされる姫乃。
「明神さん!?」
「はい。コレひめのんの。」
手渡されたのはジュース。
「…あの、私もう寝る前だし、歯も磨いちゃったんだけど?」
「一人で飲むのって結構さみしーんだ。付き合って。」
「ええ!?」
「ひめのん〜。一人で飲むの寂しいよ〜。置いてかないでよ〜。」
「ちょっと明神さん!」
子供の様にだだをこねる明神。
姫乃の手はしっかりと明神に捕まえられたまま。
これを振りほどく自信はない。
「…もう。ちょっとだけだからね。」
大人しく従うとジュースを手に取り一口飲む。
手を叩いて喜ぶ明神。
…何だかなあ。
そのまま、明神はペラペラと色んな事を話しだした。
高校時代に毎日の様に喧嘩をした話、先代の明神の話、そして両親の話。
聞いた事も無い明神の過去。
「空で死んだ親父とお袋は空にいると思ってた。だから墓参りなんてちっとも行かなかった。」
三つ目の缶を空け、明神はそれをグシャリと握りつぶす。
それを転がすと姫乃を見てまたニコリと笑う。
それを姫乃は複雑な気持ちで見つめる。
(悲しい話をする時笑うの、癖なのかな。)
「ひめのんは、ずっと側にいてくれな。」
「…どこにもいかないよ。明神さんが守ってくれるんでしょ?」
「そだったな。」
眠そうな目をして、明神がゆっくりと姫乃の肩を掴む。
そのまま引き寄せて、赤い顔を近づける。
片手を頭に回し、逃げられない様に固定すると鼻と鼻がくっつく程近づける。
とろんとした目で明神は姫乃を見る。
目と目が合う。
明神が目を閉じ、更に顔を近づけた時、姫乃が明神の口を押さえ、それを拒否した。
「…うあ。ごめん。」
ああしまったぼおっとしてたな。
はっきりしない頭で手を離し姫乃を解放する。
姫乃は顔を伏せ、膝の上で拳を握っている。
「…あ、ごめんひめのん。怒った?」
寝ぼけた頭が焦りで回り出す。
そっかオレ今キスしようとしてたんだって、オレ今キスしようとしてた!?
お互いに、好きであるという事は自覚してて、一緒に歩いたり手を繋いだり、そういう事は何度もあったけれどまだキスはしていない。
我慢している訳ではないけれど、喋って笑って、それが楽しそうでまだ必要ないだろうと思っていた。
「あー…。ごめん今酔っ払って…。」
「酔った、勢いなんだ。」
「え?」
「お酒飲んでもいいよ。グチ言ってもいいよ。…でもこういうの、お酒飲んだ時なんてずるいよ。」
それ以上姫乃は何も言わず、目も合せない。
傷つけた。
明神は立ち上がるとふらつく足取りで風呂場へ向かう。
頭は冴えてきているけれど、体の中に入ったアルコールは気合で抜けてくれる物ではない。
洗面器に冷水を貯め、それに頭を勢い良く突っ込んだ。
「ぶっは!冷てぇ!!」
服を濡らさない様に注意しながら更にその水を全て頭にかける。
タオルで軽く髪を拭き、ついでに歯も磨く。
次に台所でグラスを掴むとそれに水を並々と入れ、一気に飲み干す。
それからくるりと方向転換し、管理人室へ向かう。
ドアを開け中に入る。
「…酒くせぇな、この部屋。」
眉をひそめ姫乃を見下ろす。
姫乃はまだ部屋にいた。
待っていたのか、どうしていいのかわからなかったのか。
「場所変えようひめのん。」
「え?」
また手を掴まれるとぐいぐい引っ張られる。
そのまま立ち上がり明神について行く。
向かうのは姫乃の部屋。
「ねえ、ちょっと、明神さん?わ、私、怒ってるんだからね!」
「嘘だろ。」
「え?」
姫乃の部屋にあがりこみ、明神は姫乃と向かい合う。
「怒ってるんじゃなくて、傷付いた。そんで拗ねた。」
「…一緒です。」
「だからちゃんと、キスしよう。」
「え?」
驚いて体を引こうとするけれどすぐ捕まった。
しっかりと抱きしめられる。
明神の顔が近づいて、姫乃は顔を伏せそれから逃れようとする。
明神は姫乃をなだめる様に頬を寄せる。
白い前髪が姫乃の頬に触れ、それが湿っている事に気づき顔を上げる。
「…髪、濡れてるの?」
「酒抜いてきた。」
「お水かぶったの!?…口からお酒の匂いしますけど。」
「そこまでは無理です!」
開き直った態度に口を尖らせる姫乃。
「今直ぐがいい。時間経ったら意味がねえ。」
「…何で?」
「酔った勢いでごめんなさいって謝る事、今しかできないだろ?…次いつこんなチャンスがあるかもわかんねーし。」
「何それ。」
「酒入ってなくたって、キスしたいんだぞ〜。」
「したいんだぞ〜って!」
姫乃が呆れ顔で笑い出す。
「私だって。明神さんがもっとちゃんとしてくれたらいいのに。」
「ちゃんとって何だちゃんとって。」
「お酒の勢い借りたくせに。」
「だから今直ぐがいい。」
明神が正気で本気だと解ると少しづつ余裕がなくなるのは姫乃の方。
顔を赤くして、さっきとは違う意味で顔を背ける。
「ひめのん。」
「は、はい。」
「キスをしよう。」
「は、はい!」
目をぎゅっと瞑り、口をぐっと一文字に結び、ついでに歯を食いしばる姫乃。
…殴られる前みてぇな顔してんなあ。
何でもこんなに一生懸命で。
笑ったり怒ったり拗ねたり。
愛したり愛されたりする事だって全力なんだ。
心臓が痛い。
頭と顔が熱い。
これが一回目だ。
明神はそっと、触れる様なキスをした。
あとがき
お題は「酔った勢い」だけれど、勢いは許しませんな姫乃…あ、あれ?
微妙にお題とそれた気がしないでもないですが、完成です。あ、甘いです…!!
こちらリク下さったマシロセツナさんへ!お納め下さいませ…!!
ありがとうございました!!